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虚飾の舞踏会 †

 自分の娘がコーネル男爵と対峙していたころ、その父親はそれを遠くから見守っていた。


 関係者ではないカイトは近づくことができなかったからである。

 不審に思われて退出されたり、暗殺を取りやめられるのも困るのだ。


 ゆえにこうしてある程度、距離を取り、傍目から娘の行動を観察しているしかなかった。


 なんとかもう少し近づきたいが、それも難しいだろう。

 近くには護衛の魔術師がいた。

 気配でそれくらいは察することができる。


 娘の側に近づけないことを歯がゆく思っていると、助け船を出してくれる人物が現れる。


 ハーモニアである。

 彼女はカイトの儀典用のローブの袖を掴むと、ダンスの輪に入らないかと誘った。

 顔を真っ赤にし、こんな抗弁も添えて。


「べ、別に先生と踊りたいとか、そういうのじゃなくて、あの輪に加われば自然とフィオナたちに接近できると思ったんです」


 というが、明らかに彼女は公私混同しているように思われる。

 しかし、良案なのでその提案を受けることにした。


 ハーモニアは「やたっ♪」と笑みを浮かべるが、カイトはポーカーフェイスをつらぬいた。


 無言で彼女の手を取り、社交ダンスを始める。


 社交ダンスは不得手であったが、千年も生きていれば基本的な型くらい覚えていた。


 ハーモニアに恥を欠かせない程度には踊れ、彼女の足も踏まずにすんだ。

 ――ハーモニアには三度ほど足を踏まれたが。


「ご、ごめんなさい」


 と、そのつど謝られたが、ハーモニアがまともに踊れるようになったころ、彼女はカイトの耳元でささやく。


「カイト先生、カイト先生の考えた策は本当に上手くいくのでしょうか?」


「上手くいかせるさ」


 と、うそぶく。


「聞いた限りですが、かなり無謀なような気がします」


「そんなに無謀かな? フィオナたちがあえて毒薬を飲み、それを持って暗殺の現行犯で逮捕する、という作戦が」


「……無謀というか、大胆不敵だと思います」


「大胆不敵にならざるをえないよ。相手は貴族だ。明確な証拠がないと吊し上げれない」


「ですが、フィオナたちは本当に毒薬を飲んで大丈夫なんですか? そこが心配です」


「大丈夫だ。事前に解毒薬を服用して貰っている。コーネル男爵が用意した毒は『ファフニールの膿』だからな。その解毒薬は数百年前に開発済みだ」


「どなたが開発したんですか?」


 俺だよ、とは言えない。ハーモニアには自分が千年賢者であることは隠してある。 


「効果は万全だよ。自信を持って言える」


 何百回も試験したし、それに愛娘に飲ませるものだ。

 万が一どころか億が一もありえ得ないよう配慮している。


「問題なのは、その後の展開だな」


「その後の展開、ですか?」


「コーネル男爵を暗殺犯の現行犯に仕立て上げられる自信はあるが、その後、上手く立ち回れたらお手上げだ。毒など盛っていない。と白を切られる可能性もある」


「ですよね。あの悪役顔は最後まで言い逃れしそうです」


 ハーモニアは偏見を隠さない。


「実際、そういうたまだよ」


 苦笑いを浮かべて同意するが、ハーモニアはこんな言葉に繋げる。


「ですが、先生のことです。あの悪党を捕まえる良策をお持ちなのでしょう?」


 と、ささやいた。


「あることにはある」


 カイトは短く答える。


「そしてその作戦もとうに実行中なのでしょう」


「まあな」


 ハーモニアはカイトがそう言うと微笑んだ。

 そしてどさくさに紛れ、カイトの胸に顔を埋める。


「やっぱり先生はすごいです。あのときも機転を効かせて私とフィオナを救ってくれました。今度はイスマも救ってくれます。先生はやっぱり私の英雄(ヒーロー)です」


 彼女はそう言うと、カイトの背中に手を伸ばし、抱きしめてきた。


 人前ゆえ、距離を取りたかったが、このような場所でそんな真似をすると目立つであろう。


 ゆえにされるがままであったが、カイトは思った。

 ある意味、この娘の方が策士なのかもしれない、と。

 そんなふうに思いながら、カイトはことが上手く推移するか見守った。


カイトとハーモニアが戯れている中、フィオナとイスマは緊張の極地にいた。

 カイトが説明した事態が起きたからである。


 フィオナの父親、千年賢者カイトはコーネル男爵が葡萄酒をみずからそそぎ、それに毒を盛ると予言したが、その通りになった。


 未成年のフィオナとイスマに葡萄酒を飲むように勧める。


「帝国では婚約の際には神の血を模した飲み物を口に入れる習慣があります。形だけですので、一口だけでもお飲みあれ」


 と、イスマの女中にワイングラスを用意させた。


 未成年に酒を飲ませる行為はともかく、その風習は世間では当然のものであったし、コーネル男爵は形の上では一族の重鎮、それに帝国の重臣、イスマの立場としては断ることのできない申し出であった。


 それにコーネル男爵は小賢しくもワインを用意するとこんな台詞も口にした。

 逡巡しているフィオナたちにこうささやく。


「まさか、イスマイール樣とリリーナ様は私を疑いか? 私が貴殿たちを毒殺するとでも」


 と、機先を制してくる。


「世間では私がグラニッツ家を乗っ取るなどという風聞を流すものもいますが、私にはそのような意図はありません。本家であるグラニッツ家の当主夫妻に害など加えるわけがない」


 コーネル男爵は心にもないことを言うと、その証、といわんばかりに自分でワインをグラスにそそぎ、それを飲み干した。


「毒など入っていないでしょう?」


 と、コーネルは薄く笑う。

 毒など入っているわけがない。

 毒はワインの瓶にではなく、グラスに塗られているのだから。


 そう、遅効性の猛毒、『ファフニールの膿』はワイングラスの方に塗られている、というわけだ。

 どうやってワイングラスに塗りつけたのかといえば、それは単純な方法であった。

 そのグラスを持ってきた女中を買収しておいたのだ。

 コーネル男爵と女中の視線が交差する。意図的なものだ。


 フィオナがそれに気がついたのは、父親であるカイトがそのことを予言していたからである。


 カイトは事前にそのことを読み、娘たちに伝えていたのだ。


 あとはコーネルの思惑に乗り、そのグラスでワインを飲めば、コーネルの悪事は露見するはずであった。


 その場で暗殺の現行犯で捕縛する。


 それがカイトの策であったが、実際、ワインを飲む段階になると、さすがにフィオナとイスマはたじろいだ。


 事前に解毒剤は服用してある。


 フィオナたちもカイトのことを全面的に信頼しており、それを飲んでも死なないと確信していたが、それでもやはり、口を付けるのに勇気がいった。


 フィオナの場合は特にである。

 毒はもちろん、お酒すら飲んだことはないからである。


 しかし、このままではことが進まないし、最悪、フィオナたちの態度からこちらに策があることを感づかれてしまうかもしれない。


 そう思ったフィオナは、苦い薬でも飲み干すつもりでワインに口を付けた。

 それを見ていたイスマも同じようにワインを飲む。

 その姿を見ていたコーネル男爵はにやりと口元を歪ませた。


(馬鹿な小娘たちだ。まんまと飲み干しおって)


 口にこそ出さないが、そのような表情を浮かべていた。


 これで数時間後、グラニッツ家の当主となる若い婚約者たちは、心臓発作を起こし、非業の死を遂げる。


 すべてがコーネルの筋書き通りだった。


 ――たった、ひとつの誤算を除いて。


 コーネルが勝利を確信し、ほくそ笑んでいると、会場がざわめいていることに気がつく。


 楽団の音楽や貴族の会話を遮るかのようにとある一団が近づいてきた。


 そのものたちがこの帝都の治安維持部隊であると気がつくのに数秒の時間が必要であった。


 思わず血の気が引くが、コーネルは表情を作り直すと、強気に誰何(すいか)した。


「なにものである。ここはグラニッツ家の私邸ぞ。帝都の治安を預かる人間でも、理由なく立ち入っていい場所ではない」


 そう叫んだが、それに対する解答はコーネルの期待に添うものではなかった。

 部隊の隊長と思わしき人物は言う。


「理由ならあります。この家の当主代行であるイスマイール様に呼ばれ参りました」


「イスマイールだと!?」


 きっ、とイスマイール少年を睨み付ける男爵。

 しかし、イスマもフィオナも毅然とした表情で男爵をにらみ返した。

 そしてイスマは男爵を指さし、こう言い放った。


「このものは不逞にもボクとその妻であるリリーナの命を狙った犯罪者です。なにとぞ、逮捕し、公正な法のもとで裁いてください」


「なにをいうか、小僧め! そのような証拠などどこにある」


 コーネルはそう叫ぶが、その怒号にもイスマは動じなかった。

 フィオナもである。

 リリーナに扮したフィオナは言う。


「証拠ならばここにあります。このグラスには『ファフニールの膿』と呼ばれる猛毒が塗られています。その毒はコーネル男爵が闇市場で入手し、このメイドに塗らせました。調べればすぐ分かります」


 よどみなく言い切れたのは、事前にカイトと練習を重ねていたからだが、それでもコーネルは沈黙しなかった。


 毒の入手先を洗われることは想定済みだったのだろう。 

コーネルはほくそ笑む。


(馬鹿め。毒の入手先などたどられるものか。購入先の魔術師はすでに始末してあるし、代理で購入した人間もすでにこの世の人間ではない)


 それに、とコーネルは心の中で続ける。


(目の前にいるこの端女(はしため)も裏切ることはない。家族を人質にとってあるからな。よしんば裏切ったとしても何の問題もない。俺ほどの権力があればその程度の証拠、いくらでも握りつぶせる)


 そうせせら笑ったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。

 思わぬ人物が現れたからである。


 その人物はこの場に絶対現れない人物を捕縛しており、その人物を放り投げるようにコーネルの前に転がした。


 見れば、先日、イスマを襲わせた魔術師が縄でがんじがらめにされて横たわっていた。


 精霊魔法の使い手であり、コーネルの腹心であり、闇の世界の住人だ。

 汚い仕事の過半はこの男とともに立案し、そして実行させていた。

 世間の人間には知られてはいけない情報をすべて握っている人間だ。


(ば、馬鹿な、いったい、どうやってこの男を捕まえた!?)


 そしてどうやってあの義理堅く、口の堅い男の口を割らせたというのだ。

 コーネルはそう思ったが、それに答えたのはローブを身にまとった魔術師だった。

 千年賢者のカイトである。

 無論、コーネルはカイトが千年ものときを生きた賢者であることを知らない。


 さらにカイトの師が鮮血の魔女イリス・シーモアであり、そのシーモアが裏で動き、男を捕縛したことも知らなかった。


 さらにカイトに秘策があることも知らなかったが、それでもコーネルは白を切るようだ。


 この期に及んで言い逃れできる。

 自分は助かると信じているのが滑稽で仕方なかった。

 カイトはある意味、哀れむような視線を向けながら、コーネルに言った。


「さて、典型的な悪役貴族様のフレデリック・フォン・コーネル」


 そう前置きすると、こう続けた。


「貴殿はこの期に及んで言い訳できる。自分がお縄にならない、そう思っているようだが、相違ないかね?」


 コーネルは叫ぶ。


「当たり前だ! 貴様は俺を誰だと思っている。門閥貴族の中の貴族、貴人中の貴人だぞ。誰も俺を罰することはできない。それが帝国の治安維持機構だとしてもだ」


 そう言い切ると、治安維持部隊の隊長を睨み付ける。

 事実、治安維持部隊の隊長はすくみ上がっていた。


 グラニッツ家の当主の要請、それに鮮血の魔女の取りなしで駆けつけたはいいが、どうすればいいのだろう。


 小役人タイプの部隊長は、コーネルとカイトを交互に見比べ、どちらに味方をして良いか悩んでいた。


 カイトは部隊長が迅速に決断できるように手を打つことにする。

 コーネル男爵が自白するように先導することにしたのである。

 カイトは顔を青白くさせている部隊長をなだめるような口調で言った。


「安心してください、部隊長殿。今からこの男を黙らせますから。それにコーネル男爵には尋問さえ必要ありません。数分後、自分から罪を告白して、命乞いを始めるでしょう。そのときはここにいる貴族の皆が証人になってくれる。さすれば大貴族でも問題なく捕縛できます」


 コーネルは、その言葉を聞いて鼻で笑ったが、その笑いも長くは続かなかった。

 カイトが有限実行し、コーネルを黙らせたからである。

 カイトは懐から瓶を取り出すと、それをこれ見よがしにコーネルに見せた。

 どこかで見たことがある色の薬物だった。

 どこかで見たことがある瓶だった。

 それがコーネルが用意した『ファフニールの膿』であると気がつくのに数秒の時間しかかからなかった。

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