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娘と遊園地、しかし・・・

 この三日間、娘のフィオナを師匠に貸すつもりの心構えでいたが、そうはいかなかった。


 師匠がめかし込んでフィオナを帝都の案内をしようとすると、フィオナが俺の手を掴んでぎゅっと握りしめてきたからである。


 師匠はその手をふりほどこうと俺を睨み付けるが、その魔眼もすぐに萎縮する。


「伯母樣、お父さんも一緒に遊びに行っていいですか?」


 娘のそのきらめく瞳を見て、「ノー」ということはさすがにこの厚顔な魔女もできないようだ。


「仕方ない」


 と、同伴を許してくれた。

 俺は一応、ハーモニアとイスマを誘う。


「ハーモニアとイスマもこないか? 財布(ししょう)がいるから豪遊できるぞ」


 と、誘ったが、ふたりは控えめに断った。


 師匠のこれ以上余計なのはついてくるなオーラに恐れをなしているのかと思ったが違うようだ。


 なんでもハーモニアは帝都にいる祖父の知人と会う約束があるらしい。


 ハーモニアの実家は帝国の辺境にあるが、祖父は帝都で宮仕えをしていた。知人が多く挨拶回りをしておきたいとのこと。


 イスマも似たような理由で参加を断った。


 婚約者であるリリーナの見舞いもしたいし、今回の事件で尽力してくれた親族や司法長官に挨拶をしなければいけないとのこと。


 どちらもよくできた子供だ。

 そう思って彼女らを快く送り出す。

 ただ、一応、ハーモニアには護衛を付けるべきだろう。


 ハーモニア襲撃事件のこともあったが、子供一人で帝都をうろついて良い道理はない。


 クロエを呼び出すと、ハーモニアに付いていくように命じた。


「かしこまりました」


 と、うやうやしく頭を下げるが、その顔は不満たらたらだった。

 理由は分かるので聞かない。

 彼女もフィオナと一緒に出かけたいのだろう。


 しかし、主の頼みを断れるわけもなく、娘の友人の警護を断ることもできない、とハーモニアに同伴してくれた。


 こうして俺と師匠、そして娘の3人で帝都に向かうことになった。


 帝都までは馬車で数刻、その間、師匠は一方的にフィオナに話し掛けてご機嫌を取っていた。



「帝都の百貨店に行ったら、綺麗な(べべ)を買ってあげよう。売り場ごと買い占めてもいい」


「フィオナは本が好きだったな。好きな作家がいればいうがいい。出版社に行って、サインを貰ってきてやる」


「遊園地を貸し切って回転木馬や観覧車に乗せてやろう」



 と、娘を目一杯甘やかす宣言をしていた。

 吐息を漏らしながら師匠を戒める。


「師匠、あまり娘を甘やかさないでください」


「甘やかしているのではない、可愛がっているのだ」


「娘には足ることを学ばせたいのです。リーングラードに帰れば慎ましい生活が待っているのですから」


 師匠はその言葉を聞くと、「ふん」と顔を背けるが、結局、前述した成金の商人のようなイベントはこなさなかった。


 百貨店には行ったが、フィオナが気に入った服を一着買っただけだった。


 若葉色の可愛らしいワンピースだ。飾り気がないが、愛らしいフィオナにはよく似合っている。


 本も百貨店内にある本屋に行ったが、フィオナが読んでいるシリーズ小説の続刊やお気に入りの作家の既刊を買うだけだった。


 ただ、魔女を主役にした本を一冊忍ばせたのは抜け目がない。

 遊園地にも行ったが、貸し切りではなく、一般客としてだった。


 はしゃいで自分も乗るかと思ったが、回転木馬に乗って喜んでいるフィオナを横から見守っているだけだった。


 師匠の性格ならば、人目も気にせずにフィオナと一緒に乗り、年甲斐もなくはしゃぐかと思ったが、どうやらそれは杞憂のようだった。


 フィオナは回転木馬に楽しそうに乗りながら、


「見てみて! お父さんに伯母樣! ぐるぐる回っている!」


 そりゃ、回転木馬なのだから当然であった。


 千年前にはこんなものはなかった。一度乗ってみたがったが、さすがにこの歳で遊具に乗るのは気が引ける。


 俺も師匠の横で娘を鑑賞するだけにとどめた。

 きゃっきゃと、喜びながら白馬にまたがっている娘の姿は眼福(がんぷく)であった。


 ときの経過を忘れてしまいそうなほど至福の時間であったが、師匠はふと、こんなことを漏らす。


 顔色一つ変えずにこう言った。


「付けられているぞ、カイトよ」


 俺も表情一つ変えずに返答した。


「分かっています」

 と――。


「さすがに気がついていたか」


「そこまで鈍感じゃありませんよ」


 一言で返す。


「しかし、意外だな。気がついていながら泳がしていたのか」


「俺は師匠とは違って穏健なんですよ。尾行されたくらいでは怒りません」


「ふ、たしかに」


 魔女はほくそ笑む。


「私ならば即座に捕縛して、誰が裏で糸を引いているのか、どういう意図があるのか、丁重に問いただす」


「それを一言でまとめると、拷問する、になるんですね」


「そのとおり」


 師匠は、にかっと笑った。


「さて、他人事であれば、どうでもいいし、私を尾行するのならば、掴まえて丁重に問いただすのだが、どうやらあの不届きものはお前とフィオナを見ているようだな」


「なるほど、それは困りましたね」


「だな。私も困る」


「珍しい。師匠が俺を心配してくれているんですか?」


 戯けて見せたが、師は「たわけ」というだけだった。


「お前のことなど心配するものか。素っ裸で極地に放りこんでも生きて帰ってくるくらい根性が座っている」


「せめて下着くらい残してください」


 師匠は俺の抗議を無視する。


「しかし、お前を付け狙う、ということは、お前を疑っている、ということだ。お前が疑われる=フィオナの身にも危険が及ぶということにも繋がる。フィオナがホムンクルスだとばれれば、帝国も聖教会も黙っていないだろうからな」


「そうですね。それが恐ろしい」


「他人事のようだな。娘の将来が掛かっているのだぞ、もっと慌てないのか」


「俺の分まで師匠が慌ててくれていますからね。一人くらい冷静でいないと」


 むう、と師匠はうなる。

 その通りだと思っているのだろう。


「それに今さら慌ててもなるようにしかなりません。最初は帝国か聖教会にフィオナの出自がばれたのかと思いましたが違うようだ。もしもばれているのならば視線はひとつじゃ済まないでしょうし、フィオナに集中しているはず。あのものの視線は俺と娘、交互に向けられていますし、泳いでいます」


 たぶん、尾行慣れしていないのでしょう、と補足した。


「幸いとフィオナがホムンクルスであることは感づかれていない、ということか」


「ですね。ですからおそらく、狙いは別にあると見ました」


「となると、先日のコーネル男爵の件か?」


「あるいはハーモニアの件かもしれませんね」


「例の血盟師団か。あの事件の実行者は捕まったが、組織自体は残っているからな」


「あるいは立て続けに事件を解決した俺が要注意人物だと見なされているのかもしれません」


「ありえる話だが。どちらにしても面倒だな」


 やはり捕まえて丁重に問いただすか? 師匠はそう勧めてきたが、俺は首を横に振った。


「そんなことをすればやぶ蛇ですよ。俺自身、悪いことはなにもしていないのです。ここは普通に振る舞って、子煩悩で無害な魔術師だと認識して頂きましょう」


「なるほど、それは悪い手ではないが、もしもあのものがフィオナにちょっかいを掛けてきたらどうする?」


 師匠は意地悪く質問してきた。


「まあ、そのときは丁重に問いただします」


「それは一言でまとめると拷問ではないのか?」


 師匠は呆れながら言った。

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