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グラニッツ事件の顛末

 このようにしてイスマ暗殺事件の黒幕、コーネル男爵は当局に捕縛された。


 最初こそ言い訳をし、取調官にも高圧的だったそうだが、婚約披露宴の会場に帝国の司法長官がいたのがあだとなった。


 帝国政府は腐っているが、上層部すべてが腐っているわけではない。


 中にはコーネルのような不逞な貴族の跋扈(ばっこ)を憂い、それを取り除き、帝国の安寧を望む人物もいた。


 それが帝国の司法長官、カール・フォン・イシュタット伯爵であるが、彼はなかなかの名裁判官だった。


 彼はそれでも罪から逃れようとし、白を切り通そうとするコーネル男爵を、一刀両断のもとに処断した。


 爵位を剥奪し、30年の懲役、懲役後の国外追放を言い渡したのである。

 無論、帝国の政財界に根を張っていたコーネル。

 彼を庇う声は小さくなかった。

 しかし、イシュタット伯爵は、皇族に連なる名門貴族の仲介も意に返さなかった。

どんな大物貴族の誓願も、懇願も、恐喝にも屈しなかった。


 伯爵の家には何通もの差出人不明の脅迫状が届いたが、伯爵はそれらをすべて無視した。


 ある日、業を煮やした帝国の高官が、直接、脅迫状を伯爵に届けた。

 宮殿の門前でそれを受取った伯爵は、苛烈にして大胆な行動に出る。

 その手紙を受取ると、読まずに破り捨て、それにおもむろに小便を掛けたのだ。


 手紙を送った貴族も、それを見ていた衛兵たちも呆れたが、その剛胆な行動は瞬く間に帝国中に広まり、伯爵の剛直さと公平さが知れ渡った。


 こうなればもはや伯爵を暗殺でもしない限り、決定はくつがえることはないだろう。


 そんな世論を生み出す。

 それは危険な行為でもあったが、今のところ、伯爵の命は無事であった。

 伯爵の裏には『大物』がついているからである。

 その大物とは、灼熱のような髪と瞳を持っていて、

 とんでもない魔力と魔術の知識を持っていて、

 とてつもなく危険で美しい魔女であった。

 俺と娘は、今、その魔女の家に滞在していた。


一連の事件を解決すると、俺たちは当然、リーングラード学院に戻り、通常の学院生活に戻るわけだが、その前に世話になった師匠に挨拶をせねばならなかった。


 コーネル男爵捕縛にも協力して貰ったし、その後の後始末も師匠が大いに尽力してくれた。


 なにも挨拶せずに帰れば、呪詛されることだろう。

 この世界の6大賢者のひとりに呪詛されるのは心地よいことではない。

 いや、それどころか呪い殺されてしまうだろう。


 そう思った俺は、彼女の機嫌を取るため、帝都の高名な菓子屋でケーキと紅茶を買い、魔女に差し出した。


 フィオナが小一時間掛けて選んだケーキと紅茶である。

 ケーキは極々ありふれた苺のショートケーキであった。

 俺は師匠がチーズケーキが好きなことを知っていたが、それは黙っていた。


 娘がどんなケーキを選ぶのか気になったし、好物でないケーキをプレゼントされたときの反応を見てみたかったからだ。


 フィオナは買ってきた苺のショートケーキを自分で切り分ける。ホールごと買ったのだ。


 父娘ふたりならば許されない贅沢だが、御礼の品、それにこれだけの人数がいれば問題ないだろう。


 フィオナは人数分の割合を計算し、綺麗にケーキを切り分ける。

 師匠であるイリス。

 それに親友のハーモニアとイスマ。

 それに俺。


 5人という中途半端な数なので切り分け方が難しいが、8個に切り分けたものを子供たちが二個ずつ食べ、余ったものを俺と師匠が食べることでその難題を解決した。


 ただし、ケーキの上に乗っているチョコレート菓子の優先権で争いになったが。


 師であるシーモアは、

「年長者である自分が食べるべきだ」

 と、主張し、

「俺はどうでもいいです」

 という主張をした。


 それが気にくわなかったらしい。


「お前はいつもそうだな。争いごとや喧嘩を避けるから面白くない」


 と、チョコレート菓子どころか俺のケーキの上に乗っていた苺まで奪っていった。


「…………」


 この人は本当に1200歳も生きているのだろうか。

 チョコレート菓子など、子供たちに譲ればいいのに。

 そう思ったが、口にはしない。

 口にすればまた17歳うんぬん言い出すと思ったのだ。


 ――訂正、口に出さなくても彼女は言い出した。


 ぎろり、という擬音が聞こえそうなほどこちらを睨み付けると、


「お前は今、1200歳も生きているくせに、と思っただろう?」


 と、俺の心中を見事言い当てた。


 本当に勘の鋭い魔女だった。

 無論、思っていたが、正直には答えないでいいだろう。

 話題を年齢から遠ざける。


「まさか、夢にも思っていませんよ。ところで、師匠、このショートケーキの味はどうですか?」


「まあまあだな」


 相も変わらず世辞一つ言えない人だ。

 ただ、そのケーキを娘が選んだものだと伝えると手のひらを返した。


「旨い、最高だ。こんなケーキ、今まで食べたことがない」


 と、フィオナの頭を撫でながら、姪御を甘やかしていた。


 フィオナは、

「うふふ」

 と、微笑むと、

「伯母樣のために一生懸命選んだんだよ」

 と、話した。


「なるほど、道理でほっぺたが落ちそうなほど旨いわけだ」


 その変わり身はなかなか見事であったが、責め立てる気にはならない。 

 それよりも気になるのは今後の日程であった。

 いつ、リーングラード魔術学院に戻ればいいか、それを師匠と相談したかった。


 俺は子供たちがケーキを食べ終え、紅茶で口をうるおし終えたのを確認すると、さりげなく尋ねた。


「師匠、そろそろリーングラードに戻ろうと思うのですが」


 それは断りではなく、単に娘との最後の団らんを楽しむようにとの配慮だったのだが、魔女が返した返答は予想の斜め上をいった。


「いやだ」


 と、魔女は簡潔に言った。

 短く、そして子供っぽい口調だった。


 まるでニンジンを食べるのを嫌う幼児のような口調だったので呆れてしまったが、彼女はその後、自分の気持ちを話した。


「お前はどこにいってもいいが、フィオナがここを離れるのは許さない。せっかく、我が屋敷に戻ってきたのだ。あと、3年くらい休学して、それから学校に通わせればいい」


「…………」


 正直すぎるくらいに欲望に忠実な言葉だったので言葉を失ってしまったが、俺は諭すように言った。


「わがままを言わないでください。フィオナは魔術師になるのが夢なのです。それに学院には娘の友達もたくさんいます」


 ただでさえ授業が遅れているのに、と付け加えた。

 その言葉を聞いた師匠は、腕を組み、不機嫌そうに鼻をそらす。


「ふんっ、授業をいいわけにしおって、私は知っているのだぞ。お前がまったく授業をしない駄目教師であることを」


「心を入れ替えましたよ。最近、子供たちに授業をするのが少し楽しくなってきた」


 事実である。


 子供たちの奇想天外な発想は俺のインスピレーションを刺激し、研究をはかどらせてくれる。


 あるいは一日中研究室に籠もっていた頃よりも研究成果をあげているかもしれない。


 実際、今の俺も早く学院に戻って研究をしたい衝動に駆られていた。


 なので明日には帝都に戻りたいのだが、我が師である魔女はなかなか首を縦に振ってくれない。


 せめてあと三日はいるように、

 と、指を三本突き立ててくる。

 その三日間で『フィオナ分』を目一杯吸収するつもりらしい。


 ちなみにフィオナ分とは、フィオナと触れ合うことでしか吸収できない特別な成分で、それを吸い込むと、媚薬にも似た多幸感を思う存分味わえるのだそうだ。


 それを吸収するには、フィオナと一日中接し、娘を百貨店や遊園地に連れて行き、そこで好きなものを買ってやったり、好きな遊具に乗せてやったりすることが必要らしい。


 あとは一緒にお風呂に入ったりとか、娘の髪をとかしたり、結ったり、あるいは後ろから抱きついて、頭部に顔を埋め込み、深呼吸すると効率的に補給できるらしい。


 つまり、娘と戯れたいからもう三日ほど待て、ということらしいが、結局、承知する。


 帝都とリーングラードは遠い。

 次にいつ会えるか分からなかったし、今回の件では師匠に尽力して貰った。

 これくらいのわがままは許されるべきだろう。

 そう思った。

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