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健やかなるときも、病めるときも

 俺がホムンクルスを生み出してから一年。

 その偉業は誰にも知られることはなかった。

 魔術学会にも同胞にも知らせなかったからである。


「つまりカイト様は、この娘を自分の娘として育てる、ということでよろしいですか?」


「ああ」


「世間の好奇の目には触れさせず、普通の女の子として育てるということでよろしいですか?」


「ああ」


「クロエと結婚し、()めるときも、(すこ)やかなるときも、彼女を愛すると誓いますか?」


「いや」


「……どさくさに紛れればイエスといってくれると思ったのに」


 彼女は心底悔しがると、表情を取り戻した。


「真面目な話になりますが、クロエはあるじ様の決断を支持しますわ。この子はホムンクルスですが、まるで人間の赤子のように可愛い。こんな子を育てられるのは幸せ以外のなにものでもありません」


「そうだな。しかし、問題がひとつだけある……」


「問題などありますか?」


 クロエは首をひねる。

 この機械人形、本当に気がついていないのだろうか。

 カイトは最大の問題点を指摘した。


「この子の成長速度、おかしくね?」


 一年ほど前まで赤子だった少女を見つめる。

 彼女はこの一年で5歳児ほどの大きさまで成長していた。

 いや、大きさだけではない。その知能も5歳児以上だった。


 すでに言葉は話すし、そこら辺を駆け回る。クロエのことはお母さん(と無理矢理)呼ばされているし、俺のことは「お父さん」と呼ぶ。


 俺の書斎に入っては絵本代わりに魔術書を読んでいた。

 クロエはその光景を目にして表す。


「乳離れが若干早いような気がしますが、普通ではないのですか?」


「普通じゃない。一年じゃ普通、言葉もしゃべらないよ」


「そういうものなのですか? クロエは機械人形なのでよく分かりません。ただ、あるじ様に作って貰おうと思った授乳機能が不必要になったことだけは分かります」


「お前はそんな機能を俺に作らせようとしていたのか」


「だってお母さんなのですから、自分の乳で育てたいじゃありませんか」


「フィオナはお母さんだって認めてくれていないぞ」


 フィオナを見る。彼女は書斎の机の端に隠れ、こちらを見つめていた。


「クロエはわたしのおかーさんじゃないよ……」


 熊のぬいぐるみを抱きしめながらそう言う。

 ちなみに俺のことはちゃんと「おとーさん」と呼ぶ。これは人徳の違いだろうか。

 それともフィオナは賢い娘で、クロエが人間ではないと感じ取っているのかもしれない。

 クロエは若干気落ちしているが、それでもフィオナが愛しいようだ。

 いや、錯乱しているようだ。


「やはり自分の乳で育てなかったのが原因でしょうか? 今からでも間に合うかも……」


 メイド服の上半身をはだけさせた。

 彼女の頭を軽く叩く。


「痛いです。なにをされるのですか、あるじ様」


「そんなぺったんこな胸を出しても乳はでない。それにこの子はもう授乳期を過ぎた。離乳食さえいらん」


 ちなみにフィオナは山羊の乳と、近所の農家の女の乳で育てた。金を払い譲って貰ったのだ。


 彼女はホムンクルスであり、その成長速度は異常であったが、その食性、嗜好性、行動、能力などは極々普通の少女だった。


 いや、能力や知性は普通の人間よりも上かもしれない。


 自分が5歳児だった頃のことを考えれば、彼女の聡明さは特筆に値する。


「しかし、このまま成長すれば、2年後には10歳、3年後には15歳、4年後には20歳になってしまうのだろうか?」


「かもしれませんね。すくすく育つのはよいことです」


「すくすく過ぎるぞ。このままだとあっという間に老化して死んでしまうんじゃ……」


「なるほど、そういう可能性もありますね」


 フィオナを娘として育てる決心をしたのだ。

 人間である以上老いは避けられないにしても、たったの十数年で死なれたら困る。


「あるじ様、この子にも不老不死の法を施すことはできないのでしょうか?」


「できない」


「どうしてですか? この子がホムンクルスだからですか?」


「それもある。不老不死の法は自分にはほどこせても、他者にはほどこせないんだよ」


「なるほど。そう簡単に使えたら、この世界は人で溢れかえってしまいますもんね」


「その通り。それに仮にできたとしても安易に不老不死の法は使いたくない」


 不老不死。それはすべての人間の夢のように聞こえるが、実際になってみればそんなにいいものではない。(まだ完全な不死の法は達成していないが)


 それに人間、千年も生きれば飽きがやってくるし、自分よりも若い人間が次々死んでいく様を見るのは、寂寥感(せきりょうかん)を飛び越して、虚無感さえ覚えることがある。


 自分の娘にそんな人生を歩ませたくはなかった。

 実際、俺の師匠筋に当たる賢者はいう。


「人間、長生きはするものでないな、カイトよ。何千年も生きるということは何千年も苦しむ、ということだ。何千年も人間の愚かな歴史を見守るということだ。それに何百回も自分よりも若いものの死を看取り、そのたびに香典まで出さなければならない。そして自分が死んだときに帰ってくる香典の量はびっくりするくらい少ない。友人は皆、死に絶えているからな。何千年も生きるということはそういうことだ」


 師であるシーモアはそう言っていた。

 俺もほぼ同意見である。フィオナを不老不死にするつもりはなかった。

 普通の人間として暮らし、普通に結婚をし、普通に子供を産み、普通に死んで欲しかった。

 魔術師や賢者などというやくざな職業には就いて貰いたくない。


「普通に結婚ですか……。この子の花嫁姿。さぞ美しいのでしょうね」


 クロエは考え深げに言う。


「そうだな」


 肯定し、俺もその姿を想像する。

 森の中にある白亜の教会。そこに集まる列席者。

 花嫁の父親は大賢者の衣服を身にまとい、その横には減らず口をたたくメイドがいる。

 一方、花嫁は森の精霊のように美しく、その白いウェディングドレス姿は、半神的なまでに美しい。


 その横にいる花婿もまあまあ美形だ。さすがは我が娘が選んだだけはある。性格も良く、そこそこの収入を稼ぐ、木訥(ぼくとつ)な青年で――


「って、なんかそんなことを考えていると胸がむかむかしてきたぞ!」


 てゆーか、なんでこんなに可愛らしい娘を嫁に出さねばならないのだ。

 しかもどこにでもいるような普通の青年に。

 憤慨する。

 それに呼応するように娘が近寄ってくる。


 フィオナはこちらの方に駆け寄ると、俺の足にぎゅっと掴まり、


「フィオナはおとーさんのお嫁さんになるの!」


 と、いじらしく抱きついてきた。


 その様を見ると全身の力が抜けるような多幸感を味わう。

 俺のだらけきった顔を見て、クロエはくすくすと笑い声を漏らす。


「まだこんなに小さいうちからこの様子じゃ。もしも、何年か後、フィオナ様が婚約者を連れてきたらどうなるのでしょうか」


 想像してみたが、あまり素敵な未来図は浮かばなかった。

 血みどろになる婚約者、悲鳴を上げるフィオナの姿が浮かぶ。

 もしもそんな事態になったら、全力で俺をとめてくれ。

 クロエにそう頼むが、彼女はむげに断る。


「カイト様のような大賢者をとめることなんてクロエごとき機械人形には不可能です。もしも頼まれるのであれば、お師匠様のシーモア様に頼んでくださいまし」


 彼女はそう断言するが、冷静に考えればそれしか方法はないのかもしれない。


「……まあ、それは冗談として、一度、師匠にこの子を見せに行くか」


「クロエとの愛の結晶をお師匠様に見せられるのですね」


 クロエは目を輝かせるが、それだけは違う、と断言できた。


「この子の成長速度の件だよ。師匠ならばこの子の成長についてなんらかの見解を示してくれるかもしれない」


「ですが、この子の出生は誰にも知らせないのではないのですか?」


「師匠ならば口が堅い。知らせても大丈夫なはず」


 師であるシーモアは俺の魔術の師であり、この世界で数少ない大賢者の称号を持つ。


 まだ、生命の真理――、つまりホムンクルスの創造には成功していないが、俺よりも何百年も長く生きており、また、完璧に近い賢者の石の生成にも成功したことがある人物だ。きっとなんらかの知恵を授けてくれるだろう。


 そう思った俺はクロエに命じて旅支度をさせる。

 クロエはうやうやしく頭を垂れるが、こう尋ねてきた。


「フィオナ様もお連れになるのですか? 使者を立ててシーモア様を呼び出すこともできますが」


「師を呼び出すほど偉くないよ。それにフィオナにも外の世界を見せるいい機会だ。シーモアの屋敷まで旅をしよう」


 そう言い切ると、クロエは表情を崩す。

 どうやら皆で旅ができるのが嬉しいらしい。

 つられてフィオナも笑顔を見せる。


「わーい、おとーさんとおでかけー!」


 クロエは、


「おかーさんも一緒です」


 そう付け加えるが、彼女は意地でもクロエを母とは呼ばない。


「クロエとも一緒~」


 フィオナはそう言うと、さして広くもない屋敷を走り回った。

 クロエはやれやれ、と彼女の後ろを追い、旅支度を始める。

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