メイド服のこだわり (期間限定ラフ画公開中)
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リーングラード魔術学校は、リーングラード公国にある。
この世界の二大強国、ノイエ・ミラディン帝国とアストラル共和国の間に挟まれた小国だ。
小国といってもそれは列強諸国に比べての話であって、リーングラード公国自体、千年以上の歴史を持つ古い国であった。
カイトが生まれる前から存在し、強国の間にはさまれながらもその独立を守ってきた。
千年以上も生きていると、いくつもの国の勃興、それに衰退、ときには滅亡を目にするが、リーングラード公国には亡国の兆しはない。
その領土は帝国や共和国に比べれば文字通り猫の額ほどであったが、そこに住まう国民は誇り高く、公王家への忠誠心も篤い。
またリーングラードに暗君なし、という格言もあるくらい、公王がしっかりと国を統治していた。
むしろ、ここ千年の歴史に限れば、ミラディンはその皇統を何度も途絶えさせ内戦を繰り返し、国号さえ変わった。ミラディン帝国からノイエ・ミラディン帝国へと変貌を遂げた。名前に新の文字を付けると帝国主義に拍車をかけた。
そのライバルであるアストラル共和国に至っては千年前にはその国号さえ存在しなかった。
いくつもの小国が分裂し、共和国自体存在しなかったのである。
そう考えれば、これから俺たちが向かうリーングラード公国は、とても住みよい国といえるだろう。
千年はその独立と伝統を守ってきたのだ。
それがここ数年で揺らぐとも思えない。
少なくともフィオナが成人し、自分で生きる力を手に入れるまではその国体を維持してくれるだろう。
そんな期待を旅立ちの前に師匠に話してみたが、彼女は鼻で笑った。
「千年の安寧がその後の平和を約束してくれるとは限らない。実際、千年賢者のカイトという男は、たったの数年で、研究馬鹿から親馬鹿に転向したではないか」
そのときはぐうの音も出なかったので反論のしようもなかったが、俺たち一行の馬車がリーングラード公国の公都イシュリーンにつくと、そのときのやりとりを忘却させた。
馬車の窓から見える公都イシュリーンは俺が在学していた千年前とほとんどその光景を変えていなかった。
いや、もちろん、建築様式は変化し、当時の面影をまったく残していなかったが、その繁栄ぶりと活況は当時そのままであった。
活況にあふれる町並みを見て我が娘フィオナは嘆息する。
「すごい、人がいっぱいだ」
彼女はそう言うと俺の服の袖を掴み、こう尋ねてくる。
「ねえねえ、お父さん、今日はお祭りか何かなの?」
いや、と俺は首を振る。
「ただの平日だ。祭りともなればこの大通りが人であふれかえるよ」
「まだ人が増えるの!?」
「周辺都市からも人が集まるだろうし、世界中から観光客がやってくる。そうなればこの大通りも人にあふれ、馬車も通行禁止になる」
「すごいね。この大通りが人で一杯になるのかあ」
フィオナは感嘆の言葉を漏らし、うなっている。
娘はまだ帝都はおろか街すら見たことのない娘だ。師匠への屋敷への旅路、村や宿場町に立ち寄って宿を取ったが、そのとき泊まった町や村にはこのような規模も活気もなかった。
人間が溢れ出んばかりに集っている公都を見て度肝を抜かれるのは仕方ないことであった。
一方、クロエも少し緊張しているようだ。
彼女も帝国の外に出るのは初めてらしい。
彼女はしきりに自分の着ているメイド服を気にしている。
彼女は俺の方を振り向くと、こう尋ねてきた。
「あるじ様、このメイド服はこの公都で通用しますでしょうか?」
「なんだ、そんなことを気にしているのか」
「そんなことって、それは酷いですよ、あるじ様。クロエからメイド服を取り上げてしまったら、ただの機械人形になってしまうではないですか」
「世にも珍しい感情を持った機械人形という希少価値があるじゃないか」
「お掃除スキルにお料理スキル、お裁縫スキルに子育てスキル、それにマネジメントスキルもありますよ」
とは、クロエの言葉だが、彼女は自分の言葉を無視するように続ける。
「しかし、メイドにとってメイド服とは、自分自身そのものなのです。それを気にするのは当然です」
なんでもクロエは帝都の零細出版社が発行している月刊誌、『メイドの友』を愛読しており、帝都のメイドさんの流行には一家言あるらしい。
「一家言どころか、クロエは『メイドの友』の読者投稿欄のハガキ職人なのですよ」
と自慢してくる。
要は何が言いたいのかと言えば、彼女は、帝国ではそのメイド服のセンスに自信はあったが、それはこの公国でも通用するだろうか、ということだった。
さて、それは分からない。
クロエが着ているのは極々普通のメイドの服だ。
というかそれ以外の服を着ているところを見た記憶がない。
メイド服に拘りがあるのだろうが、俺はまったくない。ゆえにその返答もおざなりになりがちだった。
「まあ、メイド服は万国共通だ。リザードマンのメイドはスカートに尻尾。エルフのメイドは胸の部分がぺったんこ。ドワーフのメイド服は寸胴。それくらいしか差がないんじゃないか」
「それでは答えになっていませんが……」
珍しく不満を漏らすクロエ。
「まあ、帝国と公国でデザインに微妙な差違があると思ったら、メイド服を買いなおせばいいじゃないか。どうせメイド服など大した出費にはならない」
その言葉を聞いたクロエは目を輝かせる。
「買い換えてよろしいのですか? あるじ様」
「今までだって被服費を制限したことはないだろう。フィオナはもちろん、お前に対しても」
というか、家計に関しては完全にクロエ任せだった。
収入のほとんどを研究に費やしてきたが、余った分の使い途は完全にクロエにゆだねていた。
服を買おうが、家具を新調しようが、文句を言ったことはない。
出された食事も文句を言ったことはない。
ある年、研究にあまりにも金をかけすぎたことがある。その年はさすがに出される食材の質が低下し、クロエは無言で俺に抗議の意を示したが、俺はそれさえも意にかいさなかった。
食事など、栄養が取れて飢えなければなんでもいいと思っていたからだ。
ゆえに金が余っているのであれば、クロエがメイド服を買おうと、なんの問題もない。
一応、師匠から借りた当面の生活費がある。
その中から彼女の衣装代を出すなど造作もなかった。
ただ、これからは家計に関しても注意が必要だろう。
今までのように湯水のように、というわけにはいかない。
俺にはもう屋敷もないし、法的に賢者カイトは死んだことになっている。
その特許収入や財産も凍結され、魔術協会に抑えられているし、銀行口座も帝国財務局の管理下にある。
これまでのようになにも考えずにというわけにはいかない。
俺は視線を愛娘に移す。
そこには12歳に成長した愛らしい少女がいた。
彼女は紋白蝶のような色のワンピースを着ていた。
相も変わらず可愛らしい。
ただ、この減らず口ばかり叩く機械人形も俺の大切な家族であった。
これまで何百年も世話になった借りもある。
それにこれからも世話になる恩もある。
ここでメイド服のひとつでも買ってやるのが、主の勤めであろう。
そう思った俺は、手近な百貨店へと向かった。
伝統と格式ある百貨店だった。メイド服や執事服などが陳列されている一角がある。
彼女はそこにたどりつくと、まるで宝物を見つけた少年のような顔でメイド服を試着していった。
俺はその後ろ姿を見送ると、娘の手を握り、百貨店内にある喫茶店へと向かった。
「お父さん、クロエは置いていっていいの?」
娘はそう尋ねるが。俺は首を縦に振る。
「古来より、女の買い物は長いと相場が決まっているんだよ」
賢者らしくそう言い切ると、俺とフィオナはチョコレートパフェを注文した。
俺はバナナが嫌いなのでバナナは娘のパフェの上に乗せる。
娘は好き嫌いはいけないんだよ、といいつつもそれを美味しそうに口に運んだ。
さて、実際、クロエの買い物には数時間のときを要したが、フィオナもいつかこのように買い物に頭を悩ませる年頃になるのだろうか。
そのときは一緒に買い物に出かけてくれるような娘に育ってくれればいいが。
そんなことを思いながら、俺はアイスを口に運んだ。
公都で食べるチョコレートパフェは冷たくて甘くてとても旨かった。