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この子の名前はフィオナ (期間限定ラフ画公開中)

http://14615.mitemin.net/i245620/挿絵(By みてみん)


「この子の名前?」


 メイドの思わぬ提案に驚くが、よくよく考えれば当然のことであった。

 人間には名前が必要だった。


 自分も木の股から生まれたわけではなく、父と母がいて、そのどちらかがカイトなる名前を付けてくれたのだ。


 この子だけ名前を付けない、という理由はない。

 しばし考えると、とある名前をくちにしようとした。


 ――だが、クロエはそれを制する。


「ちなむにホムちゃんとか、ホム子、クルスという名前は駄目ですからね。最初に断っておきますが」


「相変わらず命名に関してはうるさい娘だな」


「当然です。この子の一生が関わっているのですから」


「ホムはともかく、クルスでよくないか? 格好いいし」


「この子は女の子ですよ?」


「女の子が格好いい名前でなにが悪い」


 その言葉を聞くと、クロエは「やれやれ」というポーズで溜息を漏らす。


「相変わらずあるじ様はネーミングセンスゼロですね。クロエを作られたときも、機械仕掛けの人形だから、オートマトンのマトンとか、人形だからドールとかいう名前を付けられるとこでした」


「そういえば必死に反対されたな」


「クロエも女の子ですよ。そんな羊みたいな名前を付けられたら、一生、下界にでれません」


「マトンでも可愛いと思うが」


「あるじ様は、黒い犬にはクロ。三毛猫にはみーちゃんと名前を付けるタイプですよね」


「うむ、そういうタイプだ」


「付ける方はそれが楽でいいですが、付けられる方の身にもなってください。もしもこの子が成長し、将来、自分の名前を他人に聞かれたとき、親がその場の乗りで適当に付けた、などと説明する姿を思い浮かべてください」


「ううむ……」


 腕の中で笑顔を浮かべている赤子に視線をやる。

 たしかにその姿は哀れである。


 たとえば、俺の名前の由来は、俺が生まれたとき、窓の外に(たこ)が上がっているのが見えたからカイトとなった。


 別に自分自身はそれでなんの痛痒(つうよう)も感じていなかったが、この子が大人になったとき、自分の名前の由来が適当だったら悲しむかもしれない。


「たしかにホム子やクルスじゃ可愛そうだな。ちゃんと考えることにしようか」


「さすがはあるじ様ですわ」


 クロエは喜ぶ。


「ちなみにクロエよ。お前の名前はどうやって決まったんだっけ?」


 その言葉を聞いた瞬間、クロエは「あの運命の瞬間を忘れてしまったのですか」そんな非難声明を上げたが、すぐに由来を教えてくれた。


「クロエというのはあるじ様の初恋の女性の名前ですわ」


「そうだったっけ?」


「そうです。あのとき、ちゃんと聞き出しましたから」


(初恋と言われても俺は1000と26歳だしな。よく覚えてないぞ)


 そう言えばクロエの機嫌が悪くなること必定なので、黙っておくことにした。

 さて、クロエの機嫌をこれ以上悪化させないため。

 あるいは腕の中の赤子を安心させるため。

 赤子をクロエに託す。

 そして爆発によって散乱した室内から、本を探し出す。

 古代魔法辞典が目にとまった。

 最初は読んでいる小説から適当に付けようと思ったが、それもはばかられた。

 名は体を表す。

 言霊(ことだま)という概念もこの世界にはある。

 この赤子にはよい名前が必要であろう。


 たとえばクロエのような名前を付ければ、クロエのように皮肉屋で生意気な娘に育ってしまうかもしれない。それだけは避けたい。


 ぱらぱらと辞書をめくる。

 魔法辞典ゆえ、固有名詞が多かったが、適当な名前はなかなか見つからなかった。


 どれも人名に相応しくなく、たとえ人名に相応しかったとしても、どれもいかつく、女の子には相応しくない。


「GとかZとかは除外するかな。濁音から始まるとどうも女の子っぽくない」


 そう結論づけると、Fの項目を中心に探し始める。

 辞典を数ページめくると、指がとまる。


 とある単語が目に飛び込んできたのだ。そこに木片が挟まっており、丁度開きやすいようになっていた。


 その言葉を読み上げる。


「――フィオナ。フィオナか」


 ぼつりと読み上げた単語だったが、その言葉をくちにすると、なんだか不思議な気持ちに包まれた。

 まるで最初からこの子のために作られた言葉のようにぴったりと赤子のイメージと符合した。

 赤子をあやしているメイド、クロエは尋ねてくる。


「あるじ様、そのフィオナという言葉にはどのような意味があるのでしょうか?」


「幸運な娘、という意味だ」


 そう答えると、クロエは珍しく手放しに俺を褒める。


「とても素敵な名前です。カイト様が考えたとは思えない名前です」


「俺が考えたんじゃない。辞書に書かれていたんだ」


「偶然、その素敵な名前が付けられたというわけですね」


「だな。木片が挟まってなかったら選ばなかったと思う」


「それではやはりその名前はこの子に用意するため、古代の魔術師が考えたのかもしれませんよ」


「どうしてそう思うんだ?」


 そう尋ねると、クロエは微笑みながらこう言った。


「だってこの娘は、『フィオナ』と耳元でささやくととても幸せそうな表情をします。この子もこの名前以外、もはや考えられないほど気に入っているのではないでしょうか?」


 赤子を見る。

 たしかに赤子はフィオナという名前をくちにすると、天使のように無邪気に笑う。

 その笑顔を見て思う。

 この子の笑顔のなんと可愛らしいことか。


 千年以上この世を生き、研究に没頭してきたが、この世界に研究よりも、賢者の夢よりも大切なものが存在することを初めて知った。


「フィオナ……」


 再びその名前をくちにすると、決心を固めた。



 この子を育てようと。

 この子を自分の娘にしようと。

 この子を立派な淑女にしようと。



 この子を害するものがいれば、ドラゴンさえ倒してみせよう。

 そう思った。

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