きのこたけのこ
バレンティ・デイが近づいてきたある日、メイドであるクロエが話しかけてきた。
「あるじ様、キノコとタケノコ、どちらが好きですか?」
「いきなりだな」
「そうでしょうか? もうじき二月ですよ」
「キノコかな、秘薬の素材になるし」
俺の答えは正しかったらしい。彼女はその言葉を聞くと、にっこりとした。
「やっぱりそうですよね。キノコの方が優れていますよね」
彼女はそう断言すると、来週は楽しみにしていてくださいね、と再び笑顔見せ、立ち去っていった。
なんなのだろう、そんな感想が浮かんだが、いつまでも拘泥していられなかった。
研究で忙しかったからである。
翌日、さらに研究に明け暮れていると、来客がやってくる。
師匠が俺の研究棟にやってきた。師匠も突飛な質問をしてくる。
「まさかとは思うが、お前はキノコ派じゃないだろうな?」
詰問調であり、有無を言わさない態度であった。
「キノコ派?」
そう問い返すと、師匠は補足する。
「タケノコ派か、キノコ派か、どちらか尋ねているのだよ」
彼女の表情と態度は明らかに悪意に満ちた審問官そのものだったので、ここは大人しく軍門に降る。
「はあ、まあ、とくに主義主張はないですが、まあ、タケノコの方が好きかもしれませんね」
その解答を聞いた師匠は破顔すると、腕を組み、
「うむ、よろしい。さすがは我が弟子だ」
と俺を褒めてくれた。
褒められるようなことをしたつもりはなかったが、それで彼女は満足してくれたようだ。
さっさと帰ってくれた。これで研究に専念できる。
そんな感想を漏らすと、以後、研究に没頭した。
――バレンティ・デイ当日、その日、二人の女性からチョコレートを差し出される。
一人は我がメイドクロエ。彼女はクッキーの先にキノコのふさを模した菓子を持っていた。
一方、我が師匠イリス・シーモアは、タケノコを模したクッキーにチョコレートをコーディングした菓子を持っていた。
二人は同時にそれを俺に差し出す。
礼はその場で言ったが、食べたりはしなかった。腹は減っていなかったし、研究に忙しかったからである。
だが、二人はそれを許してくれなかった。
目の前で食べ、キノコ派であるか、タケノコ派であるか、明言するように迫る。
師匠はともかく、クロエも必死な形相で迫ってきたので、彼女たちの指示に従う。
まずはキノコを食べる。
「……クッキーの先にチョコがついたお菓子だな。うまいよ」
その言葉を聞くと、クロエは軽く飛び跳ね喜ぶ。
師匠は悔しそうな顔をしながら「タケノコも食べろ」と勧めてくる。
その勧めに従う。
「……タケノコにチョコをコーディングしたお菓子ですね。美味しいです」
素朴な感想を漏らす。
その言葉を聞いた師匠は勝ち誇るように「ふふん」と鼻を鳴らす。
ふたつのチョコを食べ終えると、彼女たちは同時に迫ってくる。
「で、どっちが美味しかった?」
言葉尻や口調は違ったが、二人は同じ質問をしてきた。
どちらも気迫が籠もっており、また真剣だったので日和らずにはいられない。
「どちらも美味しいよ。そもそも、どっちも同じチョコにクッキーじゃないか。まったく一緒だ」
その言葉を聞いた師匠とクロエは猛然と怒る。
「タケノコなんかと一緒にしないでください!」
「キノコなんかと一緒にするな!」
そして小一時間ほど、キノコとタケノコがまったく違う食べ物であることを説明された。
俺が何百年物間、研究に没頭している間、たかがチョコの形を巡って争いが起こる世の中になったらしい。
平和なことだ。
俺はふたりの喧嘩を収めるため、娘を呼び出した。
フィオナはとことことやってくると、二人の間に割って入り、
「喧嘩はめー! だよ」
と怒った。
メイドと魔女は、娘のその可愛らしい姿を見て矛を収めた。
さて、毎年、このような不毛な争いが起こるのは本望ではなかったが、来年はこの戦いにフィオナも参戦してくるのだろうか。
フィオナはなに派になるのだろうか。それが少し気になった。