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千年賢者の特別授業 †

††(ハーモニア視点)


 ニート教師、給料泥棒教師なる不名誉な呼称を欲しいままにしていたカイト。彼はいきなり魔術の講義を始めると瞬く間に生徒たちを魅了していった。


 初講義で魔術を否定する発言をしたカイトだったが、その実力は本物であった。


 魔術を夢見る生徒たちに、魔術が上手くてもなんの役にも立たない、そう宣言する一方、自身は卓越した魔術師だったのだ。


 初講義のあと、初授業。カイトはまず初歩中の初歩の魔術を生徒たちに教えた。

 彼は実技室に生徒たちを集めると、魔術の基本、《衝撃》の魔法の唱え方を教えた。

 無論、この学院に入学できる基準の生徒にその魔法を唱えられない生徒はいない。


 親友にしてカイトの娘であるフィオナは攻撃魔法が苦手で難儀していたが、それ以外の生徒は一節二節の詠唱で唱える。中にはハーモニアのように無詠唱で唱えられる生徒も何人かいた。


「まったく、今さらこのような初歩魔法をなんで練習しなければならないのか」


 とある生徒がそんな愚痴を漏らすと、カイトは「甘いな」と笑った。


「その言葉はあと300年くらい生きて、魔術の酸いも甘いもかぎ分けた賢者が口にする言葉だ」


 カイトはそう断言するが、その生徒は引き下がらない。


 クラス有数の秀才で、《衝撃》どころか、《破壊》の魔法も使いこなす彼からしてみれば、先日まで給料泥棒と呼ばれていた教師に敬意など持ちようがなかったのだろう。


 ハーモニアも似たようなものなので、軽く彼の肩を持ったが、すぐにカイトの実力に驚愕する。

 カイトは「無詠唱や単文で唱えるのだけが、魔術の神髄じゃないんだぜ」

 そう言い切ると、秀才の前で詠唱を始めた。



「لا تتردد في صدمة」



 古代魔法(ルーン)文字を言語化するカイト。

 長文であり、しかも文法も滅茶苦茶であった。

 普通、こんな文法で発した魔法は発動しない。


 それどころか魔力が暴走し、自身を傷つけてしまう恐れもあったが、そのようなことはなく、カイトの魔法は発動した。


 通常、衝撃の魔法はまっすぐに飛ぶ。

 速度や威力は術者の能力や力加減に左右されるものだが、カイトの放った《衝撃》は違った。


 その威力は最弱に設定されているようだが、カイトの 《衝撃》はまるで自分の意思を持っているかのように動いた。



 くねくねと動き回ったかと思えば、急にスピードを上げたり、下げたりする。

 標的の前でとまったかと思えば、急上昇し、そのまま下降し、標的の頭部に当たる。

 術者が真後ろを向いていても、《衝撃》は標的を正確に補足し、的確に命中した。

 まるで意思を持っているかのようである。

 その術を見て、ハーモニアは思わず叫んでしまう。



「もしかしてこれって固有(ユニーク)魔法!?」



 その言葉を聞いたクラスメイトたちはざわつく。

 当然だ。固有魔法は高い階梯の魔術師しか使えないオリジナル魔法である。

 一介の教師が固有魔法を操るなど聞いたことはない。


 最低でも第六階級の魔術師、もしくは賢者と呼ばれるような存在でなければ使用はできないというのが通説であった。



「す、すごい。固有魔法なんて初めてみた!」

「ただの《衝撃》の呪文をあんな魔法に昇華するなんて」

「先生はコネで第四階級の魔術師になったっていってたけど、あれって謙遜だったの?」



 そんな言葉がささやかれるが、等の本人はすました顔をしている。


「まあ、初歩中の初歩も極めればこれくらいできるようになる。ただし、君らはまず初歩からだな。固有魔法とか、禁呪魔法とかに手を出すのは禁止な」


 そう断言した。

 その言葉でクラス中の生徒たちの心を掴んだようだ。

 いや、行動で、だろうか。


 先ほどまで、給料泥棒の生きた見本だった講師が、固有魔法を使いこなし、さらにいまだに《衝撃》が不得手な生徒に懇切丁寧に魔法を教え始めると、彼の評価は一変した。


 伴食(ばんしょく)魔術師、本を読んでるだけの無能、という評価は一気に消え去り、彼を中心に生徒の輪ができる。


 カイトは集まった生徒一人一人に丁寧に魔術を教え始めた。

 あっという間に人気者になる。

 カイトはわずか一回の授業でこのクラスの生徒たちの心を掴んだようだ。

 このハーモニアを除いて、ではあるが。

 列をなして教えを請おうとしている生徒たちを離れた場所から見つめるハーモニア。

 すると彼の関係者である娘が話しかけてきた。


「ハーモニアさんはお父さんのところにいかないの?」


「いかない」


 と一言で切り捨てる。


「そんなあなたはいかないの? あなたがこのクラスで一番《衝撃》が苦手でしょう?」


「そうだね。でも、お父さんはわたしが攻撃魔法を使うのを厭がるからなあ」


「家では教えて貰ってないの?」


「うん、攻撃魔法の類いは一切。でも、内緒でイリス伯母様には習ったけど」


「理想の環境ね。父親が有能な魔術師で、伯母様からも習えるなんて」


 ハーモニアはそう言うとしばし沈黙する。


「………………」


 その沈黙に耐えかねた少女フィオナは恐る恐る尋ね返してくる。


「……もしかして、ハーモニアさんはお父さんのこと嫌い?」


「………………」


 再び沈黙で答える。答えにくい話題だったからだ。


 はっきりと「嫌い」と言い切れればいいのだろうが、親友の父親を本人の前であしざまに言うのもはばかられたし、それ以前にハーモニアはカイトのことが嫌いではなかった。


 最初こそまったく授業しないとんでもない教師だと思ったし、いきなり授業を始めたかと思えば、尊敬する祖父をけなしたり、魔術をろくでもないものと断言したり、好きになる要素などないかと思われたが、それでもまざまざと実力を目の前で見せられると、彼の実力は認めざるをえない。


「それに――」


 と、ハーモニアは自分にだけ聞こえる小さな声で付け加える。

カイトが話した言葉は祖父が言っていた言葉と酷似していた。

 祖父と同じ考えを持つ人間を嫌いになることは難しかった。

 カイトはこう言っていた。



「魔術は使い方を誤れば人を傷つける。できれば魔術師にはなるな」

 


 魔術学院の講師にあるまじき発言であるが、祖父も同様に言葉をくちにしていた。


 ハーモニアの実家にある数々の勲章、それに皇帝陛下からの感謝状、それらは客間に飾られることもなく、倉庫で埃をかぶっていた。


 ハーモニアは年老いた女中から祖父の武勲話を聞くのが好きだったが、祖父は従軍魔術師だったことの話は一切しない。


 ただ、粛然とこう言うだけだった。



「魔導は仁なり、魔術は詭道(きどう)なり」



 ただ盲目に祖父を尊敬するハーモニアはその言葉の意味も、祖父が言いたいことも計りかねていたが、要約すればカイトと同じことを話しているのだろう。


「魔術など上手くてもなんの自慢にもならない」


 祖父はいつもそうつぶやいていた。


 結局、祖父の反対を押し切り、この学院に入学したのだが、教師からも同じことを言われると、魔術師を夢見、魔術の深淵に触れようと努力している自分が馬鹿らしくなってくる。


そう言った意味では嫌いではなく、『苦手』というのが正解なのかもしれないが、そのことをフィオナに説明するのは難しかった。


 ただ、苦手なのはフィオナの父親であって、彼女のことは大好きだ。

 そのことだけは誤解されたくなかった。


 なのでハーモニアは人の輪になっているカイトたちから離れると、二人で魔術の練習をすることにした。


 フィオナは《衝撃》の魔法が苦手だという。

 逆にハーモニアは《飛行》の魔法が苦手だった。

 互いに互いの苦手な魔法を教え合った。


 授業の終わりに互いの成果、魔法を披露し合ったが、フィオナの《衝撃》は彼女の性格を形にしているかのように優しかった。


 やれやれ、これだと最初の試験は赤点かな。

 そう思うほどに。

 一方、ハーモニアの《飛行》も似たようなものだった。

 フィオナはくすくすと笑う。


「ハーモニアの《飛行》も性格が出てるね」


「うるさい~」


 ハーモニアは顔を真っ赤にして言う。

 ちなみにハーモニアは飛行状態を保つのが苦手だった。ぷかぷかと浮いているのが苦手なのだ。

 高く飛び上がるのは得意なのだけど。

 さて、仕方がないので高く飛び上がって、空中からフィオナの父親を見下ろす。

 美男子というわけではないが、とびきりハンサムというわけでもない。


 正直、フィオナと似ているところなどなかったが、それでもなぜだか二人の血縁関係を疑うことはなかった。


 この娘にして子の親あり、この父親にしてこの子あり。

 そんな感想を抱いた。


(ならばいつか私もカイト先生のことを好きになるのだろうか……)


 そんなふうに考えながら、《飛行》の魔法を解除し、ふわりと地に足を付けた。

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