可愛らしい男の子
娘が学院に到着する。
当然、俺も同時に到着する。
娘の行き先はどこであろうか。
リーングラード学院の敷地は広大だ。
公都の外れに建てられているが、その規模はちょっとした街と言い換えてもいいかもしれない。
学院の中には、校舎もあれば、職員棟もあり、実験棟もある。
また馬場や竜舎もあり、馬術や竜使いの鍛錬を行っているものもいる。
魔術学校ではあるが、武術の訓練をするものもいるからだ。
それに魔術師とは杖を握って研究をするだけではない。
中には剣を握り、馬を駆るものもいる。
そういった連中は、魔法剣士などと呼ばれている。
自分の剣に魔法を付与し、それで敵を切り裂くのだ。
あるいは従軍魔術師を目指すのならばそちらの方が重宝され、より早く出世できる、と野心的な生徒はそちらを目指すものも多い。
などと馬場を通り、馬の世話をしている生徒を見ていると、フィオナはその横をするするとすり抜けていく。
どうやら待ち合わせ場所は馬場ではないらしい。
となるとその奥にある『森』が娘の目的地であろうか。
この学院には実験や精霊を集めるために人造湖や森なども用意されている。
人造湖には、
「スワン湖」
森には、
「シギの森」
砂丘には、
「ストーク砂丘」
などという呼称が付けられていたはずだが、そこに行ったことはない。
特におもむく理由を見いだせなかったからであるが、まさかこのような形でやってくるとは思わなかった。
森の中に入ると、思いの外、鬱蒼と木々が生い茂っていて驚く。
「これくらい本格的ならば、森の精霊ドライアードもたくさんいるだろう」
そんな感想が自然と漏れた。
残念ながら精霊魔法は不得手なのでその精霊力を肌で感じることはできないが、シギの森は今にもエルフが現れそうなくらいに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
娘から注意をそらすことなく、森を観察したが、それもわずかの時間だった。
森に入ってから数分、少し開けた場所、木の切り株があり、陽光が射している一画で娘の足がとまる。
そこが待ち合わせ場所である、と察したのは、すぐに見慣れた人物がやってきたからである。
亜麻色の波打った髪を持った少女、ハーモニアがやってきた。
先日、血盟師団を名乗る狂信者から助け出した際、「フィオナのお母さんになりたい!」つまり、俺の妻になりたい、と連日のようにやってくる困った少女だ。
迷惑な少女であるが、その姿を見てほっとした。
少なくとも娘が「男友達」と二人で逢い引きをするのではないと分かったからである。
思わず胸をなで下ろしていると、さらなる変化が訪れた。
新たな人物が登場したのである。
俺は全身の感覚を研ぎ澄ました。特に視覚に注意する。
娘に近づく害虫の姿をこの目に焼き付けようと思ったのだ。
もしかしたらこの賢者カイト、千年の人生において最強にして最大の敵となるかもしれない少年の姿をしかと見た。
白面の貴公子か、それともやんちゃタイプの少年か、あるいは読書好きな温和な少年か。
どのようなタイプかは分からないが、うちの娘に近づくのだから、相当、神経が太いやつだろう。
俺の娘愛は校内に知れ渡っている。
娘に近づく病原体には常にガンを飛ばしているのだ。
その間隙を縫って娘と友達になるのだから、なかなか抜け目がない少年だ。
そう思いながらやってきた人物を注視した。
ただ、すぐに違和感を覚える。
「おや……?」
思わずそう漏らしてしまったのは、やってきたのが女の子だったからだ。
年のころはフィオナとハーモニアと同じくらいだろうか。私服を着ているので分からないが、おそらく同学年であろう。
体格と雰囲気でそれは察することができた。
「やってくるのは男の子だという話だったが……」
そう思いやってきた娘を注意深く観察してみる。
髪の長さは顎くらいだ。綺麗に整えられている。
端整な顔立ちをしていて、美人に分類して良い方だろう。無論、我が娘の方が可愛いが。
そんなふうに娘と見比べていると俺はとあることに気がついた。
「そういえばあの子はどこかでみたことがあるぞ」
というか、学院で何度も見かけたことがある。
フィオナが昼食を食べるとき、あるいは休み時間のときによく話をしている少女だった。
なかなか見目麗しく、またフィオナにお似合いの可愛らしい少女だったので覚えていた。
「……と、すると、今日は例のイスマイール少年はこないのか」
ある意味肩すかしだったが、こないのであればそれはそれで問題ない。
娘が男友達と遊び歩くのはもう少し先で良いだろう。
安堵の吐息を漏らすが、その吐息が最後まで吐かれることはなかった。
フィオナが思いもよらない言葉を口にしたからである。
ちなみに数十メートル先の少女たちの会話が丸聞こえなのは、魔法で聴覚を強化しているからだった。
クロエや師匠辺りが見たら呆れるかもしれないが、そんなことよりも娘が口にした言葉の方が重要であった。
娘はその可愛らしい唇をはっきりと動かした。
「イスマイール、おはよう!」
と、娘はいつものように元気よく挨拶した。
娘の言葉に驚き、辺りを注視する。
無論、娘の周りには少女二人しかいない。
一応、《探知》の魔法で周囲を検索したが、他に人影はない。
半径数十メートルの生命体すべてを感知してみせたが、鳥類が数匹、虫が数百匹いるだけだった。
さらに魔力を込めて、捜索しようと思ったが、それは無駄であろう。
この周囲に、娘のフィオナ、それにハーモニア、イスマイール以外の人物がいるとは思えなかった。
俺は気がつく。
今、娘の目の前にいる少女が、娘と楽しそうに語り会っている少女が、イスマイール本人なのだ、と。
そして改めて思い出す。
帝国貴族、グラニッツ家の家風を。
「グラニッツ家の当主に男子なし」
そういう家訓があることを思い出した。
グラニッツ侯爵家は、代々『女』が当主を務めてきた母系貴族だった。
初代当主は、ノイエ・ミラディン帝国建国のときの功臣の一人で、女傑として名をはせているマリアンヌ・フォン・グラニッツ。
彼女の遺訓により、グラニッツ家の当主は代々、女が務めるのが慣例になっていた。
直系の子孫に女子がいれば、女子が優先的に家督を継承していった。
男子しかいない場合は、一族の娘を妻とし、女児ができることを期待する。
さらにその男子は、成人するまで女子の格好をしなければいけない。
そういう風習があることを思い出した。
「つまり、あの子は、女の子の格好をした男の子、ということか」
改めて爪先から頭頂まで眺めてみる。
どこからどうみても女の子にしか見えないが、ともかく、俺は安堵する。
グラニッツ家の風習が今も変わっていなければ、娘がイスマイールの妻に選ばれることはないだろう。
それにあのような軟弱な子が、娘に手を出すとも思えない。
いや、軟弱は失礼か。
あのように柔和で、大人しい子が娘に求婚する姿は思い浮かばない。
というか、あの子、本当に男の子か?
スカートをめくってたしかめたくなったが、それはやめておく。
風の魔法を使えば造作もないことであったが、そんな願望を口にすれば、我がメイド辺りに変態扱いされるだろう。
それだけは避けたかった。




