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師匠の用意してくれた馬車

 フィオナとハーモニア、それにイスマの衣装合わせを終えると、師匠は馬車を用意してくれた。


 意匠を凝らした特別な馬車だ。


 いわく、

「ドワーフの職人に作らせた特別品だ皇族でもこれほど立派なものは持っていないぞ」

 とのこと。


 実際、師匠が用意してくれた馬車はなかなかに立派であった。


 昔、師匠の館にやってくるときに助けた貴族、オットー家の所有する馬車よりも立派である。


 まるで童話の中に出てきそうな馬車であった。

 当然、女性陣は色めき立つ。

 フィオナは根っからの庶民なので、靴を脱いで乗ろうとする。

 師匠はそんなフィオナの姿を見ると、からから笑う。


「フィオナよ。靴は脱がないでいいぞ。ベッドに乗るのではないから」


「そ、そうなの?」


 と、娘は俺を見上げる。

 俺も肯定する。


「馬車なんだから土足でOKだろう」


 たぶん、とは付け加えなかった。


 俺は師匠のように王侯貴族との付き合いはない。その手のマナーを尋ねられても答えようがなかった。


 代わりにハーモニアの方を振り向くが、彼女も首を横に振る。


「私なんて乗合馬車しか乗ったことがありませんよ」


 と、さらにその手の常識が分からないようだ。

 代わりに答えてくれたのはイスマだった。

 イスマは偉ぶることなく説明してくれる。


「大丈夫だよ、フィオナ、靴は履いたままでいいし、特別なことはなにもいらないよ」


 イスマ少年はそう言い切ると、みずから乗り込み、率先して実践してくれる。

 馬車に乗り込むと、足を伸ばし、それをバタバタとさせる。


「ほら、こんなことをしても誰にも怒られないよ」


 と、笑った。


 それを見てフィオナは安心したのだろうか。恐る恐る馬車に近寄り、乗り込む。

 まるで未開人が文明に初めて触れたような態度であったが、それも最初だけ。


 馬車に乗り込み、ビロード張りの椅子が思いの外快適で座り心地が良いことに気がつくと、フィオナはイスマと一緒に足をばたつき始めた。


 最初ははしたない、と、とがめようかと思ったが、思いとどまる。

 フィオナはまだまだ少女。

 少女ならば少女らしく、元気にしている方が似合う。


 すました顔で深窓の令嬢のように馬車に乗り込むのは、もう少し大人になってからでよかった。


 そう思いながら、フィオナとイスマが足をばたつかせる姿を見入ったが、やはりとあるものに目が行ってしまう。


 ひらひらと舞うイスマのスカート。

 そこからときおり覗かせる白い足。


 その足は女の子そのもので、可愛らしい靴も女の子がとても喜びそうなものだった。


先日、師匠が着替えを覗こうとした気持ちが少しだけ分かった。




 

 師匠が用意してくれた馬車で俺たち4人と1体は帝都郊外にあるグラニッツ家の別荘に向かった。


 4人とはもちろん、俺とフィオナ、ハーモニアとイスマである。

 1体はクロエである。


 娘は馬車に乗り込むのが俺たちだけであると知ると、不思議そうな顔をした。


「伯母樣は一緒に乗らないの?」


「乗らない」


 と、答える。

 一応、事情も説明しておく。


「うちの師匠は帝国中に恐れられているからな。パーティーに出席するだけで逃げ帰る連中もいるんだ」


「ええー、あんなに優しいのに」


「まあ、フィオナの前では猫をかぶってるからな。それも何匹も」


 と、間接的に事情を説明したが、まあ、嘘ではない。

 鮮血の魔女の悪名は帝国中に響き渡っている。


 夜会に招くと貴族や官僚や商人たちの出席率が落ちる、と彼女をパーティーに招かないものも多いという。


 逆に彼女の豪放にして奔放な性格が好きな人物はそのようなことは気にせず、なにか慶事があれば師匠を呼び立てる。


 師匠は帝国の内情に通じていたし、また1200年ものときを生きた賢者だ。


 その知恵は帝国でも屈指であったし、相談する内容を選び、真摯な態度で接すれば有意な助言をくれる。


 要は好き嫌いがはっきり分かれるタイプなのだ。

 以前、そのことを指摘したことがある。


「賢者ならばもっと多くの人を味方にしようとは思わないのですか?」


 それに対する答えはこうだった。


「私は18歳になったら死ぬつもりだしな。あと1年しか時間が残されていないのだ。嫌いな連中に好かれようと努力する気もないし、媚びを売る時間もない」


 それに、と続ける。


「100人中、50人の支持を取り付ければ大したものだよ。51パーセントの支持が得られれば多数派になれるしな」


 と、共和主義者のようなこともいう。


 50人では50パーセントの支持しか得られないような気もするが、そのことを指摘すると彼女は俺を指さす。


「最後の一票はお前だ。お前ならば世界中が敵に回っても私の味方をしてくれるだろう」


 と、うそぶいて見せた。


 そのときは「そうですね」と適当に相づちを打ったが、ともかく、我が師であるイリス・シーモアはそのような人物であった。


 しかし、彼女の敵の多い性格は、今回の出席の有無に関係ない。

 今宵の夜会の目的は、コーネル男爵をおびき出すことにある。


 鮮血の魔女と呼ばれる切れ者が夜会に出席しては、コーネル男爵もさぞ顔を出しにくいことだろう。


 ましてやイスマ暗殺などという軽挙に及ぶとは思えない。

 そう思い、師匠には欠席願ったのだが、さて、それが凶と出るか、吉と出るか。

 今のところそれは分からなかった。


 ただ、本日のパーティーにフレデリック・フォン・コーネルがやってくるのはたしかなようである。


 イスマの執事からそういった報告は得ているし、コーネル男爵の家に張り付かせていた使い魔からコーネル自身が馬車に乗り込んだという報告も得ていた。


 これでコーネル男爵を夜会におびき出す、という前提条件は満たしたわけである。


 あとはコーネルがパーティー会場でイスマ暗殺に及んでくれれば、やつを失脚させる。あるいは公衆の面前でボコボコにする口実ができるのだが。


 そんなことを願いながら、馬車に揺られた。

 イスマの家の別荘まで馬車で3時間ほどであろうか。

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