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お姫様抱っこ

 俺が少女たちに警戒をするようにうながすと、一同を代表してフィオナが尋ねてきた。


「……お父さん、また怖いことになるの?」


「ならないさ」


 と、即答する。娘を安心させるためでもあるが、事実でもあった。

 どんなことがあっても娘は守る、それは既定の未来だった。

 次ぎに尋ねてきたのはハーモニアだった。


「……またわたしが狙われているのでしょうか」


 声に張りがない。

 先日の一件を負い目に感じているようだ。

 自分のせいでフィオナを危険な目にさらしてしまったことを悔やんでいる。

 そんな瞳をしていた。

 俺は娘の親友にいった。


「それはまだ分からないが、ハーモニアが気にするようなことじゃない」


 事実である。ハーモニアはただの被害者であって、悪びれなければいけないのは加害者の方だった。


 世間では被害者にも落ち度がある、という自己責任論が蔓延しているが、そんな論調を声高に叫ぶ人間はクズだと相場が決まっていた。


 俺の言葉が効いたのだろうか、ハーモニアは表情を取り戻すと尋ねてきた。


「前回もそうですが、今回もよく犯人は学院に潜入できましたね」


「そんなに難しいことじゃないよ」


 と、説明する。


 先日のハーモニア襲撃事件からも分かるとおり、この学院の警備はなかなか厳重だ。


 内部に大軍を送り込むことは難しい。

 ただ、内部に人を送り込むことは不可能ではない。


 この巨大な学院は、ちょっとした都市規模で、出入りするのは学院の関係者だけではないからだ。


 購買部にものを搬入する業者。

 食堂で食事を作る料理人、それを配膳する給仕。

 掃除をする人間や補修修繕をする人間、あらゆる人物が出入りする。


 無論、ちゃんとした業者に依頼し、身元を確認するが、まさか全員の素性を精査するわけにもいかない。


 おざなり、といえばおざなりだが、警備体制にも限界がある。


 賊の一人や二人くらいならば侵入できる。そう思っておいた方が賢明というか、現実的だろう。 ゆえに娘やハーモニアにはいつでも連絡が取れるよう、あるいは居場所が確認できるように魔石を持たせているのだが、その魔石はイスマにも持たせなければいけないのかもしれない。


 どうやら今回の襲撃者の目的は、フィオナやハーモニアではなく、イスマのようだ。


 なぜ、分かったのかといえば、森の精霊が狙いを定めたのがイスマだと分かったからだ。


 木々の梢は、根は、生き物のように蠢き出すと、触手になり、イスマに襲いかかってきた。


 触手はイスマの足に絡みつき、彼を180度回転させ、空中に吊し上げる。

 スカートをはいているので下着が丸見えになるかと思ったが、残念ながらイスマは必死でスカートがはだけないようにしていた。


 男物の下着を着けているのか、女物の下着を着けているのか、解明できない。

 残念に思っていると横から叫び声が聞こえる。


「イスマ!」


 と叫ぶフィオナとハーモニア。

 友人が危険な目にあっているのだから当然といえば当然の反応だ。

 俺は彼女たちを安心させるため、《鎌鼬(かまいたち)》の魔法を唱える。


 斬撃に変換された俺の魔力は、まっすぐに飛び放ち、容赦なく木の枝を切り裂いた。


 触手から解放されたイスマは、当然落下をするが、地面に打ち付けられることはなかった。


 地面に叩きつけられそうになる瞬間、《飛行》の魔法をかけたからである。

 青白く光るイスマの身体は、重力から解放され、宙にぷかぷかと浮かんでいた。


「す、すごい」


 とはハーモニアの言葉である。


「賢者クラスの魔術師でないと、こんなに流れるように魔法を解き放てません。カイト先生は本当に第4階級の魔術師なんですか」


「書類上はな」


 そう言い切ると、俺は手のひらに魔力を込め、宙に浮かんでいるイスマをこちらに引き寄せた。


 計らずともお姫様抱っこの形になる。

 頬を染めるイスマ。


 その体重の軽さもあって、本当に女の子のように思われたが、文句を言う人物がいた。


「ずるいです。イスマをお姫様抱っこするなんて」


「ハーモニアには先日しただろう」


 そう返答しようと思ったが、その時間もなかった。

 触手の第二陣がきたからである。


 それ以上抗議することもなくハーモニアも風魔法を放ち、触手を切断しようとしたが、彼女の魔力では小さな梢を折るので精一杯のようだ。


 俺は怯えるイスマをフィオナに託すと呪文の詠唱を始めた。


 フィオナは「お父さん頑張って」そう口にすることもなく、両手でイスマの手を握りしめていた。


 震えるイスマを勇気づけていた。

 あるいはこの場にいる人物で、我が娘が一番の勇者なのかもしれない。

 娘の他者を思いやる心は、贔屓目なしで立派なものだった。

 そんなことを思いながら、《風刃の嵐》の魔法を唱える。


 この量の触手をいっぺんにさばくにはそれくらい強力な魔法が必要だと思ったのだ。


 この魔法は風の刃を文字通り嵐のように解き放つ魔法だ。

 禁呪魔法に指定されている。

 並みの魔法使いには唱えることができないし、伝授も禁じられていた。

 ハーモニアはまたも驚愕する。


「……禁呪魔法なんて初めて見ました」


 開いた口がふさがらない、そんな表情でつぶやく。


「もはやすごいともいいませんし、先生が第4階級の魔術師だなんて信じませんが、これだけは言わせてください」


 と、前置きすると、

「先生はいったい何者なんですか?」

 と――。


「前にもいったろ。ただの研究馬鹿の魔術師だよ。それに君の担任にして、フィオナの父親だ。それが俺にとって全てだよ」


 だからこのようにして生徒に降りかかる火の粉を払いのけるのだ。

 心の中でそうつぶやくと、次々と触手を切り裂いていった。

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