娘のためならば狂信者でもぶち殺す †
†(複数視点)
リーングラード一の駄目教師、給料泥棒、そんな陰口を叩かれていた男が豹変した。
生徒の前ではやる気がなく、あるいはただひたすらに優しかったあのカイトが、悪鬼のような顔で次々と狂信者を倒していった。
ハーモニアはその光景を離れた場所から見守っていた。
「す、すごい……」
そんな陳腐な台詞しか口から出てこなかった。
狂信者、『血盟師団』を名乗る連中は、数分ごとに数を減らしていった。
1分ごとに骨を折られ、3分ごとに気絶していった。
狂信者が弱すぎる。
――わけではないと思う。
少なくとも狂信者は弱兵ではない。
この学院の警備兵は、山岳国家のリヒテン公国からの傭兵が中心だった。
リヒテン公国に弱兵なし、とは慣用句になるほど昔からある言葉で、そのリヒテン公国の警備兵と互角以上に戦っていたのだから弱兵ではなく、強兵と認識すべきだった。
実際、狂信者たちは全員魔術師で構成されていた。
さらに無詠唱で攻撃魔法を唱え、自身の武器に魔法を付与できるような魔法戦士ばかりだった。
魔術大国のこのリーングラードでも、魔法剣士だけで部隊を作ることなど困難だった。
つまり、敵はそれくらい用意周到に強者を選別し、この襲撃に及んでいるのだ。
「なぜ、自分のような小娘一人を誘拐するためにそこまで?」
と思わなくもなかったが、それよりもそんな狂信者たちを軽々と倒す教師の方が気になった。
「せ、先生、先生は一体なにものなんですか?」
カイトは不敵に言う。
「ただの教師だよ。君の担任にして、フィオナの父親だ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう言い切ると、カイトは再び、目の前に現れたゴーレムを駆逐した。
「やれやれ、敵も本気になってきたかな」
と、カイトは言う。
「今まで本気じゃなかったのですか?」
「さっきまで人を襲うことがなかったゴーレムが人を襲い始めている。というか、さすがに攻撃をしたら反撃するようになっているみたいだな」
当たりを見渡せば、学院のゴーレムがこちらに集結しつつあった。
「切りがないから、本丸に向かうことにする」
カイトは言い切った。
「本丸?」
ハーモニアは尋ねてくる。
「この学院は魔術学校だ。階梯の高い魔術師がうじゃうじゃいる。いくら狂信者が精強でも、そのうち鎮圧される」
見ればたしかに混沌を極めていた学院に秩序が戻りつつあった。
カイトの同僚、つまりこの学院の教師たちが反撃に出始めたからだ。
さすがは大陸一のエリート校の教師、その実力は荒事に慣れた狂信者に一歩も引けを取らない。
このまま推移すればやがて彼らに鎮圧されるだろう。
雑魚どもは、であるが。
「問題なのは主力と敵の工作員の方だ。つまり、今、フィオナを確保し、逃亡を図っているやつらだ。そいつらを見つけ出し、捕縛したい。学院の外に出る前に」
「ですが、どうやって彼らを見つけるというのです?」
ハーモニアは当然の疑問をくちにするが、カイトは平然と返す。
「簡単だよ。敵になったつもりで考えればいい」
「悪党の思考法など分かりません」
と、ハーモニアは言うが、こちらは千年も生きた賢者だ。
悪党になったことはないが、悪党が考えることなどお見通しであった。
「そもそも、敵は真正面から突破してきた。内部の手引きがあったにしても、だ。だが、今、正面玄関は警備兵や外部からの救援、それに慌てて駆けつけた教師連中であふれかえっている。俺ならそんなところからは脱出しないね」
「なら、転移装置でしょうか? 転移の間さえ確保すれば、容易に抜け出せます」
「それは最終手段かな。転移の間を使えば記録が残る。それに転移の間の警護は固い。俺ならあえてそこは外す。実際、狂信者たちは内部の手引きがあるにもかかわらず、侵入には転移の間を使わなかった。それはつまり、今回手引きをした人間が転移装置を弄れるほど高位の魔術師ではない、ということだ」
「ならばいったい誰が?」
ハーモニアは当然の質問をしてくるが、カイトは彼女に解答する代わりに、彼女の膝と背中を抱えた。
突然のことにハーモニアは軽く悲鳴を上げる。
「きゃっ」という可愛らしい悲鳴をあげてしまった。
「突然何をされるんですか!?」
「お姫様抱っこだよ」
「お、お姫様抱っこ!?」
顔を真っ赤にし、抗議するハーモニアを無視すると、カイトは《飛翔》の魔法を唱えた。
カイトの勘、そして推測が正しければ、今回、狂信者たちを手引きしたのはあの男のはずだ。
その推測が正しければ、彼はとある場所に向かうはずだった。
そこから脱出し、目的を遂げるはずであった。
そう悟ったカイトは迷うことなくその場所に向かった。
道中、ハーモニアはカイトからとある作戦を耳打ちされる。一方的にして無茶苦茶な作戦だったが、それでもその作戦に従うつもりだった。
ハーモニアは我が儘な娘であることを自覚していたが、それでもカイトの実力と娘を思う気持ちを見せつけられて、その提案を断るほど愚かではなかった。




