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魔女との激戦

 千年賢者カイトと雪の魔女アナスタシア。

 カイトの娘フィオナ、帝国皇女ヴェロニカと亡霊の少女。

 二組の戦いはほぼ同時に始まった。 

戦いの狼煙となったのは魔女アナスタシアの一撃であった。

 彼女は古代魔法言語を速読詠唱すると、自身の頭上に巨大な氷塊を発生させた。


「雪の魔女が氷魔法だなんて安直だとは思うけど」


 と、自嘲気味に笑う。


「まったくだ、なんの意外性もない」


 しかし、と付け加えるカイト。


「さらにやっかいなことにその魔力も絶大。運用法にもなんのけれんみもない」


「千年も生きた賢者に褒められるだなんて恐縮だわ」


「大賢者の称号を持つあんたに言われると皮肉にしか聞こえない」


「そんなことなくてよ。(わたし)はこれでも長幼の序を大切にするの。大先輩は丁重に扱わないと」


 アナスタシアはそう宣言すると、軽く唇を動かす。


 遠すぎて彼女の声は聞こえなかったが、唇の動きを察するに、

「氷塊よ、鋭利な槍へと姿を変え、侵入者を串刺しにせよ」

 と、聞こえた。


 実際、氷塊の一部が砕け散ると、砕け散った氷は槍の形となってカイトを襲う。


 氷の槍は意思を持っているかのように矛先をカイトに向けると刹那の速度で襲いかかってくる。


 もしもカイトが事前に魔法で肉体強化をしていなければ、避けることはできなかっただろう。


 それくらいアナスタシアの氷の槍は速く、そして殺意がこもっていた。

 紙一重で回避に成功し、地中に突き刺さっている槍を見ながら、カイトは尋ねる。


「最初、あんたと出会ったとき、俺はフィオナの父親として丁重に扱ってくれる的な雰囲気をかもしだしていたような気がするのだけど、あれは俺の気のせいかな」


「丁重に扱っているわ。ゆえに全身全霊を持ってこうして挑んでいるの。この雪の魔女が全力を出すなど、何十年ぶりのことか」


「それは光栄なことで。一応、言っておくが、俺が死んだらフィオナはとても悲しむと思うぞ」


「でしょうね」


「フィオナのことは客人として迎えてくれるのだろう?」


「無論よ。彼女はこの世界で唯一、フラスコの外で生きられる『完全』なホムンクルス。代替がきかない。大切に扱うわ」


 あの娘は特別な存在ですしね、とアナスタシアは意味深に笑う。


「だからあの娘を手中にしたら、まずは記憶を弄るわ。そして貴方のことなどすっかり忘れさせて、この館で静かに暮らすのよ。私の『妹』としてね」


「実験体の間違いだろう」


「そうとも言うわね」


「ならば負けられないな」


 カイトはそう言うと、魔法を詠唱した。今、この場で放てる中でも最強の呪文、

《紅蓮唱歌》

 を放った。


 通常の魔術師が唱えることを禁じられている魔法、――否、生半可な魔術師ならば詠唱するだけで死に至るような強力な魔法であった。


 カイトから放たれた灼熱の炎は容赦なくアナスタシアを襲い、紅蓮の炎は彼女を包み込む。


 ただの人間ならば文字通り骨ひとつ残らず灰になる火力であったが、アナスタシアにとってその炎は涼やかな風にも等しかった。


 アナスタシアの髪ひとつ焦がすことはできない。

 青白い魔力が彼女の周りをまとい、鉄壁の壁として炎を防いでいた。


 いや、それだけではない、カイトの魔法はアナスタシアにダメージを与えるどころか、逆に彼女に利用される。


 彼女の周りにまとわりついた炎は、彼女の手のひらの上に収束する。


 そしてアナスタシアは手のひらの上にたまった炎に、「ふう」っと息を吹きかける。


 その様はケーキの上の蝋燭の炎を消す貴族の女のようにも見えた。


 カイトの渾身の魔法を反射するなどそれくらい容易、という演出なのだろうが、事実、彼女はそれを簡単にやってのける。


 カイトは自分の解き放った魔法をまともに受ける。


 ――ただし、カイトもさるもの。即座に前面に防御壁を展開し、灼熱の炎をいなす。


 結局、カイトの放った炎は、ただ、近くの雪を溶かすだけであった。


 ここまでは一進一退、五分五分の戦い……、

「……なのか?」

 と、自問するカイト。


 正直、ここまで魔力に差があるとは思っていなかった。

 まだ対峙したばかりだが、その魔力の差に正直、辟易する。


 先ほどはなった渾身の一撃は、最高の魔力が込められていた。しかし、アナスタシアはそれを蝿でも振り払うかのように跳ね返す。


 そこまでは想定内であったが、カイトには誤算があった。


「魔力の質、戦闘技術には自信があったが、魔力の総量にこれほどまでの差があるだなんて夢にも思っていなかった」


 雪の魔女アナスタシアはカイトの禁呪魔法を跳ね返すだけでなく、それと同時に先ほど造り出した大きな氷の塊をさらに巨大化させていた。


 目算になるが、あの大きさならば先ほどの氷の槍を同時に10本は作れるだろうか。


 そう予見したが、カイトの予想は見事に外れた。

 アナスタシアは空中だけでなく、地中にも巨大な氷を作り上げていたようだ。

 地中からも無数の氷の槍が飛び出てくる。


「っく、さっきの一撃はこれの布石かよ」


「お利口ね」


 と、微笑む魔女。その笑顔は美しくも儚い。


 しかし、見とれている暇はなかった。空中から容赦なく降り注ぐ10本の氷の槍、それをかわしつつ、地中からわき出てくる氷の槍を避けるなど、常人にはできない。

 無論、黙って串刺しにされる理由もないので避けたり、魔法で砕いたり、障壁で防いだりしたが、それでも限界は訪れる。


 あと、数十秒後には氷の槍がカイトの身体を串刺しにするだろう。


 それは定められた既定の未来であったが、千年のときを生きた賢者はそれを回避する。


 カイトはあらゆる角度から襲いかかる氷の槍を一瞬で四散させた。

 己の魔力を解き放ち、粉砕したのだ。

 通常、それは不可能な行為であったが、カイトはそれをなんなく成し遂げた。


 その光景を見て雪の魔女は驚いたような顔した。ついで純粋な好奇心からカイトに尋ねる。


(わたし)と貴方の魔力の差は埋めようがないほどのものがある。だのに貴方はなぜ、こんなにも長い間立っていられるの?」


 その問いにカイトは答える。即座にそれも正確に。


「それは俺がフィオナの父親だからだよ。父親ってのは娘の前でいい格好をしたいものなんだ。最愛の娘の前ではその力を何倍にも発揮できるものなんだよ」


 カイトがそう答えると、魔女は(わら)った。

 ただしカイトを小馬鹿にしたものではなかった。

 アナスタシアは純粋な瞳でこう宣言した。


「ならば貴方を殺すには今の何倍もの魔力を込めた攻撃を放てばいいのね」


 得心したアナスタシアは、即座に両手に魔力を込めると、その両眼にも先ほどの何倍もの殺意を込めた。


 そしてその心の奥底でこう呟く。

 いや、叫ぶ。


「貴方たちのような父娘を見ていると胸をかきむしりたくなる」


 アナスタシアの失った心臓がそう叫んでいたが、その言葉は誰に向けて言っているのだろうか。


 アナスタシア自身、不明瞭だった。

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