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外出不許可

 さて、ハーモニアを守る、という結論に達した俺であるが、なにか特別な采配をするわけでもなかった。


 この学院は警備が厳重だからだ。

 そもそもこの学院は各国の良家の子女や名門魔術師の一族が集まる学院である。

 さらにいえば魔術の最高学府である。


 その学院が狂信者たちに襲われた、となれば恥もいいところで、場合によっては関係者の首が何個か飛ぶ。比喩ではなく実際に。


 学院側もそれを熟知していたし、それに自尊心もある。むざむざと狂信者どもの侵入を許すほどあさはかではなかった。


 広大な敷地は壁で覆われており、その壁を不法によじ登れば立ち所に警備所に通報が行くシステムになっている。


 また鳥などに変化して上空を通過しようとすれば、備え付けられた魔力装置によって打ち落とされるようになっている。


 もちろん、正面からの突破も難しい。正門には常に警備兵がおり、入室する人間のチェックを怠っていない。


 学院内もいたるところにメイド型の機械人形が闊歩しているし、要所要所には守護神のようにゴーレムも設置されていた。


 この警備網をかいくぐるのは大賢者でも難しいだろう、というのが師の言葉だった。


「実際、この学院の警備システムを受注したのは私だしな」


 と、高笑いをあげる魔女の姿を思い出す。

 師匠がそう断言するということは少なくともこの学院にいれば安全ということだろう。


「ならば、ハーモニア様がこの学院からでないようにすればいいのですね?」


 学院の設計図と睨めっこをしている俺にクロエは語りかけてきた。


「そうだな。そうすればなんの問題もないはず」


「ならばハーモニア様に外出不許可の指示を伝えておかないと」


 当然、そんな提案になるが、俺は頭を抱える。


「それが一番なのだが、そうなるとその理由を彼女に伝えないといけないんだよな。なんの前触れもなく、いきなり外出不許可の指示を出すと、いぶかしまれるだろう」


「たしかにそのとおりですね」


 クロエは眉をひそめ、「ううむ」とうなる。

 一生懸命に知恵を絞る姿は可愛らしかったが、彼女の回路からもたらされた解答は過激なものだった。


「いっそのこと事情を彼女に話してしまうというのはどうでしょうか?」


「駄目だ」


 即座に拒絶する。

 理由も添えて。


「ハーモニアは自分のことを人間だと思っている。それに尊敬する祖父の孫だとも。そうではない、と伝えられる勇気は俺にはない」


 特に後者が問題だ。師匠曰く、彼女と彼女の祖父の間には血縁関係はないらしい。

 幼き頃、ハーモニアの祖父が彼女を拾い育ての親となったようだ。

 ハーモニアとは何度も話したが、彼女の祖父に対する尊敬はもはや信仰に近い。

 そんな少女に血縁関係がないことを伝えるのは適切ではないだろう。


「ここは安全が第一だと思いますが」


「ただの雇われ教師としてならな。でも、俺は教師である前に人間だ。それに父親だ。フィオナと同年代の子供を泣かせるような真似はしたくない」


 そう言い切ると、クロエは肩をすくめた。

 ただ、ため息は漏らさずこう言った。


「数ヶ月前までのあるじ様からは絶対に発せられなかった言葉です」


「呆れたか?」


「いえ、逆に惚れ直しましたわ。ちょっと前までの無気力なあるじ様も好きでしたが、子煩悩で正義感に目覚めたあるじ様も素敵です」


「そいつはどうも」


 と、軽く流すと、俺もクロエのように悩み始めた。


「さて、この場合、どのようにするのが適切であろうか」


 と――。


 真実を伝えるのは論外にしても、まずは彼女の外出は制限すべきだろう。

 そうすれば当面の安全は確保できる。


 問題は外出不許可の理由だが、それは適当にでっち上げるか。


「たとえば成績不振で謹慎、とか……」


 自分でつぶやいてそれはないな、と首を横に振る。

 ハーモニアの成績はクラスでも有数、いや、学年でも上位だ。

 無論、生活態度も立派でケチをつける点が一切ない。

 つまり、どんな理由を探してもいちゃもんになるのだ。


「やれやれ、そんなことをすればさらに嫌われるな」


 元々、好かれていないのは承知していたが、これ以上好感度が下がるのはなるべく避けたかった。なにしろハーモニアはフィオナの親友なのだ。できればこれ以上嫌われたくなかった。


 だが、それしか道がないというのならば仕方ない。


 俺は生徒を守るため、娘の親友を守るため、心を鬼にすることにした。


 ……ただし、娘には嫌われたくないので事前折衝をする。


 娘にはあらかじめ事情を説明しておくべきだろう。


 フィオナは休日になるとハーモニアをうちに連れてくることがあったし、一緒に街に出かけることもあった。


 それがいきなりできなくなればその不満感と不信感が俺に向かってくるのは必定だった。

 俺はクロエに命じて、フィオナを書斎に呼ぶよう命じた。

 クロエは俺の意図を察しているのだろう。くすくす、と口元を抑えながら命令に従った。


「さすがのあるじ様も娘に嫌われるのだけはいやですか」


 と俺の心中を暴露した。

 それを丁重に無視すると、娘がやってくるのを待った。

 3分後、フィオナはやってくる。神妙な表情をしていた。


 事情は一切知らせていないが、昨晩から俺たちが漂わせる不穏な空気を肌で感じているのだろう。なにやら大変なことが起きていることは理解しているようだ。


 子供は勘が鋭い、というのは本当だな。

 そんな感想を漏らしながら俺は娘に事情を話した。

 無論、ハーモニアの出生の部分は誤魔化す。

 単純に、ハーモニアはのっぴきならない事情で外出ができなくなること。

 そして危険が身に迫っていることを娘に伝えた。

 娘は即座に理解してくれた。


「分かった。ハーモニアは学院の外にでちゃ駄目なんだね」


 と、厭な顔せずにそう言うと、


「なら、学院になるべく一緒に居て、退屈させないようにする!」


 と、拳を握りしめ、使命を燃やしてくれた。


「そいつは有り難い」


 納得してくれたこともだが、そういう配慮をしてくれたことも嬉しかった。

 翌日、俺はハーモニアを職員室に呼び出すと、理不尽な外出不許可処置を彼女に伝えた。

 厭な顔をされるかと思ったが、彼女は「分かりました」と承知してくれた。

 フィオナが事前に取り持ってくれたのだろう。

 さすがは我が娘だ。俺は娘の聡明さと、ハーモニアの聞き分けの良さに感謝をした。

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