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帝都への旅立ち

 俺が住まうローウェン地方。

 かつてはローウェン王国という国が存在したが、今はノイエ・ミラディン帝国の一部となっている。

 前王家が公爵家となり、その統治を任されていた。

 それも俺がかつて普通の魔術師だった頃の話で、何百年も前の話だ。 

 王家から公爵家に格下げされるとき、一悶着あったが、それも遠い昔のこと。

 今は平穏な一地方でしかない。


 ちなみに俺がこの場所に館を置いたのは、単に気まぐれ以外のなにものでもなく、帝都から遠く、帝都の陰謀や喧噪とは無縁の地だと思われたからだ。


 ゆえにこうして帝都に旅立つのは、何十年ぶりかのことであった。

 クロエはてきぱきと旅支度(たびじたく)を始めると、馬を用意し、馬車を調達した。

 どこから手に入れてきたのだろうか。

 尋ねてみる。


「村から調達しました。ちゃんとお金は払いましたよ」


「よくそんな金があったな」


「あるじ様は無駄遣いばかりしますしね」


 クロエはくすくすと笑うが、からくりを説明してくれる。


「あるじ様は日々、無駄な研究をして浪費していますが、そのぶん、クロエがマネジメントしているのですよ」


「無駄いうな。その研究のお陰でお前が生まれたんだろ」


「そうですね。有り難いことです」


 俺が賢者の石もどきを作らなければ、機械人形である彼女はただの人形でしかなく、このように意思も持たなかっただろうし、減らず口も叩けなかったはずだ。


「ですが、それでもあるじ様の研究費のかけ方は異常ですよ。もしもこのクロエがいなければとっくの昔に破綻していたはずです」


 なんでも、俺が湯水のように研究に金を使う一方、クロエはその研究成果で金になりそうなものは売り飛ばしていたらしく、それで得た金を貯蓄に回し、投資し、利益を得ていたらしい。


 我が家の家計は、クロエの投資と節約によってかろうじて回っているらしく、それほど余裕があるわけではないとのことだった。


「ならば世にも珍しい機械人形の娘を売るか。貴族が高く買ってくれそうだ」 


 冗談めかして言ったが、クロエの目は笑っていなかった。

 顔面を蒼白にしてこちらを見つめている。


 軽く咳払いをしながらごまかすと、


「扶養家族が一人増えたからな。これからは研究も少し控えるよ」


 と彼女のご機嫌を取った。


 クロエは、「期待しないでおきますわ。カイト様から研究を取り上げたら、なにも残りませんし」と冗談で返してくれた。


 一方、フィオナは、初めて乗る馬車に意気揚々だった。

 彼女は馬車の外から見える景色を指さす。



「おとーさん、あれはなに?」

「おとーさん、あの人はだれ?」

「おとーさん、この乗り物はどこに行くの?」



 そのたび、答える。


「あれは風車だ。風の力を使って、小麦などをひいている。あれがあるから、フィオナは毎日白いパンが食べられるんだぞ」


「あの人は農夫だ。彼がいるから小麦が取れる。小麦はパンになるってこの前教えたよな」


 フィオナはそのつど、うんうん、と金色の髪を揺らし、うなずく。

 この世界は彼女の知らないことで満ちあふれているようだ。


 無論、知識としては色々教え込んでいるが、本や伝聞で学ぶより、実際にその目で見て、手で触れた方が遙かに情報は正確に伝わる。


 急ぐ旅でもない。

 フィオナが疑問を抱くたび、馬車をとめ、説明し、ときには実体験させた。

 風車小屋におもむき、風の力でどうやって小麦をひくのか。

 麦とはどう大地に根ざしているのか。

 農夫とはどういう仕事なのか。

 彼女に教えた。

 そして娘が最後にした質問にも答える。


「この馬車が向かっているのは、帝都だ」 


「てーと?」


「帝国の首都という意味だよ。皇帝陛下が住まわれている都だ」


「こうていへいか?」


「まあ、この国の一番偉い人だな」


「おとーさんよりも偉いの?」


「偉い」


「おとーさんよりもつよい?」


「弱い」


「よかった。じゃあ、倒せるね」


「倒さないぞ。別に喧嘩をしに行くわけじゃない。てゆうか、倒すとか、倒さないとか、どこでそんな言葉を覚えたんだ?」


 フィオナはクロエを指さす。

 クロエに非難の視線を向ける。

 クロエは言い訳する。


「フィオナ様が冒険活劇の絵本を読まれたいとせがまれるので、自然とそういう言葉を覚えてしまったのでしょう」


「そうなのか? フィオナ」


「そーだよ。わたし、魔法使いが出てくる本が大好きなの!」


 魔法でどかーんと敵を倒すの。

 彼女は魔法使いのまねごとをするかのように呪文を唱える。

 無論、幼児に魔法は発動できないが。


「まあ、幼少時の情操教育というものはもっと配慮しなければいけないかもしれないな」


「ですが、あるじ様。子は親の背中を見て育つと言います。親が賢者様なのですから、魔法使いを主役にした本を読ませるのは当然ではないでしょうか?」


「前にも言ったけど、俺はこの子を魔術師にも賢者にもしたくないんだよ」


「でも、お嫁さんにも送り出したくはないのでしょう?」


「別にこの世界には、ふたつしか職業がないわけじゃないさ」


 魔法や嫁入り以外にも選択肢は無数にある。

 その中からましなもの。

 いや、娘が幸せになれる職業を選択してくれれば、親としてはこの上なく嬉しい。

 というかそれ以外なにも望んでいなかった。


 そんなふうに思っていると、クロエは、


「では、今後は色々な物語を読み聞かせることにしましょう」


 と、くちにした。


「そうして貰えるとありがたい」


 そう返すと、クロエは遙か遠方を指さした。

 そしてこう言った。


「絵本の件はいくらでも要望に応えられますが、クロエにもできないことがあります。遙か遠方、ここより数キロ先で戦闘が行われているようです。カイト様どうされますか?」


 クロエはその目をぎらりと光らせる。


 水晶を砕いて魔力を込めて作った瞳は、魔法を用いなくても数キロ先の映像を見ることができる。

 彼女は遠くで行われている戦闘をいち早く察知したようだ。


「どうする、と言われてもなあ」


 情操教育うんぬん、と言ったあとに、困っている人間を見殺しにする、というのもどうかと思った。


「フィオナがうちに来る前だったら、99パーセントの確率でガン無視してただろうな」


 フィオナに聞こえないようにつぶやく。

 メイドのクロエはその愚痴を、肯定的に解釈したのだろう。馬に鞭を入れた。


「つまり、助けに入る、ということですね」


「そうなるな」


「さすがはあるじ様です。惚れ直しました」


 フィオナも「おとーさんかっこいいー!」と賛同してくれる。


「だが、フィオナを危険な目に遭わせたくない。戦うのは俺だけだ。お前とフィオナは絶対馬車から離れないように」


「承知しておりますわ。そもそもクロエは一介のメイド。鉄の檻より重いものは持ったことがありませんの」


「ワイバーンが入る檻は何百キロもあるだろう」


 そう言いかけたがやめた。

 そんな皮肉を言う暇などなく、戦場に到達したからだ。

 そこにはオーガが2体、それにゴブリンが十数体いた。

 何匹かは倒れているので、すでに戦闘が行われたあとなのだろう。

 幸いなことに人間たちには被害はなかったが、それも永遠に続きそうにはなかった。

 人間たちは明らかに浮き足立ち、苦戦を強いられていた。


 俺は人間と魔物の間に割って入ると、


「助太刀しよう」


 そう言った。


 人間側、護衛たちの部隊長と思われる人物は有り難い、そう礼を言ってくれた。

 素直に礼を受取ると、杖に魔力を込めた。

 久しぶりの戦闘である。

 無論、オーガとゴブリンごときに負けるつもりなどさらさらない。

 だが、多少の心配はあった。普段、仲間と連携して戦うことはほとんどない。

 自分の使う魔法で仲間ごとを倒してしまわないか。それだけが心配であった。 

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