血の繋がっていない家族
一年後、娘は小さな淑女になった。
12歳くらいの愛らしい少女に成長したのである。
少し癖毛の金髪をクロエに編み込んで貰っている。
白いドレスを着て、お誕生日席に座っている。
今日は彼女が生まれた日、満年齢にして2歳になる。
ならば用意された大型の苺のショートケーキの上に乗せられる蝋燭の数は2本でいいのだろうか。
女性陣に尋ねる。
まずは師であるイリスに尋ねようとしたが、彼女は機先を制する。
「ちなみに私の誕生日ケーキは常に17本だ」
以後、彼女は17本としか言わない。
月齢の方は加えなくていいのですか? と尋ねても、17本としかくちにしない。
まあ、月齢はともかく、1200本も蝋燭がさせるケーキを焼くのは、菓子職人でも骨が折れる作業だろう。「師匠の誕生日には17本の蝋燭しか乗せませんよ」というと満足そうな顔をした。
ついで口を挟んできたのはクロエだった。彼女は常識論を述べる。
「フィオナ様は満年齢で2歳でございますが、その見た目は少女。それにフィオナ様は12歳の子供としてリーングラード魔術学院に入学するのです。ここは12本蝋燭を立てておくべきではないでしょうか?」
クロエはそう提案するが、それが一番無難かもしれない。
そもそも、我が娘フィオナには自身の年齢は伝えていない。
生まれてすぐに5倍のスピードで育ち始め、あっという間に5歳児となり、その後1年で12歳児を名乗れるほどのレディに成長してしまったのだ。
本人も薄々自分の身体に疑問を感じていてもおかしくはなかった。
いや、最近、露骨に尋ねてくることがある。
「ねえ、おとーさん、もしかしてわたしって普通の子じゃないの?」
と――。
そのたびに回答に窮していた。
師匠曰く、そろそろこの急激な成長も一段落し、普通の人間と同じ成長速度になるらしいが、彼女が1年で5歳児から12歳児に成長した空白の時間はどう説明するべきだろうか。
「記憶を失っていたと嘘の説明をするべきだろうか?」
俺の言葉に師匠は首を横に振る。
「安直すぎる上に、嘘くさすぎる」
「クロエもそう思います」
言下に女性陣から否定される。
「ならばこの館に住まうと時間の流れが変わる、というのはどうでしょうか? 何千年も生きている魔女が17歳と言い張る特殊な魔力で満ちあふれた空間なのです。信憑性はあるでしょう――」
俺の言葉が途中でとまったのはとある魔女が、ぎろり、と睨みをきかせてきたからである。彼女は神と会えば神を殺し、聖霊と会えば聖霊を斬り、悪鬼に会えば悪鬼を撲殺する、といった表情でこちらを見つめていた。
俺は、軽く咳払いをすると、撤回する。
「よく考えれば矛盾の塊ですね。この館には普通の人間も多く働いている」
師の視線から逃れるようにそう言うと、俺とクロエは頭をひねる。
フィオナには自身がホムンクルスであることは隠す。少なくとも彼女が物事の分別がつく大人になるまで、あるいはその必要性が訪れるまで隠すつもりでいた。
だが、ホムンクルスであることは隠せても、彼女の特殊性あふれるその身体的特徴は、隠しようもない。
「さて、どうするべきか」
そう悩んでいると師匠は、大きな声で笑った。
「はっはっは」
と大口を開け、腰に手を添え、妙齢の女性には相応しくない大きな笑い声だった。
「なにがおかしいのです」
批難めいた口調で返したが、彼女は正論で返してくる。
「いや、大の大人が三人。それもうち二人は賢者と呼ばれるほどのものが集まったのに、これしきのことで頭を悩ませるのが滑稽だったのでな」
「たしかに」
俺は苦笑いを浮かべる。
しばし、宙を見つめると、俺は決断した。
「――よし、決めた。彼女には真実を話そう」
「フィオナ様にホムンクルスである事実を話すのですか?」
クロエはそう問うてくるが、俺は否定する。
「いや、それだけは隠すよ。その事実を知っていていいのはこの世で三人だけだ。俺とクロエと師匠、この三人だけ。本人にも知らせない方がいいだろう。不誠実かもしれないが、それがあの子の身を守る最善手だ」
「そうだな。それがいい。今さら不思議な空間だ、記憶喪失だのくだらない虚言で取り繕えばあの娘はさらに混乱しよう。ここは正直にそう言う体質なんだ、と話すべきだろう」
師である魔女も賛同してくれる。
1200年も齢を重ねた魔女もそう結論づけてくれるのだから、おそらく、俺の選択肢は間違っていないだろう。
そう思った俺は、フィオナを呼び出し、説明をする。
彼女は俺たちの前にやってくると、俺の前に座った。
緊張した面持ちをしている。
こちらの緊張感が伝わっているのかもしれない。
子供というやつはこのように勘が鋭い。感受性が強いのだ。
俺は娘を諭すよう、そして驚かせないように優しげな口調で言った。
「ハッピーバースデイ、フィオナ」
「…………」
「ここにケーキがあるだろう? フィオナの好きな苺のショートケーキだ。その上には蝋燭が2本立っている。それがどういう意味だか分かるか?」
「……わたしが2歳になるっていうこと?」
「その通り」
案の定、彼女は戸惑っているようだ。書物などで知識は得ているのだろう。人間でいえば2歳児などやっと立ち上がり、歩き始める年齢だ。まだまだ赤ん坊扱いされる年頃である。
なのにフィオナの身体はすでに立派であった。
まだ女の子らしい、とは言い切れないが、少しずつではあるが丸みを帯び始めているし、女性らしさの片鱗も出てくる。
一緒に風呂に入るとクロエなどに、
「あるじ様は変態ですね」
とか、
「ロリコン賢者」
とか、陰口というか、堂々と言われることもある。
無論、俺は変態ではないし、ロリコンでもなかったが、ともかく、それくらいの体つきの女の子になっていた。周囲に同世代の子供がいなくても本人は違和感を覚えることだろう。
ましてやフィオナは普通の子供よりも聡明で感性が豊かな子供だった。その心中は違和感で満ちあふれていることだろう。
だから俺は正直に話した。
「フィオナは生まれつき特殊な身体を持っているんだ。その成長が異様に早い。でも、今日からはもう普通の人間と変わらない。フィオナは普通の人間のように成長するはず。普通のように暮らせるはず。いや、普通の女の子として暮らすんだ」
フィオナは真剣な表情でうなずく。
「どうしてわたしはそんな身体に生まれちゃったの?」
その問いに答えたのは俺ではなく、メイドのクロエだった。
彼女はあらかじめ考えていたであろう台詞をくちにする。
フィオナの肩に両手を置くと、彼女と同じ視線になるよう腰を屈ませながら言う。
「それはきっと聖霊様がフィオナ様に祝福をくださったのです」
「聖霊様が祝福?」
「そうです。フィオナ様の夢は、あるじ様のお嫁さんになることなのですよね?」
フィオナは大きくうなずく、「うん」と。
「では、聖霊様が気を利かせてくれたのでしょう。この国で結婚できるようになるのは15歳からです。もしもフィオナ様がのんきに幼少時代を過ごされていたら、その間、他のお嫁さん候補があるじ様と結婚してしまうかもしれません」
「それは困るー!」
とフィオナは慌てる。
「あるじ様はおもてになりますからね。ですから、聖霊様が加護をくださったのでしょう。手早く成長してあるじ様のお嫁さんになってしまいなさい、と」
「そうか、聖霊様が加護をくださったんだね」
「そうです。チートです。でも、そのチートもここまでですよ。フィオナ様は来年から普通の女の子のように成長するのです」
「そうかー。じゃあ、あと3年は安泰じゃないのね」
「そうですよ。その間、クロエがフィオナのお母さんになってしまうかもしれません」
「ええー……」
「クロエも立派なライバルですよ」
フィオナの批難めいた言葉に笑顔で答えると彼女はくるり、とこちらを向いた。
クロエは、
「こんな落としどころでどうでしょうか?」
そんな表情をしていた。
俺は師匠と視線を交差させる。
単純すぎないか。師匠はそんな視線を送ってきたが、俺は結局クロエの案に乗っかった。
子供にはこれくらいの単純な説明の方がいいだろう。
そう思ったからだ。
彼女が大人の複雑な社会性や建前を学ぶのはもっと先でいい。
子供のときくらい、素直に聖霊や冬至祭長の存在を信じるくらいでいいではないか。
そう思ったのだ。
ともかく、フィオナはその言葉で納得してくれた。
「じゃあ、わたしは今、12歳なんだね!」
彼女は天使のように微笑むと、自分で台所まで向かい、大きな蝋燭を1本持ってきた。
それをケーキに突き刺す。
「それは?」
とクロエは尋ねる。
「10の位を表しているの。太いのが10歳って意味だよ」
「なるほど、フィオナ様は賢うございますね」
クロエはそう笑ったが、たしかに賢い子供だ。
素直に自分の境遇を受け入れ、心配をしている大人たちを和ますため、彼女は務めて笑顔を作りながらその行動に出たのだろう。
フィオナは明るい表情を作りながら、「お父さん、火をつけて」とねだる。
俺は指先から火を出すと蝋燭に火をつける。
灯がともると、フィオナは「消していい? 消していい?」と尋ねてくる。
俺が許可を出すと、彼女は肺と頬袋に空気を満たし、一気にそれをはき出した。
あっという間に消える蝋燭の火。
10の位の蝋燭、太めの蝋燭は最後まで抵抗したが、それでもフィオナの肺活量が勝った。
フィオナは勝ち誇ったように「すごいでしょ?」という表情をしたが、たしかに彼女はすごい。
その後、こんな発言をした。
「イリス叔母様は1200歳だから、これの倍の太さの蝋燭を12本用意しないといけないね」
たしかに娘はすごい。そのような過激な発言をしても、魔女に苦笑いしかもたらさないのだから。
師匠は実年齢を言われたことに腹を立てることなく、大人びた対応をした。
「よし、火も消したことだし、ケーキを食べるか。街一番の菓子職人に作らせたものだ。ほっぺが落ちるくらい旨いはずだぞ」
その温かい光景を見ながら思った。
家族とはいいものだと。
その後、4人は仲睦まじく、ケーキを頬張り、口元をクリームで汚した。
賢くも健気な娘、
皮肉屋だが機転の利く機械人形のメイド、
人格破綻者だが姪には甘い魔女、
誰一人、血は繋がっていなかったが、家族とは我々のような人々をさして用いられる言葉なのだと思った。