師匠と差しで飲む
師匠に応接間に案内される。
相変わらず小綺麗な応接間だ。
彼女は何人もの使用人を雇っている。
また本人もいたく綺麗好きで、埃一つ見逃さない性格をしているため、使用人たちがいつも掃除をしているのだ。
部屋に置かれている調度品も洗練されている。
壺は遙か東方から仕入れた『青磁』と呼ばれる珍しいものであったし、絵画は今、帝都で流行している新進気鋭の画家のもので統一されていた。
なんでもその画家のパトロンをしているらしい。
魔術だけでなく、芸術分野にも造詣が深いのが我が師の特徴と言えるかもしれない。
相も変わらずの多趣味ぶりを確認すると、俺は女中が持ってきた紅茶に口を付けた。
茶葉の香気が鼻腔をくすぐる。
しばしその余韻に預かっていたかったが、俺はお茶を飲むためにこの屋敷にやってきたわけではなかった。
師の助力を借りるためにやってきたのだ。
早速それを切り出そうと口を開いたが、それよりも先に師匠が口を開いた。
「分かっている。お前はフィオナが連れてきた娘。いや、少年か。かのものを助けるためにわざわざこんなところまでやってきたのだろう」
「さすがは師匠」
と、おだてなくてもいいだろう。
イスマを連れてきた時点で見抜かれていたはずだ。
「師匠が俺にまたなにか頼みごとをしようとしているのはこちらも察しています。ですので、交換条件としませんか。俺は師匠の問題ごとを解決する。師匠は俺の頼みごとを聞いてくれる。ギブアンドテイク、というやつです」
「ギブアンドテイク、ね」
師匠は細身の顎に手を添えて考え始める。
何か悪巧み、いや、打算を企ているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
彼女は思わぬ言葉を口にする。
「いいだろう。私の頼みごとを聞いてくれれば、お前の頼みごとを聞こう」
「…………」
「どうした? なにを驚いている」
師匠は不思議な表情で問い返してきた。
正直に答える。
「いや、意外だな、と思って。こんなにあっさり取引が成立するとは思わなくて」
我が師であるイリス・シーモアは姪には甘いが、それ以外のことに関しては厳しい人物だ。
それは弟子にも同様で、簡単に頼みごとを受け入れるような人物ではない。
そんな魔女がどうしてこのような譲歩をするのか、気になったが、彼女は自分から話してくれた。
「複雑な理由はない。お前の頼みごとと、私の悩みがリンクしていると思ったからだ。ものはついで、というか、お前の助力をすれば、自然と私の悩みも解決する、そう思った。要は一石二鳥というやつだな」
「つまり、先ほど襲ってきたキメラ放った魔術師と、先日、イスマを襲った魔術師は同じ人物、ということですか?」
「さてね、そこまでは知らないが、あのイスマという少年がいなくなった方がいい、と思っている貴族と、今、私が対立している貴族は同じ、ということだ」
「計らずとも共通の敵を持っている、ということですね」
俺はそう言うと二杯目の紅茶を所望した。
話が長くなりそうだと思ったからである。
師匠は、二杯目はブランデーを勧めてきた。
長話になるし、胸くそが悪くなるので酒が欲しい、とのことだった。
酒類はあまり好きではないので、紅茶にブランデーをそそいで貰うことにした。
「分かった。ブランデー入り紅茶の紅茶抜きを用意させよう」
と、魔女は意地悪く笑う。
それではただのブランデーではないか、そう思ったが、抵抗するのはあきらめ、水と氷を用意してもらった。
生のまま度数の高い酒を飲めるほど、酒はたしなんでいない。
目の前の魔女に勝てる分野は少ないが、こと酒に関してはあと数千年生きても勝てないであろう。
それほどまでに彼女は酒豪なのである。
せめて素面のまま事情を聞ければいいが。
そんなことを考えながら、メイドが持ってきたグラスに氷と水をそそいだ。
見れば彼女は手酌でブランデーをグラスにそそいでいた。
豪華にして絢爛な部屋の主とは思えない態度であったが、師匠らしくはあった。




