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少しだけお姉さんになった娘

 こうして一連の事件が決着した。


 学院にはびこっていた邪教徒――、人身売買に手を染めていた一派は一網打尽にされた。


 その数6人、思ったよりも多く、学院側は動揺したが、生徒たちは動揺しなかった。


 すべてが秘密裏に処理されたからである。

 異端審問騎士団の配慮と学院長の采配によるものだが、政治的な配慮もある。


 学院にそのような不届きものがいたことは大問題であり、学院の理事会が聖教会や公国に根回しをし、徹底的にもみ消したからだ。


 大人らしいというか、政治の論理であるが、一教師、一父親としてみればありがたい配慮であった。


 生徒たちが不安にならずに済むし、フィオナも動揺せずに済む。


 あるいは大人になればいつかそういった大人の事情を理解しなければならない日がくるかもしれないが、それは遠い未来で良かった。


 彼女たちはまだ子供。子供は子供らしく育って欲しかった。

 そういった意味では今回の事件はある意味福音だ。


 学院に巣くっていた悪徳教師は一掃された。保守的で学院の改革を嫌う石頭どもがいなくなったのである。


 これで学院長のカリーニンは仕事がしやすくなったし、子供たちもすくすくと教育が受けられるようになるだろう。


 そう思ったが、それは半分正解で、半分不正解であった。

 たしかに生徒たちの視点で見れば良いことづくめであった。


 また学院側から見ても一緒であったが、とある教師、というか俺から見れば面倒ごとがひとつ増えた。


 学院の教師が一挙に減ったことにより、俺の仕事量が増えたのである。


 できるだけ仕事はしない、生徒の自主性に任せる、をモットーに教師を務めてきた俺にとって、それは一大事であった。


 いつもは授業が終われば、そのまま家に帰り、フィオナの帰りを待ちながら、自分の研究に精を出すのが日課だったが、その日課もできなくなって数週間が経った。

 フラストレーションが溜まりまくっているが、生徒やフィオナたちの前では口に出さなかった。


「そこだけは大人ですね」


 とはクロエの言葉であったが、自分でもそう思うので反論しなかった。



さて、そのように連日、真面目に仕事をこなして家に帰る。

 積み重なった仕事により、帰りが9時を過ぎることもあった。


 9時と言えば娘が寝る時間であるが、娘は俺が帰ってくるまで絶対に眠ることはなかった。


 眠い目をこすりながら、待っていてくれる。


 家に帰ると娘が、

「お帰りなさい、お父さん」

 と、笑顔で迎えてくれた。


 娘の笑顔は疲れた俺の身体をなによりも癒やしてくれる。


俺は娘の金髪に手を置くと、娘が夜更かししていることをたしなめるべきか、それとも遅くまでおきて出迎えてくれたことに感謝すべきか迷った。


 教育者、厳格な父親としては前者なのだが、親馬鹿な賢者としては断然後者だ。


 なので俺は娘の頭をくしゃくしゃになで回すと、

「ただいま、フィオナ」

 と言った。


「お父さん、せっかく、クロエがとかしてくれたのに、髪の毛がくしゃくしゃになっちゃうよ」


 フィオナは抗議するが、まんざらでもないようだ。


 またまだこのようなコミュニケーションをしても厭がらない年頃の可愛い娘であった。


「まったく、早く教員を増員して、この残業地獄から解放して欲しいよ」


 愚痴を漏らすとフィオナが尋ねてくる。


「先生が大量に辞めちゃったからお父さんが忙しくなっちゃったの?」


「そうだよ。まったく、俺は仕事なんてしたくないのにな」


 と、社会人失格の台詞を言うと、娘も同意してくれた。


「伯母様にお願いして先生を増やしてもらうといいの」


「師匠にか?」


「うん、だって伯母様は魔術学院の偉い人なんだよね?」


「たしか理事に名前を連ねていたはずだけど」


 その割には学院で一度も見たことはないが。


「……まあ、でもそれはたしかに妙案かもな。一度、師匠に手紙でも書いてみようか」


「会いに行かないの?」


「この前帝国に行ったばかりだからな。そんなに休んでばっかりいたら、さすがに首になる」


「そうかぁ、また伯母様に会いたいな」


「安心しろ。次の長期休暇にはまた帝国に遊びに行くよ」


「ほんと?」


「俺がフィオナに嘘をついたことがあるか?」


「ないよ」


 と、フィオナは言うと、「嬉しい♪」と俺に抱きついてきた。

 俺の胸に顔をうずめると、続いて顔を上げ、こう付け加える。


「ハーモニアも一緒に連れて行っていい?」


「かまわないけど、彼女はおじいさんに会いたいんじゃないか?」


「同じ帝国だよ。実家の帰りに伯母様の屋敷によってもらうの」


「ならいいんじゃないか。まあ、ハーモニアが望むならば断る理由はない」


 フィオナは「やた♪」と片足を上げる。


「じゃあ、イスマもいいよね?」


「かまわないよ。婚約者のリリーナも連れてくるといい」


 俺がそう言うとフィオナは破顔する。


 その後も娘は続ける。じゃあ、じゃあ、と言うと、


「リッテンももちろん連れて行っていいよね? リッテンだけお留守番とかないよね?」


「…………」


 それについては沈黙せざるをえない。


 俺はしばし黙っていると、フィオナは明らかに表情を曇らせた。

 ここは正直に話すべきだろう。そう思った。


「さっき、異端審問騎士団のミリエルさんから連絡があった。リッテンの親御さんが見つかったそうだよ」


「……そうなんだ」


 フィオナは端から見ても分かるくらい気落ちしていた。


 このままリッテンの親が見つからなければ弟ができると思い込んでいた少女には酷な知らせだったのかもしれない。


 しかし、フィオナは心優しいが、聡明な子供でもあった。

 すぐにリッテンが幸せになる道が見つかったと喜びの表情を浮かべた。


 リッテンのベビーバスケットまで向かうと、お姉さんぽい笑顔を作りながらこう言った。


「リッテン、リッテン、あなたのパパとママが見つかったよ。もうじき、パパとママに会えるよ。よかったね、これでもう寂しくないよ」


 フィオナはそう語りかけるが、無論、赤子にはまだ言葉は通じない。


 ――はずであるが、リッテンはフィオナの言葉に反応するかのように笑顔を浮かべた。


 言葉は通じなくても、フィオナの心が届いたのかもしれない。


 なにせ娘はこの数週間、リッテンを実の弟のように可愛がり、足を棒のようにして父母を探していたのだ。


 その献身的な行動は赤子にも届いていた、そう解釈するしかなかった。

 実際、リッテンは別れの間際まで、穏やかにフィオナにあやされていた。


 翌々日、魔術師協会の若い魔術師夫妻がやってきて、リッテンを受け取る際まで、リッテンはぐずることはなかった。


 フィオナも別れの瞬間まで、気丈にリッテンの姉を演じていた。


 実母がリッテンを受け取った瞬間、フィオナと引き反されると悟ったリッテンが初めて泣いたが、フィオナは最後まで涙を見せなかった。


 笑顔でリッテンの父母の謝辞を受け取ると、最後まで微笑みを絶やすことなく、手を振り続けた。


 ただし、リッテンの姿が見えなくなると、くるり、と俺の方を振り向き、涙腺を崩壊させたが。


「うぁあ~~ん、リッテンがいなくなっちゃったよ~」


 と、まるで赤子のように泣いた。

 それほどまでにリッテンが可愛かったのだろう。感情移入していたのだろう。


 親馬鹿賢者としては今からリッテンの父母に掛け合って、リッテンを譲ってもらいたくなったが、さすがにそんな人買いみたいな真似はできなかった。


 だから代わりにフィオナを抱きしめると、こう諭した。


「同じ公都に住んでいるんだ。また会えるさ」


 そう言いながらフィオナを抱きしめると、娘は「ぐすん」と鼻をすすった。


「……うん、分かった。もう泣かないよ。リッテンもきっと泣き虫なお姉さんなんて嫌いだよね」


 と、俺を潤んだ瞳で見上げてくる。


 さて、それはどうだか分からないが、俺は誰かを思い、誰かのために、涙を流す娘の優しい心根が大好きだった。


 子供なのだから泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑えばいい。

 そう思っていた。

 なのでそれ以上、言葉は発せずにこう言った。


「さて、今日はフィオナの好きなものでも食べて帰ろうか。なにか食べたいものはないか?」


 娘はしばし逡巡すると、こう言った。


「クロエの作ったご飯が食べたい」


「そうか。クロエのご飯は公都で一番だもんな」


 そう締めくくると、娘の手を握り、家路についた。

 夕日が俺たち親子を照らす。

 俺とフィオナの影法師が公都の石畳を黒く染め上げた。


 こうして、リッテンが俺の家にやってきたときから始まった一連の事件は解決した。


 たった数週間の出来事だったが、すべてが終わると娘は少しだけお姉さんになったような気がした。

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