幸せな生活
まだハーモニアの身に危険があるかもしれない。そう思った俺は彼女を寮まで送り届ける。
その後、娘と自分のために薬草を調合し、胃薬を作る。
清涼感あふれるそれは、とある少女の作った料理という名の毒薬を中和してくれる役目を果たしてくれた。
もしもそれを飲まなければ、俺も娘もクロエがそそいでくれたホット・チョコレートを飲むことさえ適わなかっただろう。
そんな感想を漏らすと、珍しく娘も同意してくれた。
「そうだね。ハーモニアには悪いけど、ハーモニアの料理は食べ物じゃないの。薬なの。あれは……」
と苦笑いを漏らす。
薬とは薬効のあるものを指す言葉なのだが、まあ、そういうことにしておくか。
娘の親友には多くの欠点があったが、それ以上に長所もあった。
だから娘は彼女のことを気に入り、友達にしたのだろう。
その友人をあしざまに言うのはためらわれた。
ただ、ひとつだけ尋ねて起きたいことがあった。
俺は娘に尋ねる。
「ところでフィオナ」
「なあにお父さん?」
見上げるように視線を伸ばす娘。
「ハーモニアをお母さんにするかはともかく、フィオナはお母さんが欲しいと思わないのか?」
娘は自分のあごに人差し指を添える。
少し考えるような素振りをすると、こう言った。
「分からないよ。でも、少なくともハーモニアをお母さんと呼ぶには抵抗があるかな」
「そうだな。同級生をお母さんと呼ばせるような鬼畜にはなりたくないな、俺も」
そんな事態になれば我が師であるイリス・シーモアは腹を抱えながら俺をこう呼称するだろう。
「このロリコン賢者め!」
祝儀袋にそう書かれ、金貨を65枚渡されるに違いない。
それだけは避けたかった。
そんなふうに思っていると、娘は俺の腕にしがみついてくる。
「でも、わたしはお父さんが結婚したいなら反対しないよ」
娘は言い切る。
「わたしはお父さんが幸せになるなら、それが一番だと思ってるの。もしも、ハーモニアのことを好きになったらそれでもいいし、クロエのことを好きになったらそれでもいいの。万が一、イリス伯母様と結婚するようなことになっても反対はしないよ。ううん、むしろ祝福するよ」
「師匠の場合は万が一なのか」
思わず苦笑してしまうが、それが彼女の本音だろう。
俺が永遠に17歳の魔女だけは絶対にあり得ないな、と冗談めかしても、娘は真剣な表情を崩さなかった。
ともかく、娘は俺の自主性と幸せを尊重してくれるようだ。
ならばせいぜい幸せにして貰おうか。
そう思った俺は娘に頼み事をする。
さりげない口調で言った。
「じゃあ、今夜はお父さんのベッドで寝て貰おうかな。久しぶりに寝相の悪い娘に蹴飛ばされながら眠りたい」
俺がそう言うとフィオナは軽く怒る。
「わたしは寝相、悪くないもん!」
と。
だが、すぐに自分の部屋に行くと、枕と熊の人形のユーノ、それに絵本を持って戻ってくる。
「熊の人形はともかく、学院生になって絵本か?」
「学院生になったからこそ絵本だよ」
「その心は?」
「もっと大人になったら、お父さんは一緒のベッドで寝てくれなくなりそうだから。今のうちに一杯甘えるの!」
彼女はそう言い切ると、その場でネグリジェに着替え、ベッドに飛び込んだ。
その姿を見て、
「やれやれ、まだまだ子供だな」
と、吐息を漏らす。
しかし、その吐息は幸せに満ちていた。
淑女としてのつつしみに欠ける行動であったが、彼女もいつか大人になるのだ。
そのときこそ、娘は一緒に寝てくれるどころか、思春期の娘らしい行動を取るだろう。
2年後か、3年後かは分からないが、必ずいつかそんな日がやってくる。
父としては悲しいことであったが、親としては喜ばしいことであろう。
いつか娘にそんな日がくることを願いながら、あるいは娘の成長を夢見ながら、娘に絵本を読み聞かせた。
幸せというのはこのような日々を指すのかもしれない。
この家には血が繋がっている人間は一人もいないが、絆で繋がった家族ならばたくさんいる。そしてその数は今後もどんどん増えることだろう。
それは予言でも願望でもなく、事実でしかなかった。
娘と接しているとそれがどれだけ有り難いことなのか、心の底から実感できた。
第一章完結です。
引き続き第二章をお楽しみにください。
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