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永遠の17歳 (期間限定ラフ画公開中)

http://14615.mitemin.net/i247260/挿絵(By みてみん)


 書斎に入る。

 そこには椅子に腰掛ける一人の女性がいた。

 彼女は意匠を凝らした椅子に腰をかけ、足を組んでいた。

 妙に露出の多い衣装を着ている。


 なんでも魔術とは自然の摂理をあやつる術、なるべく肌を外気に触れさせるのが魔術師の正しい姿、それが彼女の持論だった。


 ゆえに彼女は出会ったときから目のやり場に困る衣服に身を包んでいた。

 また、本人も自分の美貌の価値を知っているのだろう。


 その肢体の美しさも熟知しているようで、わざと足を組みかえて、その艶姿で男の視線を弄ぶのが得意だった。


 もっとも、俺にはその手は通用しないが。

 たしかにこの魔女の美貌は特筆に値した。


 鮮血で染め上げたような真っ赤な髪と瞳はとても魅力的で、ほのかにただよう色香は魔性を感じさせる。


 だが、この魔女の年齢は1000と200歳である。

 どんなに魅力的な女性に見えても、そう考えると萎えるものがあった。

 200歳以上も年上の人間を恋愛対象に見ることはできなかった。

 そう思っていると、彼女は、イリス・シーモアは不機嫌な表情になった。


「相も変わらず草食系だな。何十年ぶりかに愚弟子が訪れるというから、めかし込んで待っていたものを」


「師匠のことは姉のように慕っております。家族をそういう目で見ることはできません」


「恋愛は障害が多いほど盛り上がるものだがな。姉と弟の禁断の恋。燃えるではないか」


「俺にそんな趣味はありませんよ」


 そう言い切ったが、すると師匠は「まあいい」と口を曲げた。


「もしも年齢のことを指して恋愛対象にならない、と言われたら傷つくが、姉のようにと言われれば是非もない。たしかに私はお前のことを実の弟のように育てたからな」


「ありがたいことです。そう言えば師匠と出会ってもう『千年』経過するんですね。まさかこんなにも長い付き合いになるとは最初は思いませんでした」


「……今、千という数字を強調しなかったか? 自分の歳を数えると同時に私の歳を数えなかったか?」

 

 師匠は少しムキになりながらそう言った。

 俺は少し呆れながら彼女に問う。


「師匠。師匠との再会は数十年ぶりですが、いまだに年齢を気にされているのですか? 失礼ですが、100歳を超えれば後はもう誤差のような気がするのですが……」


「誤差? なんのことだ。年齢はきちんと数えないといけないぞ。ちなみに私は100歳を越えていない」


「……いや、師匠、師匠と俺が初めて逢ったのは、俺が13くらいのときですよ。それから千年以上経過しているのだから、少なくとも千歳は越えている――」


 と言いかける俺の言葉を彼女は強制的に遮る。


「何を言っている? 私はまだ17歳だぞ?」


「いや、17って……」


「いいや、私は17だ。17歳と14196ヶ月だ。花も恥じらう乙女とはきっと私のような年頃の娘を指すのだろうな」


「い、1万って……」


 よくもまあ計算したものだな。それともこういう事態に備えていつも数えているのだろうか。

 彼女は傲岸と不遜を両立した態度で自分が17歳だと主張する。


「はあ……」と軽くと息を漏らす。


 この魔女は、いつもこんな感じなのだ。


 まあ、これでも師匠は女だ。その年齢を無用に責め立てるのは紳士的ではないだろう。それに彼女を17歳の乙女として扱えばことは上手くいくのだ。


 仮に彼女の実際の年齢(長年の付き合いなので俺だけは知っている)を声高に叫び、彼女が数百ヶ月も月齢をさば読んでることを指弾することもできたが、そんなことをしてもなんの意味もない。


 いや、意味もないどころか、機嫌を損ねて殺されてしまうかもしれない。

 実際、最初に顔を見せたときは柔和な顔をしていたが、今現在は変化していた。

 顔は笑っていたが、目が笑っていなかった。

 その手には心なしか魔力が込められているような気もする。


 数百年前、とある魔術学会で彼女が他の賢者と口論になったとき、彼女は今のような表情をしていた。


 その後、彼女は学会のさなか、満場の席で、自分の年齢をあざ笑った賢者を瞬殺した。いや、瞬半殺しか。


 無論、そのことは大問題となり、師匠は一年間、謹慎処分を喰らったが、以後、その賢者は学会にも顔を出せなくなったし、学会で彼女の年齢に触れるものもいなくなった。


 

 鮮血の魔女の異名はそのときについた返り血に由来する。

 私が赤毛だからではない。



 とは彼女の冗談であるが、まあ、ともかく、年齢に触れないのが賢明な選択であろう。

 俺は話題を転じさせるため、彼女に娘を披露することにした。


「それでは花も恥じらう乙女である姉君に、我が娘を紹介します。師匠は俺の姉なのですから、師匠は伯母上となるのでしょうか?」


 さて、年齢にはうるさい師匠であるが、呼称についてはどうであろうか。


伯母(おば)」などと呼ばれると腹を立てないか心配したが、それは杞憂だったようだ。


「世の中には自分よりも年下の伯母もいる。細かい呼称など気にしていたら、小じわが増えるわ。いや、私には小じわなどないが」


 彼女はそう断言すると、フィオナに「伯母様」と呼ぶ栄誉を与えてくれた。

 俺はその栄誉を光栄に思いつつ、フィオナの耳元でささやく。


「フィオナ。この人は俺の師匠だ。それに俺の育ての親でもある」


「おとーさんのおかーさんなの?」


「おかーさんというよりもお姉さんだな。だから伯母上と呼びなさい」


 俺がそう言うと、フィオナは「うん」とうなずき、「伯母上様初めまして!」とスカートの裾を持ち上げて挨拶をした。


 その姿を見て師匠は賛嘆の声を上げる。


「ほう、見事なものだ。男手だけで育てたのに、礼節をわきまえている」


「きっと、オットー家の子供たちの真似をしているのでしょう」


 数週間前まではこのような挨拶をする娘ではなかった。

 このような貴族の令嬢のような挨拶ではなく、もっと直情的というか、子供らしい子供だった。


 たぶん、オットー家に滞在していなければ、もっと元気に、師匠の胸に飛び込むように挨拶しただろう。


 それはそれで師匠は嬉しいのかもしれないが。

 彼女はフィオナのもとまで歩み寄ると、彼女を抱きかかえた。

 自分の右手に腰掛けさせるようにフィオナを抱き上げる。

 それは彼女なりの愛情表現であるようだったし、フィオナの検分も兼ねているようだ。


「ふむ、体重は17キロといったところか。見た目は5歳児くらいだな」


 師匠はそうくちにすると、俺の方へ振り向く。

 《念話》の魔法を飛ばしてくる。


『この娘には自分がホムンクルスであることを伏せているのだろうな』


『当然です。というかそうせざるをえませんよ。彼女に出生の秘密を打ち明ける勇気はない』


『賢明だな。ここまで黙っていたのならば、最後まで騙し通せ。少なくともこの子が大人になるまで隠し通せ』


『そうするつもりです。ですが、この子は大人になれるのでしょうか?』


『どういう意味だ?』


『歴史を紐解けば、俺のようにホムンクルス創造に成功した魔術師は何人かいるそうですが、生まれたホムンクルスは短命に終わっているようです。もしかしたらこの子も……』


『この子も先人の例にならう、というわけか。さて、それは私には計りかねるが、過去、生まれたホムンクルスは、皆、文字通り、フラスコの中の小人だった。フラスコの外に出れない虚弱な身体をしていた。だが、この子はどうだ? こうして外気を吸い、成長まで遂げている。この子が何歳まで生きるか、神ならざる私には分からないが、少なくとも今日明日心配するようなことではあるまい』


『……師匠にそう言って頂けると安心します』


 彼女はそこで一呼吸置くと続けた。


『それとお前はこの娘の成長速度を心配しているようだが、過去、すべての文献に登場するホムンクルスは例外なく成長が早い。ただ、ある一定の年齢まで達するとあとは人間と同じ速度になるそうだ』


『なるほど、それは助かる』


『せっかく親心が芽生えたのに、あっという間に死なれたら困るしな』


 師匠はそう皮肉を漏らすと、フィオナを地面に下ろした。

 会話を念話ではなく、共通言語に切り替える。


「ああ、重い。この調子だと、あと数ヶ月で気軽に抱くこともできなくなるな。少なくとも花も恥じらう乙女である私には不可能になる。まあ、元気に育っている証拠だが」


 彼女は、そう漏らすと、フィオナに話しかけた。


「フィオナよ。女中に菓子を用意させる。なにか食べたいものがあるか?」


 フィオナは元気よく答える。


林檎(りんご)のタルトが食べたいです!」


「なるほど、あいわかった。用意させよう」


 師匠はそう言うと、女中を呼び、林檎のタルトを作るように命じる。

 そしてクロエの方へ振り返り、こう付け加える。


「今からこの愚弟子と話し合いをする。この娘には聞かれたくないから、この娘をこの部屋には近づけないように」


 師匠は凜とした表情と口調で言った。

 クロエはうやうやしく頭を垂れる。

 クロエは俺と師匠がフィオナの未来を決める重要な話をすると察しているのだろう。


「よしなにお願いします」


 と、深々と頭を下げた。

 師匠は返す。


「世間のものは私を鮮血の魔女だと蔑むが、ついさっき、伯母上と呼ばれる身分になった。自分の姪を悲しませるような真似はしないよ」


 そう断言すると、俺の方を見た。


「それにこの愚弟子も娘を悲しませるような選択肢は取るまい。クロエよ、安心してその子に林檎のタルトを食させるがよい」


 彼女は、このシーモア家の林檎のタルトは帝国で一番旨いぞ、そう言い切り笑った。

 クロエも微笑み返す。


「では、その味の秘密を盗み出して、いつか帝国で二番目にして差し上げましょう」


 彼女はそう言い切ると、フィオナの手を引き、客間へと向かった。

 俺は彼女たちがいなくなったのを確認すると、師匠に勧められるがまま椅子に腰をかけた。

 これから長い話し合いが始まるのだ。その間立っている必然性を感じられなかった。

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