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隠し地図の秘密

 大魔導師コンラッド――

 この世界にいる6人の大賢者の一人である。

 大賢者とは、この世界に多大な貢献をもたらした魔術師に与えられる尊称だ。


 定員はなく、賢人会議と呼ばれる各国の有力者が集まる会議において、3分の2以上の推薦が得られれば選定される名誉職であった。


 コンラッドは数十年前に、97%の得票率で大賢者に選定された。


 我が師であるイリス・シーモアは68%というぎりぎりの投票率で当選したというのだから、その優秀さが分かるというものだ。


 もっとも、師匠の場合は人格面に難があり、敵が多すぎたため、票が入らなかった、という側面もあるが。


それはともかく、コンラッドという魔術師は、ほぼ満場一致で大賢者に選定された逸材であった。


 その魔力により、多くの武功を重ね、その知識により、多くの研究成果を世に残した。


 その功績は世に響き渡り、大魔導師コンラッドの名を知らぬものはこの帝都にはいない。


 ――と、その一番弟子であるアルルは我がことのように誇った。


 実際、その通りなのだが、なんでそんなにも偉そうなのだろうか。不思議に思う。

 横にいたクロエが補足してくれた。


「あるじ様はシーモア様のことをあまり尊敬されていませんからね。このように自慢することはありません」


「なるほど、だから違和感を感じたのか」


 そう思った俺は、やぶ蛇になることを恐れ、師匠がいないところで話を聞くことにした。


 娘とクロエ、それにアルルを連れて、屋敷の外、庭に出る。


「わー、お屋敷のお庭、なつかしー」


 とは娘の言葉だ。


 昨年まで娘はここに住んでいた。その庭は娘にとって遊び場も同然で、幼い頃は日々駆け回っていたものだ。


 木々に話しかけたり。

 お花を摘んだり、

 小鳥のさえずりを聴いたり、

 魔法の練習などをしていた。

 いわば娘のホームグラウンドだった。

 娘は子供時代を懐かしむかのようにはしゃいでいた。いや、今も子供だけど。

 その姿を見て、アルルは言う。


「可愛らしいお嬢さんですね」


「同意です」


 と、即答するとアルルがびっくりする。


「普通、そんなことないですよ、とか、ありがとうございます、と謙遜するものではないでしょうか」


 と、彼女は主張する。ならば言葉を換えようか。


「うちの娘は可愛いではなくて、超可愛いです」


「…………」


 何かいいたそうな顔をしたが、彼女は沈黙すると、こほん、と咳払いをする。


「さて、それではカイトさんに頼みたいことなのですが」


 本題に入るようだ。

 こちらも助かる。


 このとんがり帽子をかぶった小さな魔女と庭を散策するために外に出たのではない。


 彼女の依頼を聞き出し、手っ取り早く解決して、目当ての書物を手に入れるのが、俺の目的であった。


「まずはワタシがコンラッド様の後継者になりたい、というお話はしましたよね?」


「聞きました」


「それではコンラッド様には何十人も弟子がいて、そのものたちを蹴落として最高の弟子として認められないといけない、と言う話はしましたっけ」


「最高の弟子の部分は聞きました。何十人も弟子がいるという話は初耳です。ですが――」


「ですが?」


「まあ、意外ではないですね。大賢者たるもの、それくらいの弟子がいてもおかしくない。研究には膨大な時間と手間が掛かる。普通の賢者ならば弟子を取ってそのものに協力させます」


「そうなんです。かくいうワタシもコンラッド様に長年お仕えして、研究の助手をしていました」


「ほう、研究ですか」


 と、聞いて俺は目を輝かせた。


 大賢者コンラッドがどのような研究をしていたか気になる。多少前のめり気味に聞き出すことにした。


「大賢者コンラッドといえば、『ホムンクルス』の研究で有名な方ですが」


「その通りです。コンラッド様は晩年まで――、いや、今もですが、常にホムンクルス創造を夢見、ホムンクルスの研究に没頭しておられました」


「成功されたのですか?」

「いえ」



 とアルルは首を横に振る。

「この世界に完全なホムンクルス創造に成功した賢者はいませんよ」


 ここに一人いるのだけどな、とは言えない。娘のことは秘密事項だ。


「しかし、金の錬成には成功しましたよ」


「ほんとですか?」


「ほんとです。――ただし、1グラムの金を作るのに、1キロの真銀(ミスリル)が必要ですが」

「それじゃ採算に合いませんね」


「ですね。まあ、それでも我が師匠はすごいのです。もっと時間があればもっと効率的に金を作り出せるはずです」


「ですが簡単に成功されたら困る。後進のやることがなくなる」


「そうですね。ただ、鉄や石ころが黄金になったら、大金持ちになります」


 にしし、と俗な笑顔を浮かべるアルル。


「…………」


 俺が微妙な表情をしたのに気がついたのだろうか、こほん、と咳払いをすると、表情を作り直した。


「――このように俗物は錬金術を金儲けの手段としか思っていないようですが、我が師は違います。真面目に錬金術を研究し、社会の役に立てようとしています」


「ですね。金が安価に流通するようになれば、色々と便利だ。金は容易に加工できますし、電気を通しやすいという性質もある。また秘薬や霊薬に欠かせない素材だ」


 もしも大量生産できるようになれば、化学工業分野に革命が起こせるだろう。


 もっとも、金をたんまりため込んでいる強欲な貴族や商人は、金の価格が大幅に下落して顔を真っ青にさせるかもしれないが、まあ、庶民レベルでは関係のない話だ。


「その話は置いておきます。ワタシの依頼は金を作り出すことではないのですから」


「個人的にはもっと詳しく伺いたいですが、たしかに横道ですね」


 俺はそう言うと、アルルに尋ねた。


「たしか、最高の弟子を後継者に据える、とのことでしたが、その最高の弟子の基準とはなんなのですか? それを満たすのが今回の依頼なのですよね」


「そうです。さすがはカイトさん、察しがいいのです」


 彼女はそう言うと、ごそごそと鞄から1枚の書状を取り出した。

 それを俺に見せつけながら言う。



「白竜が舞う月、それまでに自身が最高の弟子であることを証明せよ。そのものを我が後継者とする」



 と、そこには書かれていた。

 なかなかに達筆である。俺の蛇がうねったような文字とは格が違った。

 厳格で几帳面な性格が滲み出ているような気がする。


 しかし――、抽象的で曖昧で、いかようにも取れる遺言だ、これでは死後、騒動のもとではないか。


 そう思っていると、アルルは、「ふふん」と鼻を鳴らし続けてきた。


「カイトさんは甘いですね」


 と、テーブルの上に置かれたグラスの水を掛ける。遺言状に。

 するとアルルの持っていた遺言状の裏に地図が浮かび上がった。


「見てください、この仕掛けに気がついたのは、大賢者コンラッド様の弟子の中でもワタシだけですよ」


 と、自慢をした。


「なるほど、水を掛けると地図が浮かび上がる仕掛けになっているのですね」


「そうです。この地図に書かれた場所に、きっと、秘宝か何かがあるのです。それを師匠のもとに持って行けば、たぶん、最高の弟子であると証明できるでしょう」


「かもしれませんね」


 そう言うと俺は続ける。


「で、その秘宝とやらはどこに隠されているのです。地図は浮かび上がりましたが、目印のようなものはありませんが」


「そこなんです! それがまったく分からないから困っているんです。まずはその難題を一緒に解決してください!」


 と、アルルは懇願してくる。


 そんな基本的なことも解決できずにあんなに威張っていたのか。


 水で浮かび上がるインクなど、魔術師にとっては挨拶代わりのようなもので、誰しもが用いる技法なのだが。


 そんな段階で最高の弟子を目指すというのだから呆れてしまう。

 ライバルが何人いるかは知らないが、これでは先が思いやられるな。

 そう思ったが、面倒なので黙って答えを言ってしまうことにする。

 俺はもぐもぐとケーキを食べている娘に向かって言った。


「フィオナ、申し訳ないけど、そこにあるレモンを俺にくれないか?」


 フィオナのティーカップには紅茶がそそがれている。カップの横には蜂蜜に漬けたレモンが添えられていた。


「うん、分かった、と、フィオナはフォークでレモンを刺すと、それを「あーん、して、お父さん」と俺の口元まで運んでくれる。


 しかし、俺はレモンを食べるためにそれを要求したのではない。


 レモンを手掴みで受け取ると、それを水の入ったグラスに入れ、蜂蜜を洗い落とす。


「あー、お父さん、お行儀が悪いんだ」


 娘はそう言うが、俺はとある手品でアルルを驚かすことにした。


 レモンをグラスから取り出すと、それを遺言書の上まで持って行き、その上で絞る。


 したたり落ちるレモンの果汁。

 それが合図となったかのように遺言状は変化した。

 遺言状に書かれた地図、その地図に赤い点が浮かび上がる。


 その光景を見ていたアルルは目を丸くしながら「す、すごい……」とつぶやく。


 これは錬金術の基礎である。

 酸性の液体を掛けることによって初めて浮かび上がるインク。

 この程度ならば我が娘フィオナでも作れるのだが……。

 そんなことを思ったが、言葉にはしなかった。

 簡単に作れはするが、だからこそ盲点になるのだ。

 気がつかない人間には一生気がつかないだろう。

 尊敬のまなざしで見つめてくるアルルの視線を無視すると、俺はレモンを口に放り込んだ。


 娘の手前、食べ物を粗末にするのはどうかと思ったからだ。

 蜂蜜を洗い落としたレモンは思いの外、甘酸っぱかった。

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