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帝国への旅支度

 我が家に帰るとさっそくクロエが旅支度をしていた。

 忙しなく動き回り、大量の荷物をかき集めている。


「夜逃げでもするのか?」


 そう尋ねたが、彼女はまさか、と笑った。


「ただの旅行用具一式ですわ」


「それにしては荷物が多いような気がするけど」


「旅の間、毎日同じような服を着せるのはメイドの恥でございます」


 と、クロエは胸をそらす。


「旅の間くらい良いんじゃないか? 社交界にデビューするわけでもなし」


 ちなみに俺は服装を気にしない。


 毎日同じシャツを着ていても気にしないし、ローブが皺にまみれていても気にかけない。


 もっとも、クロエがメイドになってからはそのような事態は一度もないが。


 研究に没頭していても毎日、新しい下着が用意されていたし、三日も風呂に入らなければ、強制的に丸裸にされて、バスタブに押し込められてブラシでごしごしされる。


 曰く、主人が小汚い格好をしているとメイドの恥に繋がるらしい。

 そんなふうに思っていると、クロエは俺の心を見透かしたかのようにしゃべる。


「今さら、あるじ様をおしゃれな賢者にしようだなんて無駄なことは考えていませんわ」


「賢明だな。今さら服に興味などわかない」


「ですが、フィオナ様は違います。女の子なんですから、一日たりとも同じ服は着させたくありません」


「なるほど、この大量の衣装はフィオナのものか」


「ええ」


 よく見ればクロエが衣装箱に詰めているのはフィオナの服であった。

 綺麗にアイロン掛けされており、美しく折りたたまれている。

 それが大量の箱に詰められている様はちょっとした洋服屋だ。


「たしかに我が娘は服の着せ替え甲斐があるからなあ」


「ですよね、ですよね。女の子はやっぱり洋服の着せ替え甲斐がありますよね」


「うむ」


 と、同意する。


「女の子が小さなころに着せ替え人形で遊ぶ様をよく見るが、親になるとその気持ちがよく分かる。ついつい可愛い服を見ると買ってしまうんだよな。あと、街で可愛い服を着ている少女がいると声をかけたくなる」


 その言葉を聞いたクロエは不審者を見るような目をする。


「誤解するなよ。どこの店で買ったか聞くだけだ」


「……それでも十分不審者のような気がしますが」


「言われてみればその通りだな」


 以後、つつしもう、と約束をする。


「そうしてくださいまし。護民官に通報されて、身元を引き受けに行くのはさすがに恥ずかしいです」


「機械人形は身元引受人にはなれないと思うがね」


 その場合は師匠を呼ぶことになるのだろうか。

 想像してみるが、最悪である。


 そんな形で師に借りを作りたくなかったので、以後、そのような行動は控えることにしよう。


 そう思った。

 そんなふうに考えていると、クロエは計ったかのように尋ねてくる。


「お師匠様と言えば、この前、フィオナ樣宛てにドレスを送ってきましたが、それも持参した方がいいでしょうか?」


「そういえばそんなものを送ってきたな」


 師匠は定期的にフィオナにプレゼントを贈ってくる。


 愛弟子である俺には贈り物らしい贈り物など一度も贈ってきたことはないが、姪であるフィオナには毎月のように理由を付けては贈り物をする。


 リーングラード魔術学校入学祝い、は、いいとして。



 フィオナと出逢ってから一年と七ヶ月記念。

 フィオナに新しい友達ができた記念。

 フィオナが手紙を17通送ってきた記念。

 今日、フィオナの顔がふと思い浮かんだ記念。



 もはや理由などあって無きに等しい頻度で送ってくる。

 その理由も俺たちと変わらないのだろう。

 女の子の服は、男物よりも遙かに可愛らしくできている。

 また娘に似合う小物を見つけたら、ついつい買いたくなるのはよく分かる。


 ただ、さすがにこのような貴族の令嬢が社交界で着るようなドレスに食指が伸びることはないが。


 無論、着せれば絶対似合うことは確実だが、着ていくような場所がない。


 学院では休日以外制服で十分だったし、貴族のパーティにお呼ばれする機会もない。


 娘を着せ替え人形にすることに命を燃やすクロエですら持って行くのを悩むのだから、それくらい庶民には場違いの服ということだ。


 だが、まあ、せっかく送って貰ったのだし、持って行くのも悪くないだろう。

 師匠の館で袖を通し、師匠のご機嫌くらいは取れるはずである。

 俺がそう述べると、クロエは分かりました、とフィオナを呼んでくる。

 寸法を合わせて軽く仕立て直すのだそうだ。


「フィオナ様は成長期ですからね。日々、成長されます」


「なるほど、すくすく育つのは良いことだ」


 俺がそう言うと、フィオナがやってきた。

 フィオナは絵本に出てくるお姫様が着るようなドレスを見ると、顔を輝かせる。


「わー、可愛い」


 と、顔を煌めかせる。

 その表情はおもちゃ箱をひっくり返した少年のようにも見える。


「お父さん、これを着てもいいの?」


 俺はうなずく。


「これから師匠に会いにいくからな。せっかく貰ったんだ。このような機会でもないと着ることもないだろう」


「そうだね。わたし、一度で良いからこんな綺麗な服を着て、お城の舞踏会に行ってみたいな」


 発想が女の子そのものであった。


 もしも、フィオナの将来の旦那が貴族ならばそのような機会など、毎月のようにあるであろうが、残念ながら一介の魔術師である俺にはそんな機会は滅多にない。


 ただ、過去に参加した貴族の夜会を思い出すと、そんなに楽しいものではないが。

 男たちは常に政治と利権の話をし、女たちは社交界のゴシップを口ずさむ。

 それが貴族の夜会の正体であるが、娘にはわざわざ伝えなくていいだろう。

 娘が嫁ぐにしてもそれは遙か先のこと。

 ましてや俺は娘の結婚に最後まで反対する頑固親父になる予定だった。

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