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父親の心配ごと

 さて、娘がシャンプーハットを使わずに頭を洗えるようになった頃、問題が起こる。


 大問題である。

 それは先日の学院襲撃事件よりも大きな問題であった。

 娘に新たな友達ができたのである。

 俺はリビングを忙しなく歩き回ると、その対応に忙殺された。

 ぶつぶつと念仏のようにつぶやく。



「教師権限で放校にさせるか?」


「あるいは大人の力を見せつけて二度とフィオナに近づかないように脅すか」


「もしくは呪いをかけてフィオナの半径3メートルに入ったら腹痛を起こすように」



 などと物騒なことを言っていると、クロエがこちらにやってきて、大きく吐息を漏らした。


「あるじ様、なにを物騒なことを呟いているのですか?」


「お前には読心術の機能は付けていなかったはずだが」


「そんなものは不要ですよ。声に出ていますから」


「まじか。気がつかなかった」


「幸いとフィオナ様には聞こえていないようですが」


 と、クロエはリビングのソファーで本を読んでいる娘に視線を向ける。

 娘は児童向けの冒険小説を読んでいた。

 魔法使いが大活躍する話だ。

 鼻歌交じりに上機嫌に読んでいる。


 娘に俺のつぶやきが届いていなかったことに安堵すると、クロエを自分の書斎に連れて行く。


 書斎にやってくると、クロエは理由を問うてきた。


「あるじ様、なにをそんなに苛立っているのです」


「聞いてくれ、クロエ。大変なんだ。娘に友達ができたんだ」


 その言葉を聞いてクロエは、ぽかん、と口を開ける。


「あるじ様、フィオナ様に友達ができるのはいいことではありませんか。なぜ、そんなに慌てているのかわかりません。そもそも、この学院にやってきた理由のひとつに、同年代の友達が作れる、という理由もあったではありませんか」


「たしかにあったさ」


 それには同意する。


 俺がこのリーングラード校の教師になったのは、フラスコの中の小人、ホムンクルスである娘を、帝国や聖教会から守るためでもあるが、それ以上に同世代の子供たちと触れ合いさせたかったから、という側面もある。


「ならばその目的に合致しているではありませんか」


 クロエは不思議そうに問うた。

 俺はその問いに答える。


「もちろん、その通りだが、俺はフィオナに男友達を作らせるためにこの学院に入学させたわけじゃない」


 

 それは心の叫びであり、慟哭でもあった。


「もしかして、フィオナ様が作られた新しい友達というのは、男の子なのですか?」


「もしかしなくてもそうだ。女の子ならこんなに慌てるものか」


「ちなみにどこでそのような情報を」


「ハーモニアから聞いたんだよ。最近、男の子と三人で遊ぶことが多くなったって」


「あらあら、まあまあ、ならばそれが真実なのでしょうね」


 と、クロエは機械人形のように冷静に言った。

 俺は嘆く。


「ああ、くそう、まさかこんな日がやってくるなんて。畜生、こんなことなら女子校に入学させるべきだったか」


「女子のみの魔術学院などありませんが」


「なければ作ればいい。いや、今からでも遅くない。学院長に直訴してこの学院から男を追放してもらおう」


 学院長に面談するため、外出用のローブを取るように命じるが、忠実なメイドはローブを渡さない、それどころか微動だにせずこう言った。


「あるじ様、この世界には、どんな大賢者にも不可能なことがあるのですよ」


「ホムンクルスを創造し、感情を持った機械人形を作り出した俺に不可能があると思うか? 300年ほど前、男だけが悶絶するほど苦しむ秘薬の開発をしていたことがある。それをガス状にして学内にまけば、男子は自主的に退学していくんじゃないだろうか」


「それではあるじ様も登校できないではありませんか? それにそんなことが露見すれば、首になりますよ」


「それで娘を守れるのならば安いものだ」


 と、言ったが、よくよく考えればクロエの言葉の方が正しい。娘と離ればなれになるのは本意ではない。


 その作戦は保留しておくべきだろう。


 もっと実験を重ね、うちの娘に群がる小蠅のみ効果を発揮できるよう調整しよう。


 そんなことを考えていると、クロエが牽制してくる。

 彼女は、ため息をつきながら言った。


「ボーイフレンドができただけでこのざまですか。もしも、フィオナ様が恋人を連れてきたときは、血の雨が降りますね、きっと」


「………………」


 そうならない、とはとても約束できないので、沈黙によって節度を守ると、俺はクロエに相談する。


「さて、クロエよ」


「なんでしょうか? あるじ様」


 クロエはきょとんとした瞳をする。


「頼みたいことが二つほどある」


「あるじ様の願いならば、ドラゴンの舌でも引っこ抜いて参りますわ」


 とは、クロエの言葉だったが、事実、彼女ならばそれくらいのことはするだろう。

 成功するかどうかは別にして。

 ただ、俺は長年尽くしてくれたメイドにそんな無茶な要求はしない。

 彼女にした要求は単純なものだった。

 指を1本、突き立てながらクロエに宣言する。


「ひとつ、新しくできた男友達の名前が判明したら、素性や素行を調査してくれないか?」


「あるじ様がそのボーイフレンドに危害を加えないと約束してくださるのならば……」


「危害とは身体的な意味でか? それとも精神的な意味でか?」


「両方でございます。愛娘に嫌われて途方に暮れるあるじ様の背中は見たくありませんから」


「……ならば約束しよう。その男友達には危害は加えない」


 当面はな、と口の中でつぶやく。クロエには聞こえないように。

 しかしそれでも俺の表情から、なんとなく察しているようだ。

 微妙な表情をしながらこちらを見つめている。


 ただ、それでも最終的には納得してくれて、あとでさりげなく聞き出してくれると約束してくれた。


 さすがは我がメイドである。

 話が分かることこの上ない。


「わかりましたわ。もしも、名前が分かりましたら、フィオナ様にどのような人物かさりげなく尋ねてみます。して、二つ目の願いはなんなのですか?」


 クロエは尋ねてくるが、あるいはそちらの方がより切実な問題なのかもしれない。

 だが、こちらの方が簡単に実行できる願いでもあった。

 俺はメイド服を着た少女に向かって宣言した。

 いや、お願いした。


「すまん、そのボーイフレンドという呼称はやめてくれ、はらわたが煮えくりかえる」


 俺がそう言うと、クロエは本日、一番呆れた表情をした。


 一応、「わかりましたわ」と願いは聞き届けてくれたが、彼女は念を押すようにこう言った。


「いいですか、はじめてできたボー……、いえ、男友達ですからね。あるじ様が難癖を付けて二人の関係にひびを入れてしまったら、本気で嫌われるはずです」


「……肝に銘じておくよ」


 そう言い残すと、俺はクロエがフィオナの部屋へ行くのを見送った。

 その姿はとても賢者と呼ぶことができないものであろう。

 ただただ、娘の未来を心配する一人の父親でしかなかった。

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