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キメラは紙を食べるのだろうか

 野良キメラとの戦闘は思いの外、苦戦した。

 キメラとはなかなか手強い魔物だからである。

 

 キメラ、複数の生物を合成した魔獣の総称。


 一番オーソドックスなのが、獅子の頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾、というのが定番だった。


 いくつもの亜種があり、背中にコウモリの羽を持たせたものや、鷹の爪を持ったものもいる。


 目の前にいるのは極々オーソドックスなタイプのキメラであった。

 

 しかし、オーソドックスとはいってもキメラはキメラ。

 そこらを歩いているゴブリンやオークとは比べようもない強力な魔物であった。

 普通の魔術師ならば手も足も出ずに返り討ちにあうことも考えられる。


 ――もっとも、俺はそんじょそこらの魔術師ではないが。


 ただし、なるべく残虐な方法を取らずに始末する、というのは難しい注文であった。


 圧倒的な実力差があれば余裕なのだろうが、前述したとおり、キメラは侮れない化け物であった。


 その頭は獅子、つまりライオン、獲物を噛みちぎる力は野生の怪物そのもの。

 その胴体は山羊、絶壁を駆け上がる山羊の足腰は俊敏にして強力。

 その尻尾は毒蛇、もしも一噛みされれば、悶え苦しみながら死ねるだろう。


「があるる」


 と、うなり声を上げる化け物の牙をかわし、肉ごとそぎ落とそうとする爪の一撃を魔力の盾で受けとめる。


 一歩的な防戦が続いたが、それも長くは続かなかった。



「お父さん頑張って!」



 その声が聞こえた瞬間、俺のやる気は何倍にも増加される。

 魔力が身体の芯からみなぎる。

 見ればフィオナは馬車から身を乗り出しながら、俺を応援してくれた。

 ハーモニアとイスマも横にいた。

 彼女たちも応援してくれているが、なぜだか娘の声の方が俺の耳に良く届いた。

 世界一可愛い娘に応援されて、情けない姿は見せられなかった。

 俺は手に魔力を込めると、それをキメラの頭部に振り下ろした。

 キメラの頭部に生えた犬歯がぽきりと折れる。

 うめき声を上げるキメラ。

 次いで杖に斬撃属性の魔力を付与すると、それを袈裟斬りになぎ払った。

 


 ぶおん!



 という音とともに切り裂かれる空気。

 魔力の線はそのままキメラの尻尾へ向かい、尻尾を切り落とす。

 キメラの尻尾は毒蛇だ。


 毒蛇の生命力は凄まじく、本体から切り落としてもまだこちらに噛み付こうとしていた。


 一説では、キメラから切り落とした蛇が一ヶ月間生き延びた。

 あるいは独自に再生し、別個の蛇として生き延びた。

 という報告を他の賢者や学会で聞いたことがある。

 ならばこのような危険なものは消去すべきだろう。

 《火球》の魔法を放ち、燃やし尽くした。

 蛇は完全に荒れ狂うようにうねり回ったが、最後は燃え尽き、消し炭になった。

 その間、俺はキメラの武器を奪う。

 山羊の足の先に生えた獅子のかぎ爪。

 これもキメラの強力な武器だ。


 足を切り落とすのは可哀想なので、キメラの首根っこを素手で掴むと、それを強引にねじ伏せた。


「す、すごい、キメラの力はトロール並なのに」


 丁寧にも解説してくれたのは、ハーモニア。

 実際、キメラの力は凄まじく、雄牛のように暴れ回っている。

 俺が押さえつけていられるのは、魔力によって筋力を強化しているからだ。

 強化(バフ)の魔法は魔術師の基本である。


 肉体的、技術的に遙かに劣る騎士相手に互角に戦うために生み出した太古の魔術師の知恵であった。


 無論、その力は魔物にも有効である。


 首を押さえられ、圧倒的な力を見せつけた途端、キメラの闘志は急速にしぼんでいく。


 借りてきた猫のように大人しくなった。

 キメラは野生動物の合成獣、絶対的強者には従順になるのかもしれない。

 このまま解放すれば即座に逃げ出すだろう。

 そう思った俺は、キメラの耳元でささやく。


「これに懲りて二度と人間を襲おうと思うなよ。俺よりも残忍で強力な魔術師はいくらでもいる」


 極低音の言葉だった。


 キメラがその言語を理解したかまでは分からないが、キメラは借りてきた猫のように大人しくなり、猫科の動物のような素早さで逃げていった。


「一件落着、かな」


 そうつぶやくと同時に娘たちがやってくる。

 キメラを倒した英雄を歓呼の声で迎えてくれた。

 娘は一番に聞いてくる。


「キメラさんには肉球があった?」

 と。

 娘らしい着眼点というか、脱力系の質問であったが、正直に答える。


「そこまで観察しなかったが興味深いな。今度掴まえたときは観察してみるよ」


「わたしは絶対あると思うの。身体は羊さんだけど、頭と爪はライオンさんだし」


「なるほど、そう言われるとあるような気もする」


 あるいはこういった柔軟な発想が魔術の研究、こと錬金術の世界では重要なのかもしれない。


 そう思っていると娘の横にいたイスマが話しかけてくる。

 彼女、いや、彼か、イスマ少年は言った。


「ボクは肉球も気になるけど、キメラが紙を食べるか知りたいな。身体が山羊だから、きっと好きだと思うんだ」


 それを聞いた俺は笑みを漏らす。

 その発想はなかった、と。

 やはり子供たちの発想は素晴らしい。


 俺が千年もの長い間かけてきて考えても思いつかなかった事柄をぽんぽんと口にするのだ。


 やはり、研究室に引き籠もる生活はよくない。

 楽しそうに奇想天外の話をする子供たちを見て、心底そう思った。

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