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キメラの森

 なにごともなかったかのように師匠の館の付近まで到着する。


 街道沿いを馬車で旅したのだから当然であるが、師匠の領地、いや、支配地に入ると、思わず緊張する。


 不穏な気配を察したからだ。

 その表情にいち早く気がついたのは娘のフィオナだった。


「どうしたの? お父さん」


 と、尋ねてくる。

 俺は明るい口調で、あるいは呆れながら言った。


「うちの師匠が、悪戯好きで、底意地が悪い性格ということは知っているな」


「伯母樣は、子供心にあふれていて、思いやりがある性格って言ってたけど」


「――言葉は重宝だな。いかようにも言いつくろうことができるのだから」


 と、娘には聞こえないように言うと、事態を説明した。


「師匠はどうやらなにかもめ事に巻き込まれているらしい。屋敷の警戒度がワンランク上がっているようだ」


「どういうこと?」


「以前、あの屋敷に住んでいたときは、庭にケルベロスを放って番犬代わりにしたり、竜の牙から作った竜牙兵(ドラゴン・トゥース・ウォーリアー)を番兵にしていたのは覚えているな」


「うん、覚えている。ケロちゃんは可愛かったよね」


 と、笑顔を浮かべる娘。


「……ケロちゃんか」


 地獄の番犬も娘に掛かれば大きな犬でしかないようだ。


 そういえば容易に人に懐かないはずのケルベロスも娘にだけは懐いていた記憶がある。


 三つある頭のうち、二つまでは頭部を、一つは喉を撫でても怒らなかった。


 俺のことは姿を見ただけで吠えるくせに、と当時は思っていたが、娘の魅力は人間だけでなく、動物にも有効なようだ。


 ただ、今はそのケルベロスの気配もない。それに森を守護している竜牙兵やゴーレムの姿も見えない。


 道中、竜牙兵のものと思われる骨や、ゴーレムの残骸が転がっていた。

 しかと検分したわけではないが、最近、破壊されたもののようにも思える。


 心の奥底でなにか不穏な予感を覚えると同時に、師匠の屋敷に続く道に一匹の獣がいることに気がつく。

 

 その姿を察知していたクロエは指をさし、説明を求めてくる。


「あるじ様、あそこにいる獣はなんでしょうか。……不気味です」


「あれは野良キメラだな」


「野良キメラ?」


「キメラって合成魔獣のことですよね?」


 とはハーモニアの言葉だった。

 正解なので首を縦に振る。


「よく知っているな、ハーモニアは。授業で教えたっけ?」


「祖父が昔、キメラの研究をしていたのです。それにカイト先生はいまだに自習が多いですから、暇な時間に魔物辞典を眺めたりしていて――」


 ハーモニアはそう言うが、途中、慌てて否定する。


「い、いえ、自習が多いことを責めているんじゃないですよ。もう慣れたというか、どうでもいいというか、ああ、これも言葉が悪い。……うん、そうだカイト先生は生徒の自主性を尊重してくれる良い先生です」


 と、なんとか糊塗(こと)しているが、別に怒ったりはしない。

 その通りだと思ったからだ。


「まあ、取り繕わないでいいよ。真面目な先生じゃないことは承知している」


「でも、優しい先生です!」


 とは、イスマの言葉だった。


「先生はボクみたいな生徒を助けるため、わざわざ帝国まで足を運んでくれています。そんな先生、聞いたことがありません」


「そうです、私のときも先生は命懸けで助けてくれました。他の生徒たちがどう思おうと、先生は最高の先生です」


 と、ハーモニアは握り拳を振り上げながら宣言する。


 フィオナも、

「お父さんは世界一のお父さんだよ」

 と、追随する。


 買いかぶりの気もするが、最高の父親や教師になれないにしても、善き父親や教師にはなれるだろう。


 そう思った俺は、馬をとめてクロエに杖を持ってくるように指示した。


「戦われるのですか?」


 銀色の髪のメイドはそう問うてきた。


「できれば戦いたくないけどな」


「あるじ様は平和主義ですしね」


 だけど、と俺は言う。


「俺は平和主義だが、野良キメラは戦闘主義のようだ」


 見ればキメラは手負いで、怒りに満ちていた。


 師匠を恨む連中が嫌がらせでけしかけたキメラが返り討ちに遭って荒ぶっているのか。


 もしくは師匠自身がキメラを作り出して逃げられたか。

 そのどちらかであろう。

 どちらにしても迷惑な話である。


 仕留めるのならばちゃんと仕留めるべきであったし、自分で作ったのならば責任を持って管理して欲しかった。


 だが、ここで文句を言っても始まらない。

 どちらにしてもキメラは強敵である。

 手負いの獣はさらに始末が悪い。


 こちらに戦闘する意思がなくても向こうの方に二人前あるのならば、戦闘は回避できない。


 ――いや、三人前かな。

 


「がおぉぉぉん!」



 と、咆哮を上げるキメラはまさしく百獣の王そのものだった。

 怯える子供たち。

 彼女たちの不安を一掃するため、俺は馬車の外へ出た。

 クロエにはフィオナたちが外に出ないように目を配ってもらう。


「昔、オーガと戦ったときのように目隠しをしましょうか?」


 とはクロエの提案だったが、首を横に振る。


「フィオナも大人になった。それに今回は残虐なシーンは控えるよ」


 それに、と俺は続ける。


「クロエの手はふたつしかないからな。フィオナの視界は隠せても、ハーモニアとイスマの視界は隠せない」


「ですね、ならばあまり残虐にならないように倒してください」


「了解した」


 と、俺はキメラに向かった。

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