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娘とバージンロード

 こうして大魔導師コンラッドの弟子の依頼を引き受けた俺。


 依頼内容はアルルを最高の弟子であるとコンラッドや周囲のものに認めさせる、というものであった。


 さすれば彼女がコンラッドの後継者となり、その遺産を受け継ぎ、蔵書群の中でも目玉の魔導書、『フラスコの中の小人の書』を報酬として貰えるわけだ。


 その話を我が師匠と忠実なメイドであるクロエに話すと、呆れられた。


 師匠は、

「リーングラードに戻って真面目に教師をするのではなかったか?」

 と――。


 クロエからは、

「報酬で家計は潤いますが、首になってもしりませんからね」

 と言った。


 どちらも正論であったが、娘だけは俺の味方をしてくれた。


「アルルさんは困ってるんだよね? だったら助けてあげないと」


 と、根っからの正義感を燃やしていた。

 その姿を見てクロエは論評する。


「あの調子ですと、フィオナ様も手伝う気満々のようですが」


「まあ、娘だけ公都に帰すのも不安だ。残って貰うよ」


 クロエはため息をつく。


「親子揃ってサボり癖が付いてしまいましたね」


 と、父娘を表す。

 フィオナはにこやかに言う。


「わたしはお父さんの娘だよ。似ていて当然なの」


 と、えっへん、と胸を反らす。


「今から将来が心配です。あるじ様みたいな引き籠もり賢者にならないでくださいましね」


 と、クロエは漏らしたが、彼女も結局は同意してくれる。なんだかんだでクロエは我がメイド、最終的には主の意をくんでくれる。


 それは我が師匠も同じであった。

 いや、逆に内心、ほくそ笑んでいるかもしれない。


 なかなかしたたかな魔女だから表情にも言葉にもしないが、これで娘ともう少しだけ一緒に入れられる、そう思っているのかもしれない。


 それになんだかんだで協力もしてくれるようだ。


「コンラッドには世話になったからな。それに最強の弟子を決める。いいではないか、面白いではないか」


 と、言ってくれた。


 有り難くはあったが、余計なことをして引っかき回してくれないことを祈るばかりであった。



 こうしてアルルに協力することになった俺だが、問題はハーモニアとイスマである。


 ハーモニアは当然、

「私と先生は一心同体です。不即不離です」

 と俺のもとを離れるのを拒んだ。

  

イスマも意外と、

「フィオナとハーモニアが残るならばボクも」

 と、主張してきた。


 ただ、彼女たちをフィオナと同列には扱えない。


 フィオナは我が娘であるが、彼女たちは他家の子供たちであり、また自分の生徒であった。


 私事で学校をサボらせるのは気が引けるというか、いくら駄目教師でも許されるべきではないだろう。


 そう思った俺はふたりに学院に帰るよう勧めた。

 いや、命令か。

 一応、教師なのでときには威厳を見せねば示しがつかない。

 それでもハーモニアはここに残ろうと画策した。


「あいたた、持病の(しゃく)が……」


 と、急病の振りをする。

 病気で公都までの長旅に耐えられそうにありません、と主張した。


「ならば診察しようか? 俺は治療魔術も得意だし、この館にいるのは大賢者だ。それに帝都の名医も何人か紹介できるが」


「…………」


 仮病が効かないとみるや、情に訴える。


「お願いです。先生の側にいたいんです。妻としての勤めを果たしたいんです」


 と、祈りを捧げるようなポーズで誓願してきた。

 涙目だ。いや、実際に半泣きしている。


 演技ではなく本当に泣いているので哀れであったが、それでも俺は彼女にお帰り願った。


 そもそも彼女は俺の妻ではない。ただの生徒である。


 このままでは出席日数の関係ではなく、淫行罪の嫌疑で学院を放校される恐れがあった。


 そんな情けない事態は避けたい。


 俺はイスマの執事が用意した護衛付きの馬車にハーモニアを放り込むと、そのまま強制送還した。


 彼女は最後まで恨めしそうに馬車の窓からこちらを見ていた。

 その姿を見ていた娘が一言言う。


「いいの? お父さん」


 娘は泣いているハーモニアに同情しているようだ。


「いいんだ」


 と、言い切る俺。


「このままだとハーモニアがフィオナのお母さんになってしまうぞ、フィオナはそれでもいいのか?」


 と言うと、娘も少し納得したようだ。


「たしかにハーモニアをお母さんと呼ぶのは少し早いかも……」


 そう言うと、娘は大きく手を振った。


「ハーモニアー、先に学院で待っててねー!」


 娘は馬車が小さくなるまで、その手を大きく振っていた。

 馬車が見えなくなると、娘はくるっと回転し、こちらを見てくる。


「お父さんはハーモニアと結婚したくないみたいだけど、どうして?」


 と、尋ねてきた。


「そりゃ、娘と同じ年頃の少女に手を出したら、犯罪だからだ」


「でも、ハーモニアは来年にはもう15歳、大人になるよ」


「俺は1026歳だぞ、1011歳も年下の少女に手を出せるか」


「お父さんは年上が好きなんだ」


「そう言うわけじゃないけどな。年上になると、必然的に我が師匠とか、選べる範囲が狭くなるしな」


 さすがに師匠を嫁さんにするのは気が引けた。


 あの破天荒な魔女を妻にすれば、退屈することはないだろうが、それでも確実に余命が縮まるだろう。気苦労が絶えなくなるはずだ。


 しかし、と俺は思う。


 子供の頃は、「俺のお嫁さんになるー!」と抱きついてくれた娘だが、最近、その発言をしてくれない。


 無論、俺は娘を嫁になどする気はなかったが、それでも寂しくはあった。


 抱きつかないまでも、口にしないまでも、将来の夢はお父さんのお嫁さんです、と作文用紙に書いて欲しいが、それは贅沢な悩みなのだろうか。


 そう思った俺は恐る恐る尋ねてみる。


「フィオナ。ちなみにフィオナの将来の夢はなんなんだ?」

 と――。


 娘は花のような笑顔で即答する。


「お嫁さんだよ」


 ほっと胸をなで下ろす。

 相も変わらず小さな女の子が憧れる将来の夢で良かった。

 お嫁さんは、お菓子屋さんやお花屋さんに並んで、女の子の憧れの職業である。


 まだまだ子供で良かったが、さて、フィオナは誰のお嫁さんになりたいのだろうか。


 そこが興味深いところであった。

 さりげなく尋ねてみる。

 というか直接問いただす。


「ちなみに誰のお嫁さんになりたいんだ?」


 俺がそう言うと、フィオナは顎に人差し指を添え、考え始める。

 考える、ということは複数人候補がいるのだろうか。


 そう思っていると、娘は、

「内緒」

 と、笑顔を浮かべた。


 難儀な顔になった俺を哀れんでくれたのだろうか、じゃあ、とヒントをくれる。


 娘は風精霊(シルフ)のようにすすっと俺の横に位置取ると、有無を言わさず腕を組んできた。


 そして幸せ一杯の笑顔を浮かべる。


「これがヒントだよ、お父さん」


「…………」


 これはまだ俺のお嫁さんになってくれる、ということでいいのだろうか。


 それともバージンロードを歩く父親と娘という未来を示唆してくれているのだろうか。


 どちらかは分からなかったが、ともかく、娘の体温をしばし無言で味わっていた。 

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