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イスマの別荘

 別荘に到着する。


 その立派な門構えを見て、ハーモニアは開いた口がふさがらない、と言った顔をしていた。


 そしてぼつりと感想を漏らす。


「お金ってあるところにはあるのね……」


 それが庶民の率直な感想だろう。

 まあ、イスマの家は帝国の門閥貴族、貴族の中の貴族。

 帝国 開闢(かいびゃく)以来の名家のひとつだ。


 そのような家柄の貴族が、みすぼらしい別荘を所持していても、それはそれでどうかと思う。


 一方、フィオナは純粋に貴族のお屋敷に感銘を受けているようだ。


「まるで物語の中に出てくるお屋敷みたい!」


 と、心弾ませていた。

 どうやら先日読んだ小説に似たような屋敷が出てくるらしい。


「その小説だとね、門に入ってから館に着くまで、5分くらいかかるの」


 ちなみにイスマの別荘はすでに5分ほど経過したが、まだ館には着かない。


 建物自体は見えているのでもう少しで到着するだろうが、それでもその敷地の広さは衝撃を覚える。


 屋敷の横にある馬車置き場に到着すると、幾人もの使用人が現れ、客人を持てなしてくれる。


 本日のパーティーの主催者であり、主役であるイスマが乗るこの馬車は最優遇対象だ。


 イスマの執事を筆頭に、屈強な使用人たちが出迎えてくれた。


 一応、イスマが狙われていることは使用人たちに周知されていることなので、彼らの警戒レベルは高い。


 警戒が過ぎることはないと思うが、執事服の中に鎖帷子(チェイン・メイル)を纏い、腰に真銀(ミスリル)製の刀をぶら下げるのはどうかと思う。


 それくらいイスマのことが心配なのだろうが、これでは他の客人が怯えるではないか。


 そう思った。

 ただ、たしなめたりはしない。

 その気持ちは十分分かるからである。


 もしもうちの娘が同じ立場に置かれれば、俺は敷地内に何百人もの護衛を雇い、全員に真銀(ミスリル)製の武装をさせる。いや、真金(オリハルコン)製の武器さえ惜しまないかもしれない。 


 そんなことを考えていると、イスマの執事に控え室に案内された。

 そこで俺は驚愕の事実を聞くことになる。




 イスマの別荘にある控え室。

 豪華な調度品が置かれ、豪壮な家具が配置されている。


 本来ならそれら高級品は俺たちの長旅を癒やしてくれるのであろうが、豪奢なソファーに腰掛けるよりも先に執事は問題を提示してきた。


 それも特大の。

 予測もしていなかった問題である。

 執事はうやうやしく、そして申し訳なさげにこう言った。


「カイト様、申し訳ありません。本日の夜会なのですが、主役の一人であるリリーナ様が出席できないことになったのです」


 執事は頭をたれながらそう言った。


「この土壇場にそれはないでしょう」


 あるいはそんな表情をしてしまったかもしれないが、俺は批難めいたことは言わなかった。


 この計画にはイスマの命とグラニッツ家の命運が掛かっている。

 そのことは俺よりもこの執事の方が承知しているだろう。

 それにリリーナという少女も同意済みのはずであった。


 先日、リリーナにこの計画を打ち明けた際も彼女は快く計画に荷担する旨を了承してくれた。


 決意に充ちた目で、こう言ってくれた。


「イスマは私の婚約者です。彼を守るのは私の義務です。いえ、権利です」

 と――。


 そのような少女が土壇場で翻意(ほんい)したり、約束をすっぽかすとは思えない。

 なにか事情があるのだろう。

 そう思い執事に尋ねてみたが、執事が返した解答は、ある意味、俺を脱力させた。


「――リリーナ様は、現在、高熱にうなされています。おたふく風邪です」


「おたふく風邪か……」


 なんともまあタイミングが悪い上に格好の悪い病名であろうか。

 しかし、嘆いたところで彼女が即座に回復するわけではない。


 賢者ともなれば大抵の病気に立ち向かえるが、この手の病気を治すのに必要なのは、時間と栄養であった。


 ゆっくり養生し、療養しなければならない。

 病名こそ滑稽であるが、おたふく風邪で死ぬ子供は多いのである。


 俺は執事に、

「リリーナ嬢に養生するように伝えてください」

 と、伝言した。


 ついでにあとで特製の秘薬を送ることを伝える。


 執事は深々と頭を下げながら、

「ご配慮感謝します」

 と言った。


 その言葉を聞き終えると、沈黙していたメイドのクロエが口を開く。


「あるじ様、どうしましょう。コーネル男爵を誘い出すまでは成功しましたが、肝心の主役に一人がいなければパーティーを開けません」


 クロエが提示した問題は簡潔であったが、深刻であった。

 俺は頭をかきながらぼやく。


「冠婚葬祭の中で、唯一、ひとりでできないのが結婚だからな」


「お葬式と出世祝い、お祭りはひとりでもなんとかなりますものね。ですが、結婚はひとりではできません。相手がいないと」


「延期――、するか」


 ぼつりと漏らしてみるが、俺はかぶりを振る。


「いや、この機会は逃せない。次にいつコーネル男爵を招けるか分からない。それにやつが自由でいる時間が延びれば延びるほど、イスマの身が危険に晒される。それは良いことではない」


「ならば代理を立てればいかがでしょうか?」


 と、口にしたのは我がメイドのクロエだった。

 執事を含め、一同の視線が彼女に集まる。

 妙案であったし、名案でもあった。


 ただ、その作戦は真っ先に俺の脳裏にも浮かんでいたが、即座に却下したものだった。


 却下した理由は単純で、代理になるものが危険に晒される可能性があるからである。


 俺は首を横に振る。


「それはできない。命を狙われているのはイスマだが、リリーナ嬢も安全ではない。コーネル男爵としては二人が同時にいなくなってくれた方が都合がいいだろう」


 さすれば継承権を持つ人物が一掃され、コーネル男爵の思うつぼである。

 俺が難儀していると、それを見かねたハーモニアが、控えめに挙手をした。

 小さな手を軽く挙げ、こう提案した。


「私も代理を立てるのがいいと思います?」


 小さな声であったが、全員がその言葉に聞き入った。

 良案だったからである。

 だがやはり俺は言下に否定する。


「駄目だ」

 と。


 その言葉を聞いたクロエは反論する。


「なぜでしょうか、あるじ様。クロエには名案のような気がするのですが」


 ハーモニアもうなずく。


「もしも、代理となる少女がいないのであれば、その役は私が引き受けます。大切な親友を守るためです。多少の危険はかえりみません」


 と、決意を固めてくれるのはいいが、それも困る。


「なぜでしょうか? イスマとリリーナの安全はカイト先生が保証してくださるのですよね? ならば身代わりになったものも安全です。そんなに迷うことはないと思うのですが」


「…………」


 それでも言いよどんでいると、俺の心中を代弁してくれるものが現れた。

 イスマ少年である。

 彼も控えめな口調で言った。


「……たぶんだけど、先生は身代わりになる子のことを心配しているんだと思う。この中で身代わりになるとしたら、たぶん、先生の一番大切な人だから」


 と、俺の後方にある肖像画を指さした。

 そこに描かれていたのは可憐な少女だった。

 金髪の髪と愛らしい笑顔を持った少女だ。

 ハーモニアとフィオナの視線がそこにそそがれる。

 フィオナはその肖像を見てもなにも気がつかなかったようだ。

 しかし、ハーモニアは即座に気がついた。

 ぽかん、と口を開け、「あ……」という言葉を漏らす。


「なになに? どうしたの? ニア?」


 と、ハーモニアの愛称を口にするフィオナ。

 娘はその肖像画を凝視しても気がつかないらしい。

 その肖像画の少女と自分が似ていることに。

 ちなみに肖像画のモデルはイスマの婚約者、リリーナであった。


「なるほど、この中でリリーナ様の身代わりをするとするならば、フィオナ様において他にありませんな」


 と、イスマの執事は結論を口にした。


 その結論に至りたくなかったからあえて黙っていたのだが、ハーモニアとクロエは気がついてしまったようだ。


 そして我が娘は心優しく、正義感に篤い少女だ。

 それを聞いて代理を引き受けないわけがない。

 それどころか積極的に自分が身代わりを務めることを申し出てきた。


「お父さん、任せて! わたしがリリーナさんの身代わりになるよ」


 と、宣言した。


 その言葉は聞きたくなかったのだが、聞いてしまったからには無視することはできない。


 今さら、計画を変更することはできなかったし、この状況下で「娘だけ」は巻き込みたくない。ということはできなかった。


 場の雰囲気的にもであるが、フィオナの父親としてもである。


「仕方ない。やるしかないか」


 元々、イスマの身もその婚約者のリリーナの安全にも万全をきすのが当初の計画だ。


 計画通りにことが進めば、娘の安全は保証されるであろう。

 そう思うしかなかった。


「……しょうがない。クロエ、フィオナをリリーナ嬢に化けさせるぞ。《変化》の魔法を使うと怪しまれるから、化粧と髪型でなんとか誤魔化してくれ」


 クロエはその言葉を聞くと、

「承りましたわ、あるじ様」

 と、微笑んだ。


 一方、フィオナも喜ぶ。

 フィオナはまだまだ子供。化粧などさせたことがなかった。

 このような機会でも化粧ができるのは嬉しいらしい。

 この辺は女の子だな。

 喜びはずむ娘を見て、改めて娘の性別に思いをはせた。

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