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フィオナの変装 †

 急遽、イスマの婚約者に変装したフィオナ。


 最初はリリーナにわずかだが面影が似ているから、という理由で選ばれた娘だったが、リリーナが着用する予定だったドレスをまとい、貴族の娘風のメイクをほどこせばあら不思議、リリーナ譲と見分けがつかないほどの令嬢となった。


 その完成度は、婚約者であるイスマを驚かせるほどである。


「出会ったときから似ているとは思ったけど、これほどだとは思いませんでした」


 と、娘の美しさを賞賛した。

 それほど似ているのですか? とはクロエの言葉だった、

 イスマではなく、俺が答える。


「肖像画以上だよ。並べて見比べてくれ」


 と、言うと、俺はフィオナに肖像画の横に並ぶようにうながした。

 フィオナは素直にその指示に従う。

 リザードマンの高名な画家が描いたという肖像画の横に並ぶ娘。


 横に並んだフィオナとリリーナを見比べて、クロエはやっと二人がそっくりであることを認めた。


「これならば近親者や友人以外、見分けがつかないでしょう」


 と太鼓判を押してくれた。

 俺も首肯する。


「ああ、ただし、やはり並べてみるとうちの娘の方が可愛いな。当然だけども」


 と、言うと、クロエはため息を漏らす。

 俺の親馬鹿ぶりに呆れているようだ。

 今さらだったし、呆れられても困ることはないので、無視をするが。


 あらためて娘の可愛さを確認すると、俺はフィオナとハーモニア、それにイスマに今回の策を話すことにした。


 学院を休み、帝国までおもむき、娘を変装させているのは、コーネル男爵という悪党を始末するためなのである。


 そのためには目の前にいる少女たちの協力が不可欠であった。

 少女たちは友人をを救うためならば、どのような助力も惜しまない。

 そんな表情を浮かべていた。

 娘はこのような友人を持てて幸せだろう。

 少女たちの決意に満ちた瞳を見て、娘を学院に入学させてよかった、そう思った。


 

††



 千年賢者の娘、フィオナは緊張した面持ちをしていた。


 自分の行動に友人の命が、未来が掛かっているかと思うと、その重圧に押しつぶされそうになるのだ。


 しかし、それでもフィオナはカイトの指示に従い、イスマにともなわれる形でパーティー会場へと向かった。


 会場は人で埋め尽くされていた。


 男女様々な人々が集まっている。人間もいたし、エルフもいたし、ドワーフもいた。男女ともにだ。


 人間の方が多いのは、この夜会の主催者が帝国の貴族だからだろう、とカイトは言っていた。


 学院でたくさんの人間に触れる機会はあったが、大人と接する機会はほとんどない。


 学院の教師と話すくらいで、こんなにも多くの大人に囲まれるのは初めてだった。


 ましてやその大人のほとんどが、フィオナのような子どもに対しても平身低頭だった。


 皆が口をそろえて言う。



「これはこれは、お美しいお嬢さんだ。帝国の名門であるグラニッツ家を継ぐにふさわしい凜とした表情を持っている」 



「可憐な少女だ。婚約者がいる前で悪いが、あとでうちの息子とダンスをしてくれないかね」



「イスマ様という美少年、それにリリーナ様という美少女、美男美女のカップルだ。生まれてくるお子はさぞお美しいのでしょう。女児が生まれれば天下の女将軍マリアンヌの再来となってくれるかもしれませんぞ」



 皆、一様に褒め称えてくれる。


 知らない大人からこうも褒められると戸惑ってしまうが、横にいるイスマは冷静だった。


 イスマは小声でいう。


「社交界の大人は信用しちゃだめだよ。彼らはボクたちではなく、グラニッツ家という家柄を見ているんだ。それとそれに付随する権威と権力をね。だから心にもないことを平気で言うんだ」


 と、表情を陰らせながら言った。

 なるほど、納得したが、同時にこうも思った。

 イスマという少年はこのような世界にずっと一人でいたのか、と。

 イスマは幼い頃、母親を亡くしたという。


 以来、リリーナの父親、イスマの叔父が父親代わりになってイスマの面倒を見てくれたそうだが、それでもこのような場所では叔父の庇護も届かない。


 イスマはたった一人、歯を食いしばって大人たちと戦っていたのかもしれない。

 そう思うとなんだかイスマが可哀想になった。


 最初は貴族のような生活が送れて羨ましいとさえ思ったが、そんな気持ちはどこか遠くに行ってしまった。


 同情の表情を浮かべていると、イスマはそれに気がついたのだろうか。

 あるいはフィオナが気落ちしているのを見抜かれたのかもしれない。

 イスマはつとめて明るい表情を作ると、こう言った。


「大人たちは信用ならないけど、彼らの言ってることにはボクも同意だよ。フィオナはとても可愛いと思う」


 なんのてらいも打算もない表情で言うイスマ。

 フィオナも彼の世辞に答える。


「ありがとう、イスマ。イスマもとても可愛いよ」


 イスマイール・フォン・グラニッツ少年も素敵なドレスをまとい、童話に出てくるようなお姫様のような格好をしていた。


 着慣れぬドレスに戸惑っているフィオナよりもある意味似合っているかもしれない。


 フィオナが正直にそんな感想を浮かべると、イスマははにかんだ。


「ありがとう。でも、いつか、ドレスではなく、剣と盾が似合う大人になりたいな」


「イスマは女の子の格好をさせられるのがいやなの?」


「子どもの頃からさせられているからなれているけど……」


 イスマはそう取り繕うと、こう続けた。


「でも、ドレスとケーキでは、大好きな人たちを守れないでしょう? 大切な友達のフィオナも。それに婚約者のリリーナも」


 イスマはそこで一呼吸置く。


「ボクはグラニッツ家を継ぐことはできないけど、それでもお母様の残してくれたこの家を守りたいんだ。だからおじさまに無理を言って魔術学院に入れてもらったんだ。ひ弱なボクには剣と盾を振り回すことはできないけど、その代わり剣と盾に魔法はかけられるかもしれない。そうすれば大切な人を守れるかもしれない」


「だからリーングラードに入学したんだね」


「うん、ボクは将来、カイト先生みたいな立派な魔術師になるんだ。そうすればきっと、大好きな人たちを守れるから」


 イスマはそう言うと、自分の手をぎゅっと握りしめた。

 フィオナもそれにならい、自分の手を握りしめる。

 彼から勇気を分けてもらおうと思ったのだ。

 フィオナもまた、父親のような魔術師になりたかった。

 自分のためではなく、誰かのためにがんばることができる魔術師に。

 自分以外の人間のために命をかけることができる魔術師に。

 誰かの幸せのために尽力できる魔術師に。

 ただ、父親のような魔術師になるのにはまだまだ時間が必要だとも思っていた。

 フィオナにはまだ父親のように無詠唱で魔法を唱える魔力も技術もない。

 父親のような頭脳を持ち、悪漢から友人を助け出すような知恵もない。

 そしてたぶん、父親のように強敵に立ち向かう勇気もない。


 いや、あるにはあるが、たぶん、それも父親の半分程度もない。自分でも自覚していた。


 フィオナは震える足を叱咤する。


(おとうさんの半分しか勇気がないならばそれを全部出せばいいじゃない)


 と、自分を勇気づける。

 この場には友人であるイスマがいる。

 彼もなけなしの勇気でこの場に立っている。

 また、この会場には親友のハーモニアもいる。


 もしもこの会場に敵が現れ、混乱に陥っても、彼女は逃げ出すことなく、私たちを助けてくれるだろう。


 三人の勇気を足せば、父親にかなわないまでも、なんとか一人前にはなるだろう。

そんなふうに思っていると、その勇気を試される事態が起きた。

 イスマの仇敵、つまりフィオナたちの敵がやってきたのである。

 遠目からもすぐに分かった。


 イスマの命を付け狙う悪徳貴族、フレデリック・フォン・コーネル男爵は、良い意味でも悪い意味でも目立った。


 年のころは30代なかば、貴公子然とした顔立ちをしており、彫りの深い顔立ちをしている。


 容姿だけ見れば悪い印象は一切受けないが、フィオナはすぐに理解した。


(この人は悪い人だ)

 ――と。


 言葉にはできないが、その姿を見ていると胸の中がぞわぞわとしてくる。

 この人に気を許しては駄目、自分の心がそう忠告してくれる。

 そんな二人に、コーネル男爵はごく自然な仕草と口調で話しかけてきた。


「これはこれは、未来のグラニッツ侯爵家のご当主夫妻。相も変わらずお美しく、そして仲むつまじいことで」


 言葉にはなんの棘もなかった。表情にも。だけど、彼の発する言葉を聞くと心がざわつく。


 それはイスマも同じようで、警戒心をあらわにし、表情をこわばらせる。

 ただし、それをなるべく相手には感づかれないよう、必死に隠していた。

 フィオナも同様である。

 これからフィオナたちは、このコーネル男爵と対決しなければならない。

 もちろん、剣を交えたり、魔法を使ったりするわけではない。


 ただ、それでも何十歳も年の離れた大人に一芝居打ち、彼をあざむいて、彼がグラニッツ侯爵家の当主の命を狙う悪者であることを世間に知らしめないといけないのだ。


 フィオナは覚悟を固めると、ぎゅっとイスマの手を握りしめる。

 それが合図であった。

 イスマとフィオナは望まぬ客人に笑顔を作りながらこう言った。


「コーネル男爵、本日はわたしたちの婚約発表パーティーにご足労願いありがとうございます」


 心にもない言葉であったし、感謝の気持ちも一切なかったが、

 その言葉によって剣も魔法も使わない戦いが始まった。

 怖かったが恐ろしくはなかった。


 なぜならば、この作戦は、フィオナの最愛の父にして、最高の賢者が考えだしたものなのだから。


 万が一にも失敗することなどあり得ないと思った。

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