娘の親友イスマ
この少年とならば問題は起きまい、そう思った俺は家に帰ろうと思ったが、そうそう都合よくいかなかった。
娘とその親友に引き留められたのだ。
フィオナ曰く、
「お父さんとわたしは離れられない運命なんだよ」
と、手を握りしめ、
ハーモニアいわく、
「カイト先生と私はそういう宿命なんです」
と、腕を引いた。
両手に花とはこのことであるが、目の前にはさらに美少女がいる。
いや、美少年か。
女装をした少年、イスマイール少年は楽しげな表情でこちらを見ていた。
出会ったときの儚げな表情が嘘のようにその瞳には生気が満ちていた。
なにがそんなに楽しいのだろうか。
気になったので聞いてみる。
イスマイールは正直に答えてくれた。
「とくに深い意味はないのですが、なんだか聞いていた通りの人だったので」
なんでも三人が集まると、二人はいつも俺のことばかり話しているとのこと。
フィオナの言葉によれば、俺は最高の父親で、この世で一番優しい父親らしい。
こそばゆくもあるが、ありがたい言葉であった。
一方、ハーモニアも常にべた褒めらしい。
いつもは語彙が豊富で理知的なハーモニアも、俺に対しては、
かっこいい、
すてき、
嫁ぎたい、
などとしか言わないらしく、いったい、カイト先生とはどのような人物なのだろう、と興味を抱いていてくれたようだ。
「どちらも過大評価の見本だったろう?」
俺はそう言ったが、イスマは首を横に振る。
「そんなことありません。先生と実際に逢って、フィオナとハーモニアの言葉が正しかったと実感しています」
「だといいのだけど」
「フィオナとハーモニアは言っていました。先生は常に公平な視点で物事を見てくれるって。だからボクみたいな変な子にも普通に話しかけてくれるし」
「変な子?」
「ボクって変じゃありませんか?」
「いや、とくに」
「でも、クラスではたまに女々しいっていじめられます」
「男女、両方か?」
「はい。男子にはからかわれるし、女子にもいじめられます」
しゅんとするイスマ。
「それはあれじゃないか、君が可愛いからじゃないか?」
「ボクが可愛い?」
イスマは、きょとん、とした顔をする。
どうやら実感がないというか、気がついていないようだ。
「男子ってのは可愛い女の子をいじめたくなるし、女子も可愛い女の子に嫉妬するものさ」
「でもボク男ですよ?」
「でもどこからどうみても美少女だ」
無論、うちの娘の方が可愛らしいが、それでも十分、美少女を名乗っていいほどに目鼻立ちが整っていた。
それにその髪もさらさらとしていて、どこぞの貴族の令嬢でも通用するほどだ。
そう言って褒めたが、イスマはそれほど感銘を受けた様子はない。
「容姿を褒められても嬉しくないです」
「どうしてだ?」
「いくら女の子みたいな見た目でも女の子にはなれませんから……」
「なるほど、ね」
最初から浮かない顔をしていたのはそんなコンプレックスがあったのか。そう思った。
まあ、お家の事情とはいえ、女装させられ、学院に通うというのはやはり普通ではないだろう。似合っているからまだいいが、もしもイスマが筋骨隆々の少年だったら目も当てられない。
イスマは心情を吐露するかのように言う。
「ボクの家はこの国の名門貴族です。特殊な事情で男子が生まれることを好みません」
「それは知ってる。グラニッツ家といえば女将軍の名産地だものな」
帝国の歴史に残る女傑、女将軍の過半はグラニッツ家の当主か、その一族なのではないだろうか。正確な統計を取ったわけではないので分からないが、おおよその目安としては間違っていないはずだ。
そんな女系一族に男として生まれてしまえば、幼少期からさぞ肩身の狭い思いをしたことだろう。
昔、風聞で聞いた話ではあるが、女児を産めなかった正妻が離縁されたとか、生まれた子どもの性器を切り取ろうとした奥方がいたとか、その手の逸話に困らない一族でもあった。
その手の風聞は話半分に聞くようにしているが、このように実際に女装させられて魔術学院に通わされている少年を見ると、その家風は世間の評判通りだと容易に想像できる。
イスマはその心情を吐露するかのようにつぶやく。
「……次に生まれ変わるときは女の子に生まれたいです」
「どうしてだ? 女の子に生まれ変われば、家族に大切にされるからか?」
「それもありますが、女の子に生まれ変わればもう『女装』しなくて済むでしょう」
「女の子ならばスカートをはいても奇異の視線を送られることはない、というわけか」
たしかに道理である。
なかなか上手いことをいう少年だな、そう思ったが、そこを褒めても彼の心はいささかも晴れないであろう。
なにか彼に協力できないだろうか。
そう首をひねったが、たかだか千年生きた賢者には良案が浮かばなかった。
ならば1200年生きた魔女はどうだろうか?
そう思い鮮血の魔女の顔を思い浮かべる。
「師匠ならばイスマの悩みを解決してくれるだろうか……」
ぼつり、と漏らしたが、案外、妙案かもしれない。
そんな考えが浮かんだ俺は周囲を見渡した。
木々の梢に梟がとまっていないか、確認した。
その姿を不審に思った娘が尋ねてくる。
「どうしたのお父さん、きょろきょろして」
「いや、こういう展開になるといつもあの梟がくるから」
「あの梟ってオルバのこと?」
「そうだよ」
しかし、いくら見渡しても梟はいなかった。
少し落胆する。
「まったく、向こうの都合の良いときにしかこない人だな、あの人は」
そうため息を漏らしたが、そのため息もすぐにとまる。
異変に気がついたからだ。
「風がとまっている?」
と、つぶやいたのは娘だった。
先ほどまで吹いていた心地よい風が途切れていた。
精霊の息吹をまったく感じられなくなったのだ。
否、特定の精霊の力は増しているようにも思われた。
樹木に宿る精霊、ドライアードの力が異様に増しているように感じられた。
木々が活性化し、森全体がざわめいていた。
不穏な空気を感じ取ったフィオナが俺の側に寄り添ってくる。
俺は娘の肩を抱きしめると、警戒を強めた。
ついでハーモニアとイスマにもこちらにくるようにうながした。
ハーモニアは俺の真剣な表情を察し、従ってくれる。
イスマも俺を信用してくれているようだ。黙ってこちらの方に近づく。
素直な二人に感謝したいところだったが、俺は心の中でぼつり、とつぶやいた。
(さて、またトラブルに巻き込まれたみたいだが、誰関連のトラブルかな)
フィオナを見る。娘はホムンクルスだ。
その存在は最優先機密事項で、その正体が露見すれば、帝国や聖教会が目の色を変えて狙ってくるだろう。
ただし、今のところその情報を知っているのは、俺とクロエ、そして師匠、その三人だけだった。
どの人物も容易に口を割らないし、正体が露見することはそうそうないだろう。
ならば残りの二人、となるが。
ハーモニアを見る。彼女は魔族の血を引くものだ。
先日、血盟師団という過激派に襲われた、という実績もある。
彼女を魔族の末裔として研究対象にするか、あるいは魔王復活の生け贄とするか。定かではないが、魔族の血筋の使い途はいくらでもある。
先日の一件は内々に処理し、ハーモニアの出生の秘密はばれていないはずであるが、一度ばれたのだ。二度三度ばれることはありえた。
あるいは、と、イスマを見る。
イスマイール・フォン・グラニッツ。
帝国貴族。それも侯爵に列する名門貴族の子息。
グラニッツ家の男子に爵位継承権はないそうだが、それでも政争の具として、あるいは人質としての価値は計り知れない。
十分、狙われる可能性はある。
「……まあ、どちらを狙っているか、それはこの際どうでもいいか」
と、つぶやく。
裏で小賢しく蠢動する連中など、この際、どうでもよかった。
俺は犯人の浅はかさを笑った。
「どちらを狙うにしろ、場所と時間が悪すぎる」
黒幕は誰だか知らないが、娘がいる場所、しかも俺のすぐ側でことを起こすなど、愚か過ぎた。
黒幕は、その愚かさを嘆くことになるだろう。
そう結論づけると、全身に魔力をみなぎらせた。




