千年賢者、帝国へ向かう
「あるじ樣、ショタコンという言葉を知っていますか?」
案の定、家に帰ると生意気なメイドがそんな言葉をくれた。
あのあと、イスマに怪我はないか確認するため、あるいはイスマからより詳しい情報を聞くため、我が家に招待し、夕食をともにしたのだ。
その後、俺はイスマを自宅へ送り届け、帰ってきたわけだが、直後にくれた言葉がそれだった。
無視する、という手もあったが、一応答えておく。
「少年を愛する度量の深い人物のことを指す言葉だな。主に女性が少年を愛でるときに使われる言葉だ」
「なるほど、そういう定義でしたか」
「うちの師匠はその典型例かな。可愛らしい少年が好きだぞ」
「あるじ様も昔は可愛らしい少年だったのですね」
「ああ、白皙の美少年だった」
「ならばお稚児さんという言葉をご存じですか?」
「知っているが、俺にはそういう趣味はないからな。言っておくが」
断固とした態度で言ったからだろうか、クロエはくすりと笑い、それ以上追求してこなかった。
「それは冗談として、あるじ様はあの少年の力になってあげるのでしょう?」
「そうだな。命を付け狙われている生徒がいるんだ。助けないわけにはいかない」
「ですが、あの少年はグラニッツ家のものです。グラニッツ家といえば、帝国の名門貴族。そんな貴族のお家騒動に介入したら、やぶ蛇なのではないでしょうか?」
「というと?」
「あるじ様のことですから、鮮やかに解決されるでしょうが、だからこそ危うい。クロエはそう愚考します」
クロエは続ける。
「帝国の門閥貴族のお家騒動なんかに介入してしまったら、あるじ様の身辺を調べられるに決まっています。せっかく、安住の地を手に入れたというのに、もしかしたらそれがきっかけでフィオナ様がホムンクルスであると露見してしまうかもしれません」
「かもしれないな」
「他人事のように言いますね。フィオナ様の未来が掛かっているというのに」
「未来が掛かっているからだよ。ここで俺がイスマを見放すような父親ならばフィオナはどう思うだろうな。たしかにお前の言うとおり、やぶ蛇になるかもしれないが、そのときはそのときだ。娘の親友を見捨てて給料泥棒を続けるよりも、娘の親友を助けて流浪の旅を続けた方がいい。フィオナも納得するだろう」
そう言い切ると、クロエは沈黙した。
俺は彼女に皮肉を言う。
「どうした。口の先から生まれてきたような機械人形が黙り込むだなんて珍しい」
「あるじ様の慈悲に感動していただけですわ」
そう言うと彼女は拳を握りしめる。
「ならばこのクロエも協力しますわ。もしもこの学院を旅立つことになってもいいように、今から蓄財に励みます」
「そっち方面に協力するのか。俺としてはなにごともない方向に助力して欲しいのだが」
「そちらの方はクロエの力の及ぶところではありません」
と、言い切ると、こう続けた。
「取りあえず、食費はみすぼらしくならないよう、栄養価が落ちない程度に切り詰めます」
「まあ、フィオナのおやつは手を抜かないでくれ」
「承知しましたわ」
「あとは、あるじ様の研究費を抑制できれば、蓄財もはかどるのですが……」
クロエは控えめに提案してくるが、それも承知した。
「まあ、俺もこの環境を手放したくない。フィオナもようやくこの学院に慣れたしな。それにおかずが一品減るのも味気ない」
そう言い切ると、可及的速やかに、そしてできるだけ穏便にこの件を解決する旨をクロエに伝えた。
それを聞いたメイドはにっこりと微笑む。
「あるじ様ならばきっと成し遂げられますわ」
と――。
イスマを守る。
そう決意した俺は、まずイスマが狙われた理由を推測することにした。
「あるじ様の灰色の脳細胞が輝く瞬間ですね」
「そこまで頭は回らないよ」
そう言ったが、クロエは信じていないようだ。
「あるじ様のことですからね。すでにイスマ樣を狙った刺客の目星くらいは付けているんじゃないですか?」
たとえば、と続ける。
「――イスマ様を襲った刺客をわざと逃がして、 そのものがどこに逃げたか確認するとか」
「するどいな」
と、俺は素直にクロエを賞賛する。
「あるじ様の考えなら手に取るように分かります。かれこれ500年ほどの付き合いですから」
「その通りだよ。刺客はわざと逃がした。そうすれば自然と依頼主のもとへ向かってくれるからな」
そう言うと、クロエに帝国の地図を持ってくるように命じた。
「帝国の地図でよろしいのですか? 公国や共和国の地図もありますが」
俺はかぶりをふる。
「いや、十中八九、帝国内のいざこざだろう。このリーングラード公国の人間がイスマを襲う理由はない」
そう断言すると、俺は水晶のペンダントを地図上にかざした。
振り子のように揺れる水晶。
その水晶が反応した場所に刺客はいることになる。
追跡できるように刺客のローブに蟲を付着させたのだ。
水晶は導かれるように一点をさす。
その場所を見た瞬間、クロエは意外そうな顔をした。
「帝都ではないのですね」
「逆に助かる。帝都だと人が多すぎるからな」
ノイエ・ミラディン帝国の首都には、多くの王侯貴族がひしめいている。
また陰謀の坩堝だ。
その中から容疑者を捜すのは困難を極めるだろう。
俺は刺客が帝都ではなく、雇い主の領地に逃げ込んでくれたことに感謝した。
「しかし――」
と、思ったことを口にする。
「犯人の予想は大方ついていたが、最悪の形で予想が的中したな」
こういう的中はあまり嬉しくない。
正直に漏らす。
見れば犯人が逃げ込んだのは、コーネル男爵領だった。
「有名な貴族なのですか?」
「一般的には無名だな。俺もさっき調べるまで知らなかった」
でも、と続ける。
「調べれば合点がいく。コーネル男爵家はグラニッツ家の連枝だな。つまり親戚だ。グラニッツ家の継承権もある。グラニッツ家が途絶えればその領地が転がり込んでくる、という寸法だ」
「なるほど、それでイスマ様を狙われた、と」
「分かりやすい構図だな」
「そうですね。ですが、そんな無法、許されるのでしょうか?」
「帝国貴族の間では許されるのだろう。そうやって奪われた家門、領地は無数に存在する」
「弱肉強食ですね」
「言い得て妙だな。日頃は優雅に舞踏会をしているくせに、その裏では常に獲物を狙っているのさ」
そう言い切ると、俺はクロエに頼みごとをした。
クロエは「あるじ様の頼みごとでしたらなんでも」と答えた。
「ならばこれから師匠に連絡するので、この前仕立てた儀典用のローブを用意してくれないか」
「それは構いませんが、あるじ様はあれに袖を通すのを厭がっていたではありませんか。堅苦しい、と」
「たしかに言ったが、師匠に頼みごとをするんだ。ちゃんとした格好でした方が良いだろう」
親しき仲にも礼儀あり。
我が師はいつでも俺を呼び立てるが、だからといって俺が師に同じように接して良いわけではない。
弟子ならば弟子らしく、頼みごとをするのならば頼みごとをするらしく、それに相応しい格好をするべきだった。
「なるほど、シーモア様の館に出向かれるのですね」
「ああ、魔法で飛んでいくから数日で帰ってくると思うが、その間、娘の世話を頼む」
「それは構わないのですが」
と、クロエは言うが、「ですが」と続けた。
「フィオナ様を連れて行かないと、シーモア様はへそを曲げると思います」
と、言うと、師匠の口まねをする。
「お前の顔など何百年も見て見飽きた。それよりフィオナはどうした? どうして可愛い姪御を連れてこない」
その台詞を聞いて思わず苦笑してしまう。
あまり似てはいなかったが、いかにも師匠が言いそうな言葉だったからだ。
「どちらにしろ、フィオナも連れて行くべきか」
久しく師匠と会わせていなかったし、それにフィオナが会いたがっているだろう。
そう思い学院に向かった。
フィオナの休学届を出すのだ。
娘をともなうとなれば、馬車の旅となる。
学院に長期不在するとなれば、手続きが必要だった。
それにイスマの休学届も必要だろう。
また刺客がくるかもしれない学院に一人置いていくことはできないし、そもそもイスマのことを相談するために師匠のもとまで出向くのだ。
彼がいなくては話にならない。
そう思ってフィオナにそのことを伝える。
最初はしばらくハーモニアと会えなくなるかもしれないし、学院の友達とも会えなくなることを寂しがると思ったが、それ以上に師匠と会えることに喜びを見いだしているようだ。
目を星空のように輝かせながら、
「伯母樣と会える」
と、はしゃいでいた。
まあ、少しくらい学校を休むのも悪くないか。
娘の喜ぶ姿を見てそう思った。




