コーネル男爵という小悪党
一通りの世間話を終え、ブランデーの瓶が空になったころ、師匠は話を切り出す。
「イスマという少年を襲った黒幕は、お前の想像通り、コーネル男爵家の手のものだろう」
「やはりそうですか」
「確信していたくせに」
「いあ、まあ、これ見よがしにコーネル家の領地に逃げ込みましたしね。第一容疑者になるのは当然です」
「しかし、まあ、よくぞ刺客の居場所を突き止めたな」
「簡単ですよ。わざと逃がして、追跡機代わりに使い魔を張り詰けただけです」
「その手際は見事だ。褒めてつかわす」
「師匠ならそんなまどろっこしいことはしないで、捕縛して拷問にかけそうですけどね」
「そうだな、その方が手っ取り早い」
師匠は冗談でなく、本気でそう思っているようだ。
目が真剣だった。
「――師匠は柔よく剛を制す、という言葉を学んだ方がいいですよ。もしも、刺客が義理堅く、口の堅い人間ならば、拷問は逆効果です」
「生憎と私は剛よく柔を断つ、という言葉の方が好きでね。効果的な拷問方法をいくつも知っている。24時間ほど時間を貰えれば、泣いて私の足にすがりつきながら、すべてを話してくれる確率の方が高いと思うよ」
「…………」
――言葉を失う俺。
「ま、お前のやり方の方がスマートであることは認める」
ふん、と鼻を鳴らすと、ブランデーをグラスにそそいだ。
瓶に残っていたブランデーはわずかだったので、数滴しか出ない。
それを見計らったかのように人間の娘のメイドがやってくると、新しいブランデーの瓶を置いていった。
もはやグラスにそそぐのも面倒、とばかりに瓶から直接飲む。
「…………」
呆れてしまうがあえて無視をすると、俺は続けた。
「刺客がコーネル家に逃げ込んでくれたことは有り難いです。黒幕がすぐに判明しましたからね。ただ、そうなってくるとひとつだけ問題が――」
言いにくそうにそう言うと、師匠はその先の言葉を補足してくれる。
「さすがにお前でも、帝国貴族、それも重臣と呼ばれるような身分の貴族とことを構えるのは気が引けるか」
「ご名答です。さすがになんの後ろ盾もなく、男爵家に喧嘩を売るほど馬鹿ではないですよ」
「昔のお前ならばそんなのは関係なしに喧嘩を挑んだような気もするが」
「今は一人の娘の親ですからね。うかつなことはできません」
「ならばお前の頼みごとはコーネル家に喧嘩を売ったあとの後始末か」
「そうなります。無茶な頼みごとでしょうか?」
「無茶どころではない。無謀な上に無益だ。そんなことに巻き込まないで欲しい」
と、冷たく言い放つと、そこで言葉をとめる。
俺の表情を楽しんでいるようだ。
一通り俺の反応を楽しむと、「――だが」と付け加える。
「今回ばかりは話は別だな。私の用件、それに私の利害とも一致する。だから思う存分、コーネル家とことを構えるがよい。後始末は全部私が引き受けよう」
「…………」
望外です、もしくは、有り難いです、とでも言えばいいのだろうか、選択肢を迷っていると、師匠は言葉を続ける。
「我が家にキメラを放ち、私を挑発してきたのはコーネル家だ。そこまでは笑って許せるが、コーネル家は気が長いことで有名な私を切れさせるだけの悪行を重ねていてね」
いつから、気が長いことで有名になったのだろうか。
そんな噂など聞いたことはない。
逆の噂ならば知っていたし、身をもって知っていたが、言葉にはしなかった。
「今、私は、とある皇族の顧問のようなことをしている」
「とある皇族ですか?」
「そうだ。やんごとなきお方、とだけ言っておこうか」
師匠が名を明かさぬ、ということはそれなりの事情があるのだろう。
ならば聞かないというのが礼節だった。
「そのお方は、この腐りきった帝国の改革をしようとしている。だが、その改革に反対する一派がいてね」
「まるでどこかで聞いたような話ですね」
今現在、俺が教員を務めている学院も似たような話がある。
守旧的な保守派と改革派が争っているのだ。
比較的リベラルな公国の中でもさらに自由な校風のリーングラード魔術学院でも面倒なのだ。
利権と陰謀渦巻く帝国内の保守派と対峙するのはさぞ面倒なことだろう。
そう思って師匠に同情した。
「どこの世界も派閥争いは苛烈だ。ましてや帝国内の派閥争いは命懸け。政争に敗れればそのまま人生から退場することもある」
無論、私を殺せるものなどそうはいないが、と付け加える。
「師匠を殺すには、重武装騎士団をみっつほど用意するか、他の大賢者を複数集めないと不可能ですからね」
「もしくはお前が敵に回るとかな」
「俺ごときじゃどうにもなりませんよ」
「謙遜をするな。……まあ、いい。そんなことよりも問題なのは、その保守派が帝国の改革を志す皇族を殺そうとしていること。そして自分たちの勢力を拡大するため、数々の悪事に手を染めていること、それが問題なのだ」
「たとえば?」
「人身売買」
「それは国際条約で禁止されていますが。それに聖教会も禁じています」
「この大陸ではな。それに『神』を信じぬものや異教徒に関しては、法で保護されていない。無論、異種族も」
「異教徒や異種族を大陸の外で売り払って儲けている、というわけですね」
うむ、と師匠はうなずく。
「他にも非合法の薬物売買、犯罪組織と結託し、金を儲ける。およそ、悪党が考えつく悪事はすべてこなし、利益を得ている」
「そしてその金を使って自分たちの勢力をさらに拡大している、と」
「そうだな。まさしく獅子身中の虫だよ」
師匠は吐き捨てるように言った。
「そしてその虫の一匹がコーネル男爵というわけですね」
「ああ、フレデリック・フォン・コーネル男爵。この国の恥部そのものだよ。先日の学院襲撃事件、そしてイスマイール襲撃事件もこやつが絡んでいる」
「――なるほど」
と、漏らす俺。
その言葉を聞いた俺は改めてそのコーネル男爵という輩をどうにかせねば、と思った。
そのような悪党ならば呵責の余地はないだろう。
全力を持って排除する決意を重ねた。
無論、命までは奪うつもりはない。
しかし、それでも生まれてきたことを後悔するくらいのことはしても問題ないだろう。
そう思いながら、どうやってその悪党を排除するか検討した。




