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燃えさかる樹木族

 次々と襲いかかってくる木々。


 ただ、その数も有限である。辺り一帯の木々を切り裂けば、あるいは燃やし尽くせば、事態は収まるだろう。


 そう思った俺はハーモニアに尋ねる。


「この森の面積はどれくらいだ」


「お城の庭園くらいです」


「それは帝国のか? それとも公国のか?」


「ふたつを合わせたくらいです」


 ハーモニアはよどみなく答えてくれた。


「…………」


 思わず沈黙してしまったのは、その面積に生える樹木の数を一本一本、計算してしまったからだ。


 おそらくではあるが、師匠の月齢と同じくらいの樹木が生えていることだろう。

 木の精霊ごときに後れをとるつもりなどさらさらないが、俺の魔力は有限だった。


 あるいは学院への被害、娘たちへの危険を考慮しなければ、禁呪魔法を解き放って、森ごと焼き尽くしてしまうのが手っ取り早いのであろうが、残念ながら俺は自然が好きだった。


 無論、それ以上に娘たちが好きだった。

 なのでそのような選択肢は取らず、最善の方法を取ることにした。


「この森から脱出する」


 至極当然な選択肢だった。


 娘たちを守りながら、四方八方から襲いかかる樹木と戦う、というのは想像以上に難儀だった。


 ただ、それでも千年生き、大賢者にも匹敵すると謳われた俺。その面目にかけて娘たちを守り切ると、ひらけた場所に出た。


「ここまでくればもう少しで森を出られるよ」


 とは、娘の言葉だった。


「大丈夫、カイト先生ならば絶対私たちをも守ってくれるわ。カイト先生は最強の先生なんだから」


 怯えるイスマを勇気づけるために発した言葉であろう。

彼女たちの言葉はある意味正しいのだが、その後、沈黙した。


「…………」


 沈黙の理由は、ひらけた場所に思わぬ物体が鎮座していたからである。

 ドライアードとは森の精霊である。


 伝承ではエルフにも似た美しい姿形をしているそうだが、木々を操り、触手を動かすだけでなく、ときには魔物自体を使役することもある。


 たとえば森の隠者の二つ名を持つ怪物、樹人族(トレント)などもドライアードに魅了された森の怪物のひとつだ。


 トレントとは樹人族という呼称に相応しい姿をしている。

 巨大な樹木がそのまま人型になった化け物だ。

 巨大な木の本体、幹が手、根が足になっている。


 丁度、頭部らしき位置に、目のくぼみのようなうろ、それに鼻ような突起があり、人間を想像させるに十分な形をしていた。


 ただし、人間と違うところは、その力だろうか。

 トレントの力は、巨人族のそれに匹敵する。


 俺たちを狙って振り上げられる大きな右腕、その幹が頂点に達した瞬間、娘たちに視線をやり、軽く口元を動かした。


 自分だけならば無詠唱で《転移》も可能だが、さすがに4人同時になると詠唱は不可欠だった。


 それでもハーモニア辺りに言わせれば、


「4人も同時に、瞬時に転移させることができる魔術師なんて聞いたことがないのですが」


 と、突っ込んでくれるだろうが。


 ともかく、俺は娘たちに危害が及ばないよう、多めのマージンを取って転移した。



 どすん!


 と、まるで隕石でも落ちたかのような衝撃が足下に伝わる。

 空気を切り裂くような衝撃、その後、土ぼこりが頭上に降りそそぐ。

 見れば先ほどまで俺たちがいた場所には大きな穴が空いていた。

 それを見て理解した。

 今回の襲撃、イスマ誘拐が目的ではなく、暗殺が目的なのだろう、と。

 もしもその場に留まっていれば俺たちは文字通りひき肉になっていただろう。

 それほどの一撃をトレント放ってきた。

 その一撃には明らかに殺意が籠もっていた。


「ならばこちらも容赦する必要はないな」


 娘は花々や木々を愛する心優しい子だ。

 その手前、火魔法だけは使わないでおいたが、もう自重する必要もあるまい。

 それにここはひらけた空き地。

 炎を用いても周りに延焼する可能性は低いだろう。

 ならば綺麗に火葬してやるのが、自然を愛する賢者としてのつとめだった。

 そう決意した俺は右手に魔力を込める。

 俺の右手が真っ赤に燃えさかる。

 その炎を解き放つ。

 最初は小さな炎の塊だった。

 当然だ。放った魔法はただの《火球》なのだから。


 ただ、ただの火球でトレントのような大型の魔物を駆逐できるとは思っていなかった。


 その表面を軽く焦がすのが関の山だろう。

 ただ、俺が放った魔法はただの火球ではない。

 千年もときを生きた賢者が放った特別な火球だった。

 最初は小さかった火球も大きくなり、やがて小さな太陽のように輝きだした。


「まさか、これは先生の固有(ユニーク)魔法ですか?」


「だな。ただの火球も、極めればこれくらいになる」


 そう説明するとハーモニアは、

「さすがはカイト先生です」

 と、賞賛した。


「褒めるのは相手が燃え尽きてからにしてくれ」


 たぶん、これで仕留められるはずであるが、想像の斜め上を行く、という展開もある。


 たとえば今回の刺客が用意したこのトレントの内側に、びっしりと古代魔法(ルーン)文字が刻まれていたとしたら、


 あるいはこの巨木が俺と同じ歳ぐらいの千年樹だとしたら、

 この程度の火力では燃やし尽くせないかもしれない。

 そう懸念したが、それにはハーモニアは懐疑的のようだ。


「まさか、カイト先生以上の魔術師がこの世に存在するとは思えません」


「存在するよ。たとえばこの学院の理事を務めている赤毛の魔女とか」


 それに彼女と同等とされる残り五人の大賢者も数に加えなければならない。


 あるいはこの世界は広く、俺のように隠遁し、その実力を隠している賢者もいるかもしれない。


 自分が世界最強と言い張るほど、俺の知能は劣化していなかった。

 そこまで増長していなかった。


 ただ、もしも今回、裏で糸を引く人物が大賢者に匹敵する力を持っていたとしても。


 あるいは大賢者その人でも。

 一歩も後を引く気はないが。 

 娘を守る。

 その友人も守る。

それは俺にとって息をするのと同じくらい当たり前のことだった。


 そんなふうに思いながら火球の魔法をトレントに浴びせ続けたが、均衡は突然破れた。


 巨大な火球を両手で受けとめ、本体への延焼をかろうじて防いでいたトレントの腕がぼきりと折れる。


 乾いた音が辺りにこだました。


 それと同時に火球がトレントの本体に着弾すると、トレントは大きく燃えさかった。


 どうやら俺は勝ったらしい。 

 真っ赤に燃え上がり、白い煙をあげている巨木を見てそんな感想が生まれた。


 声帯がないトレントは悲鳴こそ上げないが、激しくのたうち回り、やがて動かなくなった。


 ただの木片へと戻った。

 それと同時に森を覆っていた精霊力が元に戻る。

 穏やかな森の時間が戻る。

 森を支配していた精霊使い、あるいは魔術師が立ち去ったのだろう。

 もはや勝ち目なし、そう見切りを付けたに違いない。

 賢い人物であるが、彼は気がついているのだろうか?

 この賢者カイトに喧嘩を売ってしまった愚に。

 そしてそのローブの内側に追跡用の昆虫型の使い魔がへばり付いていることに。

 ともかく、俺は勝利し、娘の友人であるイスマを救うことに成功したようだ。

 そのことを形にするかのように娘が俺の胸に飛び込んでくる。


「お父さん!」

 と。


 最初は戦闘に怯えていたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 単純に俺が活躍している姿を見れたのが嬉しいらしい。


「前回は、ハーモニアと逃げたから、お父さんが戦う姿を見たことがないの」


 娘はそう主張する。

 たしかに娘に戦う姿を見せるのは初めてかもしれない。

 気になるので、一応、尋ねてみる。


「魔法を使うお父さんの姿はどうだった? 野蛮じゃなかったか?」


 娘は心優しい子だ。あるいは失望させてしまったかもしれない、と危惧したが、それは杞憂だったようだ。


 娘は大きくかぶりを振ると、こう言った。


「ううん、そんなことないよ。うちのお父さんは世界一格好いいよ!」


 興奮気味にそう言うと再び俺を抱きしめてくる。

 どさくさに紛れてハーモニアもやってくる。

 彼女も俺に抱きつく。


 こちらは子と親というよりも小さな恋人という感じだったが、まあ、行きがけの駄賃だ。ついでなのでそのまま放置していると、少し離れた場所でぽつんと一人立っている少女がいた。


 いや、少年か。

 イスマは俺のクラスの生徒ではないが、学院の生徒だ。

 それに娘の友人でもある。

 仲間はずれにするのは可哀想であった。

 手招きをすると、ついでにイスマも抱きしめた。

 最初は戸惑い、頬を染めるイスマだったが、すぐにその身をゆだねてくれた。


 この姿を見たら、師匠やクロエはまた不名誉な呼称をくれそうだったが、気にならなかった。

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