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紅茶のお代わり

 リーングラード魔術学院の院長室でそのようなやりとりが行われている頃、当事者たちは学院に到着した。


 学院は公都イシュリーンの郊外にある。王都の中心地まで馬車で30分ほどであろうか。

 魔術を学ぶには広大な土地がいる。

 《火球》の魔法を唱えるにも広めの土地がなければ成立しないからだ。

 住宅密集地で火の玉があらぬ方向に飛び込めば、火災に繋がりかねない。

 それに魔術の派生学問に錬金術というものもある。

 錬金術の成果により、医薬品が作られたり、爆薬が作られたりした。

 その過程や結果において爆発が生じることもある。

 となると公都の中心部にあえて学院を作る必要性を感じられなかったのだろう。

 リーングラード魔術学校は公都の中心ではなく、外れに設置されていた。

 その私見を話すと、銀色の髪をしたメイドは同意する。


「あるじ様も何度も実験棟を爆発させていますしね」


 と、くすりと笑った。


「まあ、錬金術の進歩には犠牲は付きものなんだよ」


 そう弁明をすると学院の事務局へと向かった。

 そこにはクロエのような少女がいた。


「お前の親戚だ」


 俺がそう言うとクロエは文句を言う。


「クロエをそんじょそこらの機械人形と一緒にして欲しくありませんね」


 おかんむりのようだ。


 どこが違うのだろうか? そんな表情をしてしまったのかもしれない。クロエは非難がましい目でこちらを見てくる。


「クロエを製造されたのはあるじ様ですよね?」


「たしかそうだったと思うけど」


 と言葉を濁したのは、クロエの身体は俺が作ったわけではないからだ。


 その核となる回路部分を作ったのは俺だが、その身体の部分は帝都の人形師が作ったありふれたものであった。


 クロエの身体は、機械人形(オート・マトン)としては特筆したものではない。


 特殊な魔法素材を用いているわけでもなく、また神の祝福を受けた特注品でもない。無論、古代遺跡から発掘した超越技術(オーパーツ)なども搭載していない。


 ただ、それでも帝都の人形職人が作った最高級のパーツが使われているし、その製造費はちょっとした館を建てられるほどである。


 そこらの量産型とは一緒にして貰いたくないのだろう。 

 それに、と彼女は主張する。


「他の機械人形は霊薬や秘薬を調合して作った魔石で動きますが、クロエは賢者の石で動きます。そこらへんはきっちり区別して貰いたいです」


「賢者の石じゃなくて、賢者の石もどきだな。賢者の石の生成に成功すれば、俺はとっくに大賢者になってるよ」


「そうでした。まだ完全な賢者の石の生成に成功した魔術師はいないんですよね」


「残念ながら。その点はホムンクルスも一緒だな」


 俺はそう言うとこう続けた。


「もしもホムンクルスの完全な製造法が分かれば、このように身分を偽って逃亡しなくても済むんだが」


「ですね。我々が、いえ、フィオナ様が狙われる理由の過半はホムンクルスの完全な製造法が判明していないからです」


「そうだな。製造法が確立されればフィオナは狙われないで済む」


 俺はフィオナが遠くで遊んでいるのを確認するとそう返す。


「まったく、人が気持ちよく研究しているのに、帝国も聖教会も小賢しく蠢動(しゅんどう)しやがって……」


 会ったこともない帝国の皇帝と聖教会の教皇の顔を思い浮かべ、悪態をつく。

 帝国の皇帝は御年68歳。


 そろそろ寿命が見え始め、生に執着を見せ始めているらしい、とは、師匠の言葉だった。魔術師ではない自身に不老不死の法を施すため、ホムンクルスの研究を数十年前から始めたようだ。


 一方、聖教会の教皇は、その原理主義的な思想から、生命の誕生を望んでいない。生命を誕生させることができるのは神だけ。彼はそう信者たちに説き、ホムンクルスの研究を固く戒めている。


 俺の娘は、生へ執着する老皇帝と、頭の凝り固まった老教皇に脅かされているというわけだ。


「まったく、俺はただ平穏に魔術の真理を目指しながら子育てしたいだけなのにな」


「極々平凡な願いですのに」


 とクロエは擁護してくれる。


実際、多くの魔術師は、己の知的好奇心を満たすため、あるいは名誉欲に駆られ魔術の研究をしている。



 誰が最初に完全な不老不死を達成するか。

 賢者の石を生成するか。

 ホムンクルスの創造に成功するか。

 あるいは異世界への扉を開くか。

 時空を歪めるすべを見つけ出すか。

 この世界の原始をどうやって解明するか。

 星々の彼方はどうなっているのか。

 神は本当に存在するのか。



 魔術師は、皆、それらの答えを求め、日々、研鑽していたが、不思議なことにそれらを解明して金儲けをしようなどという魔術師はほとんどいなかった。


 無論、卑金属を黄金に変えて大儲けを企む輩もいたが、それは極々少数派だった。

 ほとんどの魔術師は単に好奇心旺盛な学究の徒にしか過ぎない。

 さて、そんなことを考えていると、学院の事務局にいた機械人形が話しかけてきた。

 クロエではなく、学院の機械人形だ。

 簡単な事務仕事、来賓の応対、それに案内を仰せつかっている機械仕掛けの少女だった。

 クロエのようにメイド服を身にまとっているが、系統が違う衣服をまとっている。


 クロエのメイド服は胸に大きなリボンがあり、またメイドさんにお約束のカチューシャのようなものもしている。


 一方、学院の機械人形のメイド服は、シンプルなデザインで、特に意匠などは凝っていない。

 機能性重視でクロエのように白いカチューシャもしていない。

 相互に見比べていると、クロエは俺の間違いを訂正する。


「いえ、これはホワイトプリムです。カチューシャではありません」


 と控えめに、だが、両者はまったく違うものです、と主張する。

 どちらでも一緒のような気がするが、クロエはかなりメイド服にうるさい。

 ツーピースは邪道でメイド服はワンピースタイプしか認めない。

 さらにいえばメイド服は正式には「エプロンドレス」です、と言ってはばからない。

 またスカートの裾や袖にフリルがついていないと袖を通す気がしない、とのことだった。

 くちに出しては言わないが、他者には同じような服に見えてもそれぞれ違いがあるのだろう。

 実際、学院の機械人形の娘が着ている服装も系統が違う、というくらいしか分からなかった。

 それくらい俺は女性の服の名称に無頓着だった。


 ただ、学院所有の機械仕掛けの少女も俺と同様に服装には無頓着なようで、気にした様子もなく、唇を動かす。


「貴方様が本日、当学院に赴任されるというカイト様でしょうか?」


「……その通りです」


 紳士的に答えるが、一瞬、違和感をおぼえた。


 彼女の台詞に抑揚がなかったからである。やはり俺の横にいる少女のように感情を持った機械人形というのは珍しいようだ。


 彼女は事務的なこと、それと主に命令されたことしかできない極々普通の機械人形だった。


 クロエが一緒にして欲しくない、と最初に言った理由も分かった。二人の少女型の人形は同じようでいてまったく異質な存在だった。


 彼女はクロエのように楽しいときに笑ったり、悲しいときに悲しんだりはできない、文字通り機械の人形だった。


 彼女は無機質な笑顔を浮かべながら、深々と頭を下げる。


「それは遠路遙々ご苦労様でした。長旅、さぞお疲れのことでしょう」


 受付の少女はそう言うと、俺たちを寮へと案内した。


 そのねぎらいの言葉は感情によって芽生えた結論ではなく、彼女にインプットされたマニュアルによるものだろう。


 寮に出て出されたお茶もどこか無味乾燥としていた。

 クロエが出すお茶の方が美味しい気がした。

 なので2杯目はクロエにそそいでもらった。


「うむ、うまい」


 俺はカップに注がれた紅茶を口にするとそう答えた。

 一方、それはフィオナも思ったらしく、同じような感想をくちにする。


「クロエが入れてくれたお茶の方が美味しいね、お父さん」


 娘はそうにこにこと笑っていた。

 クロエはその光景を満足げに見つめると、軽く頭を下げ、こう言った。


「お粗末様でございます。そう言って頂けて光栄です」


 と、一言だけ。

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