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師匠の依頼

 師匠とオルバと同時に再会しはしゃいでいる娘。

 彼女は夜半までオルバと戯れつつ、師匠にこの三ヶ月のできごとを報告していた。


 曰く、


 このリーングラード公国が良い国であること。

 学院からあてがわれた職員寮が過ごしやすいこと。

 相変わらずクロエの料理が美味しいこと。

 学院で友達がたくさんできたこと。

 その中でもとある少女と一番の友達になれたこと。

 

 それらを次々に、それに元気よく話す。

 師匠もフィオナの言葉にひとつひとつうなずき、娘の話を傾聴していた。


 あの師匠が子供の話を真面目に、真剣に聞く様は、どこか違和感もあり、似つかわしくなかった。


 イリス・シーモアという女性は、鮮血の魔女とあだ名されているとおり、その性格は苛烈にして過激ともっぱらの評判なのだ。


 幼子の話をこのようにとくと聞く姿は、悪魔が聖女に説法を受けているような違和感を覚える。

 ただ、それも最初だけで、娘が梟に優しく語りかける姿はどこか童話のようで微笑ましくもあった。

 できればこのままこの瞬間を凍結して保存しておきたいくらいだったが、それはできない。

 柱時計の針が10時を指さしたからだ。

 フィオナはいつも9時にはベッドに入る。

 俺の家では夜更かしは厳禁だ。

 子供には夢を見る時間が必要、というのが俺の持論であった。

 ベッドの中でたくさん眠り、夢を見て欲しかった。

 昼間は大いに遊び、学び、夜はゆっくりと寝る。

 それが子供には必要であると信じて疑わなかった。

 師匠もその意見に同感だったのだろう。

 俺がフィオナに時計を見るように伝えると、彼女も同様の主張をした。


「子供はもう寝る時間だ。夜更かしを覚えると、私のような魔女になってしまうぞ」


 と、彼女に眠るように諭した。

 フィオナは不平の声を上げるが、クロエからも注意を受けると、素直に二階の寝室へ向かった。


 クロエに連れ添われて二階に向かったフィオナだが、階段の途中で泊まり、梟の方へ振り返り、こう言った。


「明日はもっとお話を聞いてね、イリス伯母様」


 梟は黙ってうなずく。

 目元が笑っているような気がしたが、それは気のせいだろう。梟は微笑まない。

 ただ、彼女の返答には笑みが満ちあふれていた。


「もちろんだ。もしも、父親に不満があるのならばいくらでも愚痴るのだぞ。伯母様が改善してやるから」


 フィオナはぐるんぐるんと首を横に振ると、「そんなのないよ、お父さんは最高のお父さんだもの」という言葉を残して笑顔で寝室へ消えた。


 梟は――、師匠は娘の後ろ姿を見送ると、こちらの方へ振り向き言った。


「――だそうだ。お前は弟子としては落第生だったが、父親としては満点のようだな」


 こそばゆい言葉であるが、嬉しい言葉であった。

 ただ、全面的に喜んでいられるほどの余裕はない。


「と、娘は言ってくれますが。彼女は他の家庭を知りませんからね。自然と評価が甘くなるのでしょう」


「かもしれないな。この家にいるのは引き籠もり千年賢者とそいつが作った生意気な機械人形だけだ。普通の家庭と呼ぶにはほど遠いな」


「ですね。娘には人並みの生活をさせてやりたいです」


「いや、人並み以上の生活はさせているさ。普通ではないだけで異常でもない。いわば特別だな。きっと変わった娘に育つだろうが、これだけは断言できるだろう」


 師匠はそこで言葉を句切ると、こう続けた。


「千年賢者カイトの娘は幸せな人生を送りましたとさ」


 フィオナという名の少女の物語はそう締めくくられるに違いない。

 梟の姿をした魔女はそう言い切った。


 俺は梟の目を見つめると、


「そうなるといいですね。……いえ、そうしてみせます」


 そう言い切ると、俺は改めて師匠の目を見つめ直した。

 そして彼女に尋ねた。


「さて、娘も寝たことですし、本題に入りましょうか」


「本題?」


 梟はわざとらしく聞いてくる。


「師匠が俺に持ち込んだ厄介ごとについてですよ」


 厄介ごと? なんのことだ? とは彼女は言わなかった。

 厄介ごとを持ち込んでいる自覚があるのだろう。

 なぜ分かった? とも言わなかった。

 1000年以上の付き合いもあれば、互いの心底など見え透いて見える。


 先ほど娘と戯れる姿はまさしく心優しい娘と、姪に甘い伯母の姿だったが、時折、振り返る瞳には危機感が滲み出ていた。


 その瞳には軽い焦燥感のようなものがあった。

 なにか相談事、しかも、面倒なことがあるのだと容易に推察できた。


 俺がそのことを説明すると、


「さすがにお前には隠し通せなかったか。まあいい、姪御に会いに来たのは事実だが、たしかに要件は他にもある。そしてそちらの要件も姪御と会うのと同じくらい大切だ」


 と言った。


「ならばきっと、世界の存亡に関するような大事な話なのでしょうな」


 俺は大げさに言うと、クロエに酒とつまみになるようなものを書斎に持ってくるように命じた。

 うやうやしく命令に従うクロエ。

 ちなみに俺は普段、あまり酒を飲まない。


 しかし梟の飼い主である魔女は違った。彼女は今、帝都にいるのだろうが、たぶん、目の前には酒とつまみが置かれているだろう。


 そして彼女は自分が飲んでいるとき、他人が素面なのが気に入らない性質の人間だった。

 なんでも膝と膝を交えて話すときに酒がなくてどうする、というのが彼女の持論であった。

 目の前にいるのが代理の梟でなければ正論なのだろうが……。


「まあいい、たまには酒を飲むのも悪くない」


 そう呟きながら、師匠を書斎へと案内した。

 師匠の使い魔、オルバは軽く翼をはためかせると、俺の肩に乗った。

 梟は俺の耳元でささやく。


「勘が鋭いのは結構だ。いや、昔から勘は鋭かったか。あとは昔のように恩義を感じてくれる性格なのかも気になる」


「つまり、この学院の教師の職を世話した代わりにその依頼を聞き届けよ、という意味で構わないですか?」


「構わない」


 と即答する梟。


「…………」


 思わずため息を漏らしてしまうが、夜もふけたばかりだ。

 彼女の依頼を断るかは別にして、ともかく、話だけでも聞いてみよう。

 そう思いながら、書斎へと向かった。

 道すがら、フィオナの部屋の前に通りかかる。


 無論、彼女は我が師のようにいびきをかくような無粋な娘ではなかったので寝息は聞こえてこないが、きっと娘はベッドに入り、幸せ一杯の夢でも見ていることだろう。


 さて、この幸せな環境を用意してくれた師匠に多少でも恩返しできるように、務めますか。

 そんなふうに思いながら、書斎へと向かった。

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