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白き聖女

「カイト殿は学院と家でフィオナを警護してくれ、我は配下のものを使い、雪の魔女の動向を探る」


 と、ヴェロニカは宣言すると、我が家を立ち去り、自宅へ戻っていった。

 ヴェロニカの馬車をフィオナと最後まで見送る。

 フィオナは馬車が完全に視界から消えるまで右手を振っていた。

 ヴェロニカも馬車の窓から最後まで俺たちを見つめていた。


 なにかつぶやいているようだが、その唇の動きを見る限り、

「あのような可愛い娘の母親になれたらさぞ幸せだろうに……」

 と、読めた。


 俺は永遠に母親になれないのでその評価が適切かは分からないが、フィオナの父親という立場は世界で一番幸せであった。


 俺はその立場を守るため、娘の右手に注目する。

 そこには氷で作られたかのような怪しげな指輪がはめられていた。


「まずはこれから分析しないとな」


 そう言葉にすると、さっそく実践した。

 娘を研究室へ連れて行く。 



フィオナの右手にはめられている指輪。

 これは先ほど雪の魔女アナスタシアに装着されたものであった。

 ただの装飾品、――と言い張ることはできないだろう。

 この指輪からは魔力を感じるし、送り主は大賢者である。

 これがただの指輪と断じるやつはただのアホだ。

 俺はアホではないので、早急に指輪を調べることにした。

 まずは解呪を試みる。


 この指輪に付与された魔力を消し飛ばし、ただのアクセサリーにすればそのまま外して破壊できると踏んだのだ。


 至極当然な行動であった。


 俺は念入りに呪文を詠唱すると、

『解呪』

 の魔法をかける。


 青白い指輪がより一層青白く輝く。

 ――が、魔法が解除される兆しはなかった。


 俺は落胆したが、フィオナは気落ちすることなくその光景を嬉しそうに見ていた。

 理由を尋ねる。


「だって、この指輪の色とお父さんの魔法が合わせ混じってとても綺麗なんだもの。なんか真冬の花火みたい」


 詩的な言葉である。

 娘は魔術師ではなく、作家か詩人にも向いているかもしれない。


 作家になれば大文豪、詩人になれば桂冠詩人(けいかんしじん)になれるほどの文才を秘めているはず。


 そう思ったが口にはしない。

 代わりにクロエが大きな手斧を持ってきた。


「……なんに使う気だ?」


「魔法が駄目ならば物理かと思いまして」


「安直なメイドだな」


 と言うと俺は続ける。


「駄目だ駄目。手元が狂ってフィオナが怪我をしたらどうする」


「クロエの薪割りは一分の狂いもありません。見事、指輪だけに命中させて見せます」


 と、偉そうに言うが、それでも却下である。


「この指輪にはどんな呪いが掛けられているか分からないんだ。まずは付与されている呪いを分析しないと」


 そう断言すると、俺は娘の手を実験器具に入れた。

 最新鋭の器具である。

 購入時、クロエに小言を言われたが買いそろえておいてよかった。

 フィオナはおそるおそる待ち構えている。


 まるで荒療治に怯える子供のようであったが、無理もない。錬金術師の実験器具というやつは端から見れば拷問器具や邪教徒の祭祀(さいし)道具と大差ない。


 娘が怯えるのも仕方ないことであった。


 ただ、それでも俺に全幅の信頼を寄せてくれているのだろう。ぷるぷる震えながらも大人しくしてくれていた。


 俺は「偉いぞ」と娘の頭を撫でると、実験を続けた。

 実験器具の中に満たした特殊な液体。


 高価な秘薬や霊薬を惜しみなく使う。白竜山の泉から湧き出る水と高貴なエルフの涙を混合した液体。これに魔法を付与したアイテムをひたすと、おおよその構成素材と付与されている魔法の種類が分かる。


 なかなかに便利な薬品であった。


「それでこの指輪に掛けられている呪いはなんなのですか?」


 器具の中の透明な液体がリトマス試験紙のように変色すると、クロエが開口一番に声を掛けてきた。


 せっかちなメイドであるが、気持ちは分からなくもない。


 それに娘も心配げに見つめているので、検査結果を迅速に、正確に彼女たちに伝えることにした。


「この指輪は古代魔法文明の遺産だな。年代測定で五千年前と出た」


「五千年前の指輪なんだ」


 フィオナは驚いている。


「お父さんの五倍も年上だね」


「だな。ただ、それほど貴重なものではない。そうだな、帝都の専門店に行けば、金貨百枚で買えるんじゃないか」


「それを安いと思うあるじ様の金銭感覚にものを申したいですが」


「あくまで古代文明の遺産としては安い、と言っているだけだよ。古代人が普段、身につけていたもので、当時、大量生産されたものだ」


「でも、綺麗だね。古代人さんはおしゃれさんだったんだね」


 と、煌びやかな指輪を見てフィオナは評する。


「まあな。呪いさえ解ければ手元に置いておいてもいいが……」


 だが――、と俺は続ける。


「問題なのはその指輪ではなく、指輪に掛けられた呪いだな」


「強力な呪いなのですか?」


 クロエが神妙な面持ちで言う。

フィオナも真剣な表情をしている。

 やはり魔女に掛けられた呪いの種類が気になるのであろう。

 俺は彼女たちの緊張を解くため、少しだけおどけながら言った。


「いや、それが全然」


「え? 強力な呪いじゃないの?」


 一番、ぽかんとしているのは呪いをかけられた娘であろうか。たしかに当の本人が一番意表を突かれる結果かもしれない。


「でも、お父さんが解呪できなかったんだよね?」


「ですよ。千年賢者であるあるじ様が解呪できない呪いが強力でなかったら、なにを強力だというのですか」


 二人は尋ねてくるが、それについても説明する。


「いや、外すことができない強制力の方は強力なんだが、肝心の呪い自体は見受けられないんだよな」


「そんなことがありえるのですか?」


「現にある」


「あるじ様の見落とし――、ということはないでしょうね」


 とは賢者としての俺の腕を買ってくれているのだろう。

俺はクロエの期待に応える。


「この世の全ての呪いに通じている、と慢心するほど呪いを研究してきたわけじゃないが、この千年間、色々な魔術に没頭してきた。その中には呪いのアイテムもある」


 そこで言葉を句切る。


「呪いのアイテムというのは基本的に象徴的な意味合いも兼ねる。相手にそれを装備させることによって呪術者は常にお前を見ている、あるいは呪いからは逃げられない、と精神的に追い詰めるんだ」


「たしかに、呪いを掛けるだけなら本人に直接かけることもできますしね」


「そっちの方がてっとりばやいしな。それに呪いのアイテムはそれ自体がボトルネックになる。破壊すれば呪い自体を解くことができるからな」


「なるほど、雪の魔女アナスタシアは非合理的なことをしているわけですね」


 クロエはまとめる。


「たしかにそうかも。この指輪、呪われているなんて信じられないくらい綺麗だし……」


 フィオナは自分の指に付けられた指輪を凝視している。

 俺はさっとフィオナの目に手を当てる。


 呪いが微弱だと分かってはいるが、娘が呪いのアイテムに魅入られてはかなわない、と思ったからだ。


「…………」


 娘は黙って目隠しに応じてくれるが、さてどうしたものか。


 このまま研究を重ねれば指輪の解除くらいできるだろう。それまで学校を休ませなければならないが、それは問題ない。今さら真面目な教師など演じられないし、演じる気もない。


 俺の行動原理の根幹に娘が一番というものがある。

 ならば黙ってこのまま研究に入るべきなのだが、なにか腑に落ちない。


「師匠と並ぶ魔女の呼称を持つ女が仕掛けたにしてはちゃちすぎるのが気になるんだよな」


 ぼそり、と本音を漏らす。



 雪の魔女アナスタシア。


 我が師匠である鮮血の魔女イリス・シーモアと並ぶ6大賢女の一人に数えられる魔術師だ。


 その年齢は不明。


 北の大国の宮廷魔術師をしているらしいが、滅多に世間には姿を見せず、隠遁(いんとん)しているという。


 師匠いわく、大賢者に就任して数百年、賢人会議にもかかさず出席しているが、アナスタシアという魔女を見たのは数えるほどしかないらしい。


「まあ、引きこもりの陰険女じゃな」


 とは師匠の総評だが、その実力は師匠も一目置く。


「もしも一対一で戦えば先に音を上げるのは私の方かもしれないな。――無論、最後に勝つのは私だが」


 師匠をしてそこまで言わしめるのだから、相当の実力者とみて間違いないだろう。

 そんな魔女と俺は互角に戦えるのか? 

 娘を守り切ることができるのか?

 急に不安になる。

 しかし、相手がどのような強敵でも戦わなければならない。


 それが一人の子の父親になった男の責任でもあったし、世界一可愛い娘を授かった男の義務でもあった。


 娘を守り、幸せな生活を営むのは父親の尊い権利なのだ。

 俺はその権利をまっとうすべく、方策を巡らした。

 


 まずは娘の目隠しを解除。

 娘の頭を名残惜しげに撫でると、クロエに視線をやる。

 彼女も俺の方策に気がついたのだろう。

 しかもその方策に全面的に賛成のようだ。このように尋ねてくる。


「あるじ様、帝都からシーモア様をお呼びするのですね」


「ああ、師匠と並び評される魔女と戦うんだ。それくらいの増援は必要だろう」


「1個騎士団に勝る心強い増援です」


「この場合は3個騎士団かな。姪っ子を傷つける輩を許すようなたまじゃない」


「ですね。さっそく、使い魔に書簡を持たせますか?」


「そうだな、用意を頼む。一刻も早く連絡したいから鷹を使い魔に――」


 俺が最後まで言葉を続けられなかったのは、メイド服を身にまとった忠実なメイドがその場に崩れ落ちたからである。

 俺は慌てて彼女を支える。


「お、お父さん、クロエが倒れちゃった!」


 娘は顔面を蒼白にさせる。自身に呪いが掛けられていると判明したときよりもよっぽど悲壮感がただよっていた。


 それくらいクロエの様子は尋常ではなかった。

 感情回路の暴走による凍結(フリーズ)ではない。

 娘の様子とクロエの様子、双方でそれをすぐに察することができた。

 見ればクロエの身体、その中心部、つまり心臓からは触手が伸びている。


 ――いや、触手ではなく、植物のツタのようだ、それも薔薇のツタに酷似している。


 それはクロエの胸から勢いよく伸び続けると、彼女の身体を自縛するようにまとい始めた。


 その姿を見て俺は自分の観察眼なさをなじった。



(――前回の襲撃の狙いはフィオナではなく、クロエだったのか)



 冒険者ギルドの前に現れた雪の魔女アナスタシア。


 最初、フィオナをかどわかすために現れたのかと思ったが、そうではなかったようだ。


 いや、最終的目標はフィオナの身柄にあるのだろうが、雪の魔女はその前に布石を打った。


 己と比肩しうる魔女の介入を阻むことにしたのだ。


 クロエの身体から湧き出た植物、それはクロエの意識を奪うだけでなく、クロエの生命をも脅かしていた。


 メイド服をはだけさせ、彼女の身体の内部を確認する。


 見れば機械仕掛けの少女の生命線ともいえる『賢者の石もどき』と『思考回路』にツタが絡まっていた。念入りにからまり、無理にはがそうとすればその棘が彼女の心臓部を破壊するのは容易に想像できる。


 つまり、クロエの命は人質に取られたということだ。


 フィオナの呪いの指輪はフェイク、つまり陽動で、本命はこちらということになる。


 それを言語化してくれるものがいる。

 ――正確には物か。

 フィオナの指にはめられた指輪が青白く輝くと、こんな音声を送ってきた。


「このメッセージを聞いている、ということは私の巻いた種は見事に発芽した、ということになるわね」


 その後、冷笑めいた声が聞こえたような気がした。


 絶対的強者の余裕か、あるいは最初からこの策が上手くいくと信じて疑っていなかったか。


 ともかく、アナスタシアは冷徹にも聞こえる音域で話を続けた。


「千年賢者である貴方ならば察しているとは思うけれど、言葉にするわね。まずはフィオナに装着されたこの指輪だけど大した呪いはかけられていないわ。付与してある魔法も《音声記録》のみ。つまり、このメッセージを伝えたら朽ちる仕掛けになっているから安心して」


「そいつはありがたい」


 届くはずはないが、そんな皮肉を漏らすとアナスタシアの声は続く。


「見れば理解してくれると思うのだけど、(わたし)はあなたたちの大切なメイドの生殺与奪件を握っているの。(わたし)はこれからふたつのお願いをするから、そのふたつを遵守してちょうだい。そうしたらそのメイドの身体に埋め込んだ種子を取り除いてあげる」


 アナスタシアはそこで一呼吸を置くとこう続けた。


「ひとつ、(わたし)の存在、今回の一連の騒動を鮮血の魔女、つまりあなたの師匠には絶対に告げ口しないこと。あの魔女がこの公都に現れたと確認した瞬間、あなたたちの大切なメイドは物言わぬ人形の残骸になるでしょう」


「…………」


 俺と娘は黙ってクロエを見つめる。

 絶対そんな真似はさせない。父娘の瞳はそう語っていた。


「ふたつ目の願い。それは無論、あなたの横にいる人工生命体(ホムンクルス)、フィオナのこと。いや、正確に言えばあなたたち親子ね。単刀直入に言わせてもらえば(わたし)はあなたたち父娘が欲しい。だからあなたには(わたし)の弟子に。その娘であるフィオナは(わたし)のものになって欲しいの」


 アナスタシアは再び間を置くと、最後にこう締めくくった。


「それが(わたし)の願い。シンプルでしょう?」


 その音声メーセージが再生されるとともに、娘の指に装着されていた指輪は朽ち果てる。


 灰となった指輪はさらさらと地面に広がり、なにか模様のようなものを描き出す。

 不安になった娘は俺のローブ袖をぎゅっと掴む。

 娘の手を握りしめるとその灰が流れ落ちるまで娘の手を握りしめていた。

 数分後、灰は見慣れた形の模様を作り上げる。


「お父さん、これって……」


 娘は即座に指摘してくる。このような状況下、それにこの短時間で気がつくとは、さすがは我が娘だ。その聡明さは賞賛に値した。


「ああ、これはこのリーングラードの地図だな」


「だよね、この前、お父さんの授業で習った」


 フィオナはそう言うとおそるおそる灰の絵地図の一カ所を指さす。

 そこだけ砕けた指輪の宝石部分が残っており、青白く輝いていた。


「アナスタシアさんはここに来なさい、ってわたしたちに言っているのかな」


 敵である魔女にも『さん』付けしてしまう娘に少し苦笑してしまったが、娘らしくはある。


「ああ、たぶん、いや、間違いなくそうだろうな」


「わたしたちがそこに行けばクロエは助けて貰えるんだね……」


「雪の魔女が約束を守ってくれるのであれば」


「守って貰わないと。そうじゃないともう二度とクロエに会えなくなっちゃう。だから、わたし、ここに行きたい。ここに行ってアナスタシアさんを説得したい。わたしはどうなってもいいからクロエは助けてください、って」


「……そう言うと思ってたよ」


 しかし、俺はそれ以上不平も不満も言わなかった。

 これでも父親である。フィオナの解答や行動などとっくにお見通しだった。

 フィオナの性格を熟知した上で、俺はとある策を講じることにした。

 軽くフィオナの頭を撫でるとこう言った。


「さて、千年賢者とその娘、白き聖女を敵に回した報いは受けてもらわないとな」


「白き聖女?」


 娘は不思議そうな顔で問い返す。


「将来、お前が世間様から呼称されるあだ名だ。フィオナのように清らかで正義感が強い魔法使いにはぴったりの呼称だろ」


 俺が軽くウィンクをすると、娘は少し頬を染め、

「……お父さんは大げさだよ」

 と、論評してくれた。

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