拝啓、お爺様へ †
††(ハーモニア視点)
拝啓、お爺様へ。
あなたの孫娘、ハーモニア・プレンツェルは今、リーングラード公国の魔術学院で日々、勉強に勤しんでいます。
帝国から旅立ち、早数ヶ月、最初こそは不慣れな寮生活でしたが、今では寮生活にも慣れ、穏やかで楽しい日々を送っています。
たくさんの友人もでき、充実した生活を送っています。
お爺様は気の強い私に友人ができるか、心配しておられましたが、なんとかやっています。
いえ、なんとかどころかの騒ぎではなく、これまでの14年の人生において得ることのできなかった親友と呼ばれる存在を作ることができました。
それも二人も。
お爺様にだけは彼女たちのことを紹介しますね。
一人はイスマイール・フォン・グラニッツ。
お爺様ならば存じ上げているでしょうが、彼はグラニッツ家のものです。
気の優しい子で私とは正反対。
ただ、とても馬の合う子で、一緒に話していると心が落ち着きます。
もう一人の親友の名は、フィオナ。
この学院にきて初めてできた友達。
私の大親友です。
金色の髪をした可愛らしい子で、その性格は素直にして純真、もしも天使がこの世界に存在するとするのならば、彼女のような姿をしているのだと思います。
いえ、もしかしたら彼女が天使なのかもしれません。
もしも、彼女と友人になることができなければ、私はクラスで孤立し、寂しい学院生活を送っていたかもしれません。
私が意固地で意地っ張りなことはお爺様が一番よく知っているでしょう?
そんな私の性格を少しだけでも丸っこくしてくれるのだから、フィオナの影響力はすごいです。
いつかお爺様に紹介したいです。
「フィオナのような友達ができたことを」
「フィオナのような素敵な子が友達になってくれたことを」
大好きなお爺様に報告したくてうずうずしています。
ハーモニアはすらすらとペンを走らせていたが、途中、その動きはとまる。
大好きなフィオナとの大切な思い出はいくらでも書くことができるが、いつまでもそのことばかり書いているわけにはいかない。
封筒に入る紙の枚数は限られているし、祖父も同じような話ばかりしても飽きることだろう。
それに友人ができたことよりも大切なことがある。
あるいはそちらの方を祖父に報告したいのかもしれない。
ハーモニアは早まる鼓動を抑えるかのように再び紙とペンに意識を集中させた。
さて、お爺様。
フィオナのお話はまた次の手紙にも書きます。
これから書くのは相談事です。
いえ、お願いでしょうか。
お爺様の孫娘、ハーモニアも今年で14になります。
来年には15です。
お爺様は以前、
「ハーモニアの花嫁姿を見るまでは死ねない」
と、おっしゃっていましたね。
あのとき、私は、
「お嫁になんて行きません。私は立派な魔術師になってお爺様のあとを継ぐのです」
と、鼻息荒く返答しましたが、その考えを改めようと思っています。
お爺様がおっしゃるとおり、魔術の真理を究めることだけが人間の生き方ではない。
そう思うようになったのです。
ですので、もしかしたら、お爺様の願望を叶えることができるかもしれません。
私も来年で15歳、結婚できる年齢となります。
もしも、あのとき、お爺様が発した言葉が冗談でなければ、来年辺り、素敵な男性を連れて実家に里帰りするかもしれません。
そのときは必然的に友人も一緒に連れて行くことになるので、一石二鳥かも。
まあ、こちらの方は未知数なので、この辺にしておきます。
気が早いですが、お母様が結婚式で着用していた花嫁衣装、私のために仕立て直して頂いてくれると嬉しいです。
ハーモニアは最後に、「親愛なるお爺様へ、あなたの孫娘より」という言葉を添え、筆を置いた。
最後の文字を見て、思わず頬を染めてしまう。
「花嫁衣装、か――」
ハーモニアの両親はすでにこの世の人ではない。
遺品などもほとんど整理されていたが、ハーモニアの母が結婚式に着ていた花嫁衣装だけは倉庫の片隅で眠っていた。
祖父がいつか孫娘に着せようと取っておいたのだ。
幼きころ、その綺麗なドレスを見て、心ときめかせたことはあったが、まさか自分がそれに袖を通す日がくるとは思っていなかった。
幼少期はともかく、ある程度物心がつくと、ハーモニアの感心は「お嫁さん」よりも魔術に移っていたからだ。
綺麗な衣服よりも、いかに魔術の道を究めるか。
どうやって祖父のような立派な魔術師になるか。
そればかり考えるようになっていた。
ある意味、可愛げなのない子供だったのかもしれない。
自分でそう結論づけると、
「――でも」
と、服の上から心臓を抑えた。
今は違う、と口の中で独白する。
今現在のハーモニアは年相応の少女であった。
心の中に想い人を住まわせ、日々、その人と邂逅している。
その想い人、カイト先生とどうにかお近づきになれないか、彼の妻になれないか、日々、腐心していた。
この姿を数年前の自分に見せたら、
「あのとき、魔術の道を究め、お爺様の後継者になると北辰の星々に誓ったことを忘れたの!?」
というお叱りを受けそうであったが、気にはしない。
人間の心は移ろい変わりやすいのだ。
カイト先生のような素敵で格好いい先生と出逢ってしまってそのままでいられる方が不自然であった。
そう自己弁護をしたが、とあることに気がつく。
「人間の心が移ろい変わりやすいということは、一年後には今の気持ちも変わっているのだろうか」
たとえばこの燃え上がるような恋心が冷めることもあるのだろうか。
そんな考えが浮かんだ。
「ううん、あり得ないわ」
と、首を横に振るハーモニア。
この心臓の高鳴りは、胸を突き破りそうなほどの心臓の鼓動は、そんなに簡単に収まることはないだろう。
それにハーモニアは今も魔術の道を諦めたわけではない。
カイト先生のお嫁さんになる。
と、決めていたが、別にお嫁さんになることと魔術の道を諦めることは同義ではない。
「結婚しながら学院に通うこともできるし、それが駄目でも、最高の魔術師のお嫁さんになるんだもの。お嫁さんをやりつつ旦那様に魔法を教えて貰うという方法もあるわ」
と、自分の進路図を思い描く。
前述の通り、ハーモニアの中にある魔術への気持ちは幾分、穏やかになったが衰えてはいない。
カイト先生への気持ちもそれと同じだろう。
一年後、この燃え上がるような恋心は少し落ち着いているだろう。
だけど、十年後もそれがなくなっていることはない。
30年後でもだ。
たぶん、その気持ちはハーモニアが死ぬまでなくなることはない。
それくらいハーモニアはカイト先生のことが好きであった。




