師匠の手落ち
それにしても下手くそな尾行だな。
尾行者の行動を見て俺はそう思った。
まず物陰に隠れるのはいいとしても、上半身だけ突き出し、そこからこちらを覗き込むのは不審者以外のなにものでもない。
それにこちらが視線を向けると露骨に顔を隠したり、あらぬ方向を見て口笛を吹いたりする。
間抜けな尾行者であった。
これは無視をしてもいいかもしれない、そう思ったが、『彼女』はどこまでも俺たちを尾行してくる。
なんとかしなければリーングラード学院にまで着いてきそうな勢いだった。
なので思い切って話しかけてみる。
俺は、師匠に娘を預ける。
「フィオナ、師匠と一緒にあそこの観覧車に乗ってきなさい」
「観覧車はさっき乗ったけど?」
「もう一度乗ればいい。この時間帯ならば夕暮れの帝都が見渡せてさぞ気持ちいいだろう」
実際、帝都はあかね空に染まっていた。
夕日が石畳をなんともいえぬ色に染め上げている。
高いところから見渡せば、帝都の荘厳な建物群がさぞ映えて見えることだろう。
「うん、分かった。綺麗な光景が見えたら、魔法で《複写》して、絵にしてあとでお父さんに見せてあげるね」
と、娘は師匠の手を握りしめ、観覧車に向かった。
魔女と小さな娘が観覧車に向かう様を確認すると、俺は尾行者のもとまで行き、こう言った。
「お嬢さん、いったい、俺たちのような小市民になんの用なのでしょうか?」
お嬢さん、と呼ばれた少女は、なんのことでしょうか? そんな顔をした。
「いや、君が俺らを尾行しているのは気がついているから。ただ、目的は問いたださないよ。これ以上尾行しないと誓ってくれるなら」
最初、帝国か聖教会の手先かと思ったが、どうやら違うようだ。
帝国や聖教会ならば、もっとましな監視者を寄越すだろうし、もっと多くの尾行者を用意する。
このような間抜け――、は失礼か。
このような足りない少女を尾行者にするなどあり得なかった。
しかし、尾行者には不適格な少女だったが、正直な少女だった。
もはや隠し通せないと分かると、それ以上しらばっくれることなく、自分の身分を明かしてくれた。
「さすがは『千年賢者』のカイト様です。ワタシの完璧な尾行を見抜きましたか」
「………………」
どこが完璧なのだろう、と突っ込みたかったが、それよりも先に突っ込むのは、千年賢者の部分であろう。
俺が千年生きた賢者であることは、機密事項である。
師匠の計らいによって賢者カイトはすでに死んだことになっていて、帝国に戸籍はない。
それどころか住んでいた屋敷も木っ端微塵されていた。
千年賢者である俺がまだ生きていて、さらにここにいることを知っているのは4人しかいない。
すべてを手配してくれた師匠、常に付き添ってくれたクロエ、それに学院の学院長カリーニン、あとは娘だけである。
全員が全員、信頼できる人間なので、どこかからか漏れ出る心配などないはずであるが――。
そう思っていると、目の前の少女は情報源をあっさり話してくれた。
「ワタシの師匠はこの世界の大賢者のひとり、大魔導師コンラッド樣なのです。コンラッド様から直々に聞きました。あなたが千年のときを生きた大賢者であることを。さる事情によって帝国から身を隠し、リーングラード学院で教師をしていることを」
「……まったく」
心の中で舌打ちをせずにはいられない。
師匠がいるであろう観覧車へ視線をやる。
《遠視》の魔法で見れば、観覧車の中から帝都を指さし、フィオナに帝都の説明をしていた。
気楽なもので、警戒心も罪悪感もゼロのようであった。
文句を言いたくなったが、それよりも先に師匠は《念話》を送ってくる。
『仕方あるまい。戸籍を作るときにコンラッドの力を借りたのだ。理由も言わずに力は借りれまい』
と、悪びれずに言った。
『事情は分かりましたが、そういうことは事前に言ってください。びっくりするではないですか』
他に漏らしてませんよね? という前に師匠は俺の言葉を遮る。
『安心しろ、コンラッドとその弟子は口が堅い。それに話したのはお前のことだけだ。フィオナがホムンクルスであることは、この世で3人しか知らぬ。私とお前とクロエだけだ』
と、言い切ると、勝手に通話を遮断し、フィオナに帝都の説明を続けた。
『私はフィオナに帝都の名所を説明するので忙しい。以後、皇帝がきても取り次がないように』
と、俺に丸投げした。
まったく、無責任な人だ、と伝えることもできず一方的に会話を遮断された俺は、コンラッドの弟子の少女の方へ振り向く。
面倒であるが、俺が対応しなければならない。
改めて挨拶をした。
「はじめまして……、でいいのかな。君は俺のことを知っているようだが、俺は君の名前も知らない。まず自己紹介してくれると嬉しいけど」
少女は「そういえば名乗っていませんでしたね」と、にこやかに微笑む。
「私の名は、アルル。大賢者コンラッドの一番弟子です。以後、お見知りおきを」
と、手を差し出してきた。
一応、差し出された手は受け取るが、厭な予感しかしない。
この手の図々しい人物には共通する悪癖があるのだ。目の前の少女は姿形は似ていないが、雰囲気が我が師匠にそっくりだった。
目の前の少女はたぶん、俺に面倒ごとを押しつけるだろう。
そんな予感を覚えた。
事実、その予感が間違っていないことをすぐ知ることになる。
彼女はにこやかに微笑むとこう言った。
「これからカイトさんにはお願いをするのです。ですので、ワタシに夕食を奢らせてくれませんか? 帝都で一番の菓子店に予約を入れてあります。それも4人分」
「お願いも食事も断るという選択肢は俺にあるのか?」
そう言うと、両手をメガホンのようにすると、
「帝都のみなさーん! 鮮血の魔女の一番弟子、カイトさんは実はいき――」
「分かった。取りあえず、話だけでも聞こうか」
俺が観念してそう言うと少女はにっこりと微笑んだ。
「やっぱり、聞いていたとおりの人です。正義感に厚く、困っている人を見捨てることができない方です」
彼女はそう微笑んだ。
悪魔の微笑みに見えたが、ひとつだけ美点をあげるとすれば、それは彼女の手際の良さだろうか。
彼女が予約したという菓子店は、フィオナが以前、行きたいと言っていた帝都の名店だった。
一見様お断りの店で、師匠のつてをたどっても予約すらできない人気店であった。
「まあ、帝都最後の晩餐をそこで取るのも悪くない」
そう思いながら、彼女の話を聞くことにした。




