17歳の誕生日
師匠であるイリス・シーモアの屋敷にたどり着く。
キメラとの遭遇戦という不本意な展開に至ったが、シーモアの屋敷はそれほど物騒なところにあるわけではない。
帝都の郊外、静かな森の中に存在した。
魔女の館、というイメージは一切ない。
童話に出てくる貴族の館を連想させる。
実際、俺たち父娘、それにクロエが滞在していたころは治安が良かった。
娘が一人、森で遊んでいても危ないことにあうことなどなかった。
キメラのような物騒な生き物が庭先をうろつくようなことなどなかった。
なにかあったのだろうか?
気になったが、それを尋ねるよりも早く、魔女は駆け寄ってきた。
師は千年来の付き合いがある弟子よりも、まずは姪御のところへ向かった。
ロングスカートの裾を持ち上げながら、フィオナのところに駆け寄ると、フィオナを抱きしめる。
両手でがっちりホールドすると、フィオナを抱き上げ、振り回すかのように回転させる。
フィオナも最初は戸惑っていたが、その感覚を思い出しているようだ。
幼きころに戻ったかのような顔をしている。
一通り回転木馬を終えると、師匠はフィオナを地面の下へ置き、その金髪を撫でながら優しげな口調で言った。
「久しいな、フィオナよ。大きくなったな」
フィオナも会心の笑顔で返す。
「うん、大きくなったよ。3センチも身長が伸びたの」
「そうか、このまま身長が伸び続けたら、きっとあの楡の巨木よりも大きくなるな」
「そうなったら伯母樣を抱っこしてあげるね」
「そうだな。巨人みたいに大きくなったら、私を手のひらに乗せてくれ。そこからこの帝国を見下ろしたい」
さぞ、爽快なのだろうな。
などと師匠らしいことを言うと、今度はフィオナの後ろに控えている少女たちに注目した。
俺の優先順位は最下位らしい。
「こちらの可愛らしいお嬢さん方はフィオナの同級生かな」
「うん、そうだよ」
とはフィオナ。
「名推理だな。賢者を引退したら、探偵にでもなるか」
「フィオナと同じ制服を着ているのです。誰でも推理できますよ」
とは、俺の言葉だったが、師匠は「っふん」と無視をする。
このロリコンめ、と続けなかったのは、フィオナの同級生に興味があったからだろう。
自称『17歳』の魔女は、姪に級友たちを紹介するよう頼んだ。
フィオナは分かった、と顔をほころばせると、二人を紹介する。
まずは亜麻色の髪を持つ少女、ハーモニアを一歩前に進ませる。
「この子はハーモニア。同じクラスの子なの。クラスで一番仲がいいんだよ」
「ほほぉ、親友というわけか」
師匠は形の良い顎に手を置きながら少女たちを品定めする。
頭頂から爪先まで、舐めるように見渡す。
まるで生け贄の品定めをする黒魔女に見えなくもないが、それは偏見か。
師匠は師匠なりに姪を心配しているのだろう。
どんな友人を引き連れてやってきたのか、興味津々のようだ。
「この娘は覚えがある。プレンツェル家の娘だな」
ハーモニアはその言葉を聞くと、スカートの両裾を持ち上げ、令嬢のような挨拶をした。
「祖父共々お世話になっています」
と、頭を垂れる。
普通の感覚の持ち主ならば、そんなことはない、こちらも世話になっている。
と、返すのだろうが、師匠はそのようなたまではない。
「そうだな、いつも世話をしている。この前もおぬしの祖父に頼まれごとをした」
と、正直に話す。
ハーモニアも前日の襲撃事件の際、この魔女から助力を得たことを知っているようだ。
懇切丁寧に礼を述べていた。
「なんでもシーモア様がカイト先生に私の護衛をしてくれと頼んでくれたとか。感謝しています。そのお陰で命拾いしました。それにカイト先生と出逢えましたし」
「私に掛かればそのようなことは造作ない。気にするな」
「…………」
実際に護衛を依頼され、汗水垂らしてハーモニアを助けたのは俺なのだが……。
さも自分の手柄のような顔をするのが少し癪に障ったが、表情には出さないようにする。
――と、思ったが、師匠は弟子の考えなどお見通しのようだ。
「その後、あの事件を内々に処理し、ハーモニアが普通に学院に通えるようになったのは私の力だぞ。それにあの学院に潜り込ませ、就職させたのも私だ。その功績は誇ってもいいだろう。私が教職を紹介しなければ、お前たちは出逢っていなかったのだから」
師匠はすましていうが、たしかにその通りだった。
それに俺は別に目立ちたかったり、ちやほやされるために教師になったわけではない。
娘が健やかに、そして穏やかに成長できる場所さえ得られればいい。
そして娘が友人たちと笑いながら暮らすことができるのであれば、それ以上望むことなどなにもなかった。
そういった意味では、功績などすべて師匠のものになってもなんら問題ない。
面倒ごとをすべて任せられて良いくらいだ。
そう思っていると師匠は言う。
「さて、次の子を紹介して貰おうか」
フィオナにうながす。
フィオナは「うん!」と元気よくうなずくと、恥ずかしがっているイスマに前に出るよう伝えた。
少し怯えているのは彼女が恥ずかしがり屋だからだろうか。
それとも鮮血の魔女が恐ろしいのだろうか。
容易に判断できなかったが、それでも勇気を振り絞るかのように一歩前に出た。
イスマは蚊の鳴くような声で挨拶する。
「……初めまして、ボクはイスマイール・フォン・グラニッツと申します」
「ほお、お前はグラニッツ家の子供か。本家のものか?」
「……はい、一応は。継承権はありませんが」
「なるほど、つまり男の子というわけか」
「さすがは師匠ですね。グラニッツ家の風習を知っていましたか」
「舐めるでない。これでも帝国の宮廷魔術師だぞ。そんなものは常識だ」
師匠はそう胸を張るが、それでもイスマイールが男の子か自信を持てないようだ。
無言でイスマのスカートをめくろうとする。
あるいはそこが俺と師匠の決定的な差なのかもしれない。
俺もいまだにイスマが男の子か疑っているところがある。師匠も同じようで、実際にたしかめて見たいのだろう。
しかし、公衆の面前でそんな破廉恥な真似はさせない。
俺は師匠の腕を掴み、その行為をとめる。
師匠は声を荒げながら批難めいた言葉を発する。
「なにをするか、この愚弟子め」
「それはこちらの台詞ですよ。イスマが厭がっているでしょう」
「だけど、この子が本当に男の子か確かめたい。真理を探究したくなるのは魔術師のさがだろう」
「師匠の場合はただの好奇心でしょう」
「魔術師が好奇心を持ってなにが悪い」
「好奇心は猫を殺しますよ」
ありふれた諺で師をたしなめると、俺は彼女に要求をした。
「そんなことよりも長旅で疲れているのです。師匠の屋敷で休ませてくれませんか」
「駄目だな。師に逆らうような弟子に貸す部屋はない」
ふん、と、鼻を鳴らし、腕を組みながらぷいっと視線を外す。
とても1200年生きた魔女の態度には思えなかったが、長年の付き合いなので彼女の扱い方は承知していた。
「そうですか。ならば『娘』を連れてどこかで宿を取りましょう」
俺がそう言うと。師匠は即座に前言をひるがえす。
「すぐに部屋を用意させよう」
師匠はそう言うと、指をぱちん、とはじいた。
かたわらに控えていた老執事がうやうやしく頭を下げると、客間の手入れをするように女中たちに通達していた。
これで娘たちは馬車の長旅の疲れを癒やせるだろう。
俺は娘たちにそれぞれの部屋で休むように指示をする。
彼女たちは、
「うん!」
「わかりました」
「はい」
と、女中に案内され、二階へと向かった。
その後ろ姿を最後まで見送ると、俺は師匠の方へ振り向き、こう言った。
「さてと、師匠には色々頼みごとがあります」
「私が人の頼みごとを聞くようなたまだと思っているのか?」
「師匠には色々と貸しがあると思うのですが」
「ハーモニアの件ならば教職を紹介したことでちゃらだろう」
「ですが、師匠はまた俺に厄介ごとを押しつける気でしょう?」
「どうしてそう思う?」
「キメラと出くわしました。最初は師匠の実験用のキメラが逃げたのかと思いましたが、違うようだ。道中、大量の竜牙兵やゴーレムの破片を見かけた。師匠はなにか厄介ごとに巻き込まれているのではないですか?」
その言葉を聞いた師匠は、柳眉をわずかに下げた。
「相も変わらずかわいげがない。こちらが困っていることもお見通しか」
これでは駆け引きができないではないか、と吐息を漏らした。
「俺と師匠の間で駆け引きなどいりませんよ。まあ、綱引きはいるでしょうが」
「違いない」
師匠はそう言って笑うと、応接間にくるようにうながした。
俺は師匠に誘われるがままに後ろについていく。
彼女は背中が大きく開いたドレスを着ていた。
相も変わらず露出が多い服である。
1200歳という年齢を考えて欲しかったが、忠告は無駄であろう。
そう思っていると、途中、くるりと回転する。
「――カイトよ、今、私の年齢のことを考えなかったか?」
「………………」
なんと勘の鋭い魔女であろうか。一応、心は読まれないように《読心術》の魔法には気をつけていたのだが。
ただ、この魔女の扱い方は手慣れている。表情一つ変えることなくにこやかにこう言えばいいのだ。
「そういえば、師匠、先月誕生日を迎えたようで。おめでたいことでなによりです」
そう言うと、師匠はぴくん、と身体を震わせる。
俺は彼女の望むがままの言葉を口にする。
「『17歳』の誕生日おめでとうございます」
俺がそう言うと師匠は、
「分かっているではないか」
と、上機嫌に歩き出した。




