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偽造出生証明書

 さて、こうして2歳の誕生日を迎え、体つきも12歳くらいの少女と言い張れるほどに成長をとげた娘。


 そろそろこちらの方が一緒にお風呂に入るのをためらわれる年頃になってきた。

 さらに付け加えれば、先日開花した魔法の才能も順調に伸びている。


 《飛翔》の魔法を手始めに、《水球》《透明化》《回復》など、簡単な魔法ならば唱えられるようになっていた。


 さすがは我が姪だ、とは師匠であるイリス・シーモアの言葉だった。


 実際、彼女の魔法の才能はなかなかのもので、これならばリーングラード魔術学校の才能試験も易々と合格するだろう。


 こうなってくると問題は筆記テストだ。

 フィオナはこの世に生を受けてから2年しか経過していない。


 その体つきは少女でも、その精神も幼ければ、知識も劣るはずである。そしてなによりも経験と時間が圧倒的に不足していた。


 しかし、フィオナはその問題もあっさり解決する。

 彼女は俺が集めたリーングラード魔術学校の模試入学問題で100点満点の成績をたたき出した。

 あるいは彼女の中で一番非凡なのはその脳の中身なのかもしれない。


 師匠曰く、


「知能と知性の方ならば、出会ったときのお前が猿に見えるほどだぞ。フィオナの聡明さは」


 だった。


 師匠は皮肉を言ったつもりだろうが、俺は傷つかなかった。


 いや、むしろ嬉しいくらいだった。親とはいついかなる場合も娘を褒められると頬が緩む生き物なのだ。鳶が鷹を産んだ。最高の褒め言葉だ。


「逆に俺のように魔術の才だけ突出されても困りますよ」


「それもそうだな。お前は彼女を魔術図書館の司書にでもしたいのだったな」


「あるいは魔術研究所の研究職もいいかもしれません。娘ならば前時代的な錬金術の概念を一掃し、錬金術を科学と化学に分離してくれるかもしれない」


「お前が言ってるあれか。錬金術は極めれば、魔力のないものでも容易に再現できるものになるはず、というあの哲学か」


「その通り。魔術師だけが魔術の恩恵を受けるのではなく、そこら辺を歩いている村人でも魔術の恩恵が受けられる時代を作る。それが俺の夢です」


「誰でもが簡単に火を操り、誰もが簡単に空を飛べる時代か。いつかくるといいが、そうすれば我々は失業だな」


 師匠はそう言って笑う。

 たしかに俺が夢見る世界はそういう世界だった。魔術が戦争の道具でなくなり、平和の象徴となる。

 あるいは科学や化学に駆逐されて無用の長物となる。

 俺が千年間、研究を重ねてきたのはそんな時代を作るためだった。


「その理想を娘が継いでくれるかもしれない、というわけか」


 師匠は感慨深げにそう漏らすが、それ以上言葉を続けなかった。

 この点に関しては俺と師匠の間には隔たりがある。

 俺はいつか魔術の必要のない世界を望んでいた。

 一方、師匠は魔術と世界が融和した世界を望んでいた。

 魔術によって世界をより良くする道を選んだのが師匠だ。話が合うわけがない。

 ただ、互いにフィオナの将来を考えているのは共通していた。

 彼女はそれ以上議論を広げることなく、胸の谷間から一枚の書状を差し出した。


「やっと偽の身分証明書ができたぞ」


 彼女はそう言うとそれを俺に渡す。

 それを受取った俺はさっそく目を通す。

 そこには、フィオナの名前と出生証明書が書かれていた。

 国籍はノイエ・ミラディン帝国。出自は平民。

 母親の欄には×印がしてあり、父親の欄には俺の名があった。


「よくもまあ偽造できましたね」


「このイリス・シーモアを舐めるなよ。大賢者の称号を持つ宮廷魔術師だ。書類くらいいくらでも偽造できる」


 彼女はそう言い放つと大きな胸を反らしながら自慢するが、俺は重大な問題を指摘する。

 俺は書類に書かれたとある箇所を指さしながら、彼女のミスを突いた。


「……あの、フィオナの名前はそのままでいいと思うのですが、俺の名前がそのままなのは不味いのではないでしょうか?」


「どうしてだ?」


「いや、だって俺は帝国の手から逃れるためにリーングラードにおもむくんですよね。名前がそのままだと不味いでしょう」


 ちなみに名前はそのままだが、国籍や出自は変えてあった。生年月日も変えてある。

 魔術学校で教師となるため、小国の魔術学院を卒業した魔術師、という経歴が記載されている。

 ただ、それだけに名前が同じなのは片手落ちもいいところだった。

 それを指摘すると、魔女は涼やかな声でこう言った。


「なんだ、そんなことか。気にするな、カイトなどという名前の魔術師はこの世に五万といる。幸いなことに千年賢者カイトは引き籠もりの魔術師だったため、知己はほとんどいない。帝国でもその名前と顔を一致させられるものなどそうはいないだろう。ましてやお前がおもむくのは隣国のリーングラードだ」


「むう、たしかに」


 俺の引き籠もり具合はなかなかのものだ。なにせ師匠であるイリスにでさえ、数十年に一度しか合わないといった徹底したものだ。


 街への買い出しも研究成果の発表も、ほとんどクロエに任せていたので、実際に俺の顔と名前を一致させられる人間など、片手で数えられるくらいかもしれない。


「ここで無理矢理偽名を使ってフィオナを混乱させるよりも、そのままの名前を通した方が逆に怪しまれない。わたしはそう判断した」


「たしかにその判断は正しいかもしれません」


「鮮血の魔女はいつも正しい選択をするのさ」


 彼女は上機嫌にそう返すが、身分証の問題が片づくと、さらっととんでもない言葉を発してきた。


「ああ、ちなみにお前が住んでいた屋敷は私が処理しておいた。イリス・シーモアの弟子カイトは、研究中の爆発により死んだ。研究が失敗して爆死、その糞長い人生に終止符を打った。魔術協会にはそう届けを出しておいたからな」


 ちなみに問題なのはその言葉のあとに発せられたものだ。

 俺が「お手間をお掛けしました」と言った後の言葉だった。


「ああ、手間が掛かったぞ。実際に屋敷を木っ端微塵に吹き飛ばして、それらしい死体を探し出してきたのだから、まったく、偽造工作も楽ではない」


 彼女はそう言い放った。

 その言葉を聞いた俺は思わず叫ぶ。


「な、屋敷を吹っ飛ばしたんですかッ!? しかも死体まで用意して」


「実際に吹っ飛ばさなければ書類上死んだことにはできまい。死体が発見されなければ行方不明扱いされてしまう」


「しかし、それでも道義的に……」


「安心しろ。刑死を終えた罪人の死体だ。それも身寄りのないな。爆散した死体は丁重に集めて葬ってやったよ」


 ちなみに魔術協会所属の魔術師たちや師匠の弟子たちから出た香典は雀の涙だったらしい。


「仕方あるまい。お前は魔術師付き合いが悪いからな」


 彼女はそう笑ったが、俺は笑えなかった。

 どうした? なぜ、そのような表情をする、と師匠は尋ねてくる。


「自分の屋敷を何の許可なく爆破されて、研究成果や、貴重な書物を焼き払われた哀れな弟子の表情をしているだけですよ。極々平均的で当然の表情です」


 それに対しても彼女は、仕方あるまい、と主張する。


 曰く、実際に屋敷を爆破しないと、それに研究成果や書物を爆破しておかなければ、屋敷に調査に訪れた調査官は疑うかもしれない、とのことだった。


「…………」


 正論なのでそれ以上の抗議めいた表情は浮かべなかったが、ともかく、俺はこれで正式に無一文になったわけだ。


 それに対して、師匠はこう言う。


「いいじゃないか、お前は父親になったのだ。無職に近い研究馬鹿から名門校の魔術学校の教師に転職させてやったのだ。感謝こそされ、批難されるいわれはないな」


 彼女はそう言い切ったが、それでも長年住み続けた屋敷、それに研究成果、千年近い時をかけて集めた蔵書群を思うと切なくなった。


 まったく、とんでもない師を持ってしまったものだ。

 そう思ったが、俺は書類を受取ると、彼女に握手を求めた。

 その手を見た師匠は不審そうな顔をする。


「その手はなんだ?」


 思ったことを率直に述べる魔女。


「別離の挨拶ですよ。リーングラードにおもむくからには今までのように気軽に会うことはできますまい」


「なるほど、たしかに。それにお前の引き籠もりスキルは筋金入りだ。この前に顔を合わせたのも数十年前だしな」


「今度はそんな期間をもうけないでしょうが、それでも今までのように毎日会うというわけにはいきません」


「そうだな。リーングラードは遠い。転移の魔法を使えばわけはないが、私は忙しい。用もないのに気軽に会いにはいけないだろう」


「でも、叔母上様には姪の顔もたまには見て貰わねば」


 俺がそう主張すると、彼女は再び「そうだな」と自嘲気味に笑う。

 その笑顔が気になったので、彼女に尋ねてみた。

 なぜ、そのような表情をするのですか、と。

 それについて彼女は、即座に、そして素朴な感想を返してくれた。


「しかし、子はかすがい、という言葉もあるが、姪もかすがいになるのだな。子供などただ騒々しいだけの生き物だと思っていたが、この一年間、フィオナと暮らして思った。子供と暮らすのもそう悪いものではない、と」


 魔女に似つかわしくない言葉だったが、それには俺も同意だった。


 鮮血の魔女と世間で畏怖される女性が、フィオナに絵本を読んだり、物語を聞かせたり、勉強を教えたりする様は、フィオナが他者に与える影響の甚大さを物語っていた。


 実際、厭世的(えんせいてき)な気分にどっぷり浸かり、何百年も引き籠もっていた俺の意識を変えたのも娘の笑顔だった。


 俺はその笑顔を守るため、師の用意してくれた書類を握りしめ、リーングラードへ向かった。

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