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親馬鹿賢者

 窓を開き、師匠の使い魔であるオルバを家に招き入れる。

 次にクロエに視線をやる。

 クロエは、承知しています、とばかりにわずかにうなずくと、背中を向けた。


 華麗にメイド服――、いや、エプロンドレスをひるがえすと、一階に向かい、一階の氷精霊式冷蔵庫から豚肉を持ってくる。生のものだ。


 俺はそれをフォークで突き刺すと、オルバに与えた。

 オルバは無表情にそれをついばむ。

 普通、梟は長距離を飛ばない。


 渡り鳥や巨鳥の類いではないのだ。森に定住し、木々を移動しながらネズミなどの小動物を捕食している。


 それを使い魔にし、長距離移動を強いるのだから、彼女の主は相当アレというか、生物の理を無視している。


 さぞ疲れていることだろう。そう思いながら餌を与えたのだが、オルバは夢中で豚肉を嚥下していた。

 その後、フィオナに一通りモフモフさせると、オルバの身体に赤い魔力がまとう。


 頃合いを見計らったのだろうか。それとも風呂にでも入っていて今頃、使い魔が目的地に到着したことに気がついたのだろうか。


 オルバの身体に主の意思が宿る。

 彼女は開口一番に言った。


「久しいな、皆の衆」


 オルバ、いや、その主であるイリス・シーモア。俺の師匠は一同を見渡すと、尊大な口調で言った。

 師の言葉であるし、鮮血の魔女はそういう人物なので気にはならない。

 そもそも彼女は俺よりも200歳以上も年上だ。

 俺のような礼儀知らずの賢者も自然と頭が低くなる。


「お久しぶりでございます、師匠」


 俺がそう言うとクロエとフィオナも続く。

 クロエは人形のような動作でエプロンドレスの裾を持ち、軽く頭を垂れる。


フィオナはかつて師匠と暮らしていた頃にしていたように抱きつく。本人がいないのでオルバにであるが。


 その感覚が伝わっているわけはないが、あの魔女の頬が緩んでいるのは容易に想像できた。

 その声はにこやかにして軽やかだった。


「おお、フィオナか。大きくなったな」

「そんなに背は伸びてないよ」

「そうなのか? ちゃんとご飯を食べさせて貰っているのか?」


 その問いはいささか不躾(ぶしつけ)であろう。


「失礼ですね。俺はフィオナに衣食住の不便をかけさせたことは一度もありませんよ」


 クロエも弁護してくれる。


「あるじ様は相変わらず、研究費を湯水のように使いますが、それでもかつてよりはましになっているのですよ。少ない給料の使い途もまずはフィオナ様の食べ物から。そして衣服も良いものを着せています」


 その言葉を聞いた梟は、フィオナを見つめる。

 しばらくフィオナのファッションを注視すると、こんな感想を浮かべた。


「うむ、公都の有名百貨店で買ったものだな。流行のものだ」


「店員に選ばせました。俺のファッションセンスは化石ですからね」


「賢明だな。たしかにお前はファッションに感心がなさ過ぎる」


「千年も生きていればそうなりますよ。師匠は例外ですが」


 人間、千年も生きていると、ファッションなどどうでもよくなってくる。


 夏は暑さを防げる麻のシャツ、冬は寒さを防げる厚手のコート、あるいはローブがあればなんの文句もない。


 あるいは機能性重視で魔力を付与し、冷房機能や暖房機能があればどんなにデザインが古くてもよかった。


 事実、今、俺が着ている服も公都の古着屋で買った流行遅れのローブであった。

 一方、我が師であるイリス・シーモアは違った。 

 1200年も生きている癖にいまだにファッションにうるさい。


 その露出の多い衣服は特注品で、帝都の有名デザイナーが作った特注品(オートクチュール)だそうだ。


 やはり1200年生きても、女性はいつまで経っても女性で着るものに拘わりを捨てられないのだろう。


 そう思っていると師匠からお叱りを受ける。

 というか、とぼけられる。


「はて、私はまだ17年しか生きていないが。17の生娘ならば、着るものに拘るのは当然だろう?」


 そんな返答に困る発言をされる。


「………………」


 俺を含め、皆が沈黙している。


 やや空気を読めるようになったフィオナも黙っているのだから、師匠の17歳症候群は相当なものであった。


 師匠の意思が乗り移っているオルバは軽く咳払いをする「コホン」と。

 ついでわざとらしく話を戻す。


「それはともかく、娘にだけは金を掛けるのは感心だ」


 それに呼応するクロエ。


「たしかにあるじ様は研究馬鹿ですが、ものには執着されませんね」


「まあな」


「フィオナ様の衣服は、デパートの店員が困り果てるほど時間を掛けて選ぶのに、ご自身のシャツは、ワゴンに置かれた既製品を適当に買われます」


「たしかにこやつは昔からそういう男だった」


 師匠も追随する。


「衣服に興味がないだけだよ。あとものにもな」


 謙遜ではなく、単に事実だった。


 魔術師として資料集めや実験器具の収集にはそれなりに凝るが、それ以外の物欲に欠ける、とよく周囲の人間に言われる。


 さらにいえば魔術書や実験器具もそんなに拘りはない。

 本は読めればいいので、初版本を集めるとか、状態が良いものを集めるとかいう嗜好もない。


 本の上でサンドウィッチを食べてぽろぽろとパンのカスをこぼしても平気だったし、実験器具も中古でも気にしない。


 本などは読めて情報を得られればそれで役目が果たせるし、実験器具も性能さえ満たせれば何の問題もない、というのが俺の持論だった。


 そんな哲学の持ち主だが、師匠の言うとおり、娘には金を惜しまない。


 彼女には常に良いものを身につけて欲しかったし、また綺麗な服を見ているとこちらの方が嬉しくなる。


 新しい服やぬいぐるみを買い与えたときに見せるフィオナの笑顔は、まるで天使そのもので払った金銭分以上の価値を俺にもたらしてくれるのだ。


 それに娘は美しい。


 これは親のひいき目ではなく事実であった。


 その金色の髪は金を糸にして紡いだかのように美しく、その姿は絵画にして残しておきたいほど愛らしい。


 要は、可愛らしい服を身にまとわせればより可愛らしくなる、ということであった。

それを一言で説明するのならば、投資し甲斐のある娘ということなのだろう。


 少し甘やかしすぎでは? という視線を送るクロエと梟にそう抗弁したが、彼女たちは俺の弁護を聞き入れてくれない。


 まるで共闘するかのように互いの耳元でささやき合っている。

 わざとらしく、俺に聞こえる音量で。

 クロエは師匠にこうささやいていた。


「なんだかんだへりくつを付けていますが、要は親馬鹿ということですよね」


 梟も無表情にうなずき肯定する。


「我が愚弟子を3文字で表現するのならば、それ以外に適切な言葉はないな」


 そんなふうにささやき返していた。


「………………」


 事実無根である、と抗議できればなんの問題もないのだが、彼女たちがささやいている言葉は事実なので弁解しようがなかった。


 こういうときは沈黙を保つのが基本であろう。

 それにそれが事実だとしてなにが問題なのだろうか。


 世の中に親馬鹿ではない親も存在することは知っていたが、フィオナのように可愛らしい娘を持って親馬鹿にならない親など存在しない。


 ――そういう考え方が親馬鹿なのだろうが。


 そんなことを思いながら師匠との久しぶりの再会を娘とともに喜んだ。

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