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魔術師との戦い 前編 †

 黄金の跳ね馬亭に入ると、グラスを拭いていた店主が胡散臭そうな視線を向けてきた。


 魔術師姿の男が一人に銀色の髪をした貴族の令嬢風の機械人形が一体、奇妙な取り合わせだ。


 そのような視線は予期していたが、金貨を一枚支払い、釣りはいらないというと、店主は無愛想に席に座る許可をくれた。


 クロエは小声でささやいてくる。


「もしもあとで乱闘になったら、どさくさに紛れてぶん殴ってもいいですか?」


「駄目だ」


 というとクロエは残念です、と続けた。


「乱闘になるかはともかく、まずはフェルディナンドと接触しないとな」


「先に店にきている、とうかがいました」


「俺もそう聞いていたが、どうやら遅れているか、あるいは変装しているか、もしくは二階に控えているのかもしれない」


「どうしてですか?」


「警戒しているのだろう。なにせ非合法な素材を購入して人道にもとる実験をしているようなやからだからな。捕まったら絞首刑だ。慎重にもなる」


「ならばやってこないという可能性もあるのですね」


「そうならないように魅力的な餌を用意したつもりなんだが」


「クロエは魅力的な餌ですか」


「賢者の石もどきはやつの研究には欠かせないはずだ。それにホムンクルスを作るのならば、感情についても研究しないと。感情を持たないホムンクルスは、姿形が人間でも、ホムンクルスとは言えない」


「だからあるじ様はクロエに感情を与えてくれたのですか?」


「まあ、それだけじゃないが、機械人形が自分で意志を持ち、考えを持つようになったら面白いだろうな、と思ったんだよ」


「なるほど、それで面白かったですか?」


「何百年かは退屈しないで済んだ」


 間接的に褒めておくと、黄金の跳ね馬亭の二階から足音が聞こえた。

 古びた木造階段が軋む音がする。


 その陰気な足音、そして不穏な空気で、その男が件のフェルディナンドであることを察する。


 クロエは緊張の面持ちで男を見つめていた。


「うわぁ、クロエはあの男に売られるのですか」


 露骨な嫌悪感を示すクロエ。


「売るんじゃない。提示するだけだよ、この珍しい機械仕掛けの人形を買いませんか? と」


「それだけでも腹立たしいです」


「我慢してくれ、おびき出す餌だ」


「では、もういいのでは? やつはやってきました。すぐに捕縛しましょう」


「待て、一応、事前に問いただす。もしも素直に口を割るのならば暴力は用いたくない」


「素直に口を割るよう顔には見えませんが」


「可能性がある限りできるだけ穏便に済ませたい。それにちょっと興味があってね」

「興味ですか?」


「ああ、クロエにいったい、いくらの値段を付けるか興味がある。俺は金貨3000枚はくだらないと思っているのだが」


 冗談めかしてそう言うと、クロエは頬を膨らませた。


「あるじ様はあの男とは逆ベクトルに趣味が悪いと思います」


 クロエは珍しく怒ったが、結局、クロエの市場価格は分からなかった。

 クロエに値段が付けられる前に男が奇妙な動作をしたからである。

 その動作を見逃さなかった俺は、クロエを押し倒す。


 クロエは最初、


「あるじ様、押し倒すならば時と場所を選んでください。クロエはあるじ様の求めを断ることはありませんから」


 そんな台詞を漏らしていたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。


 先ほどまで俺たちが座っていたテーブルや椅子が粉々に砕けていたのだ。

フェルディナンドは無詠唱で《破壊》の呪文を撃ち放ってきたのだ。


「あるじ様、あの男はクロエをご所望なのですよね」


「そのはずだが」


「ならばどうしてクロエまで粉々にする魔法を唱えたのですか?」


「やつが欲しいのはクロエの身体(ボディ)ではなく、胸にある賢者の石もどきと俺が作った回路なんだろうな」


「身体なんていくらでも作り直せる、というわけですか……」


「しかも、俺ごと壊せば、代金もただになるってわけだ。まったく、悪党の上にケチときている。救いがたいな」


「ならば容赦せずぶん殴っていいですか?」


「OK、と言いたいところだが、クロエは店内の客と店員を外に誘導してくれ。やつは俺たちどころか客も店員も皆殺しにするつもりだ」


 見ればフェルディナンドは禁呪魔法を唱えていた。


 もしもその詠唱が終わればこの狭い店にひしめく人間は消し炭になることだろう。


 それを邪魔するため、《雷撃》の魔法を唱える。

 詠唱を邪魔し、足下に浮かび上がった魔方陣を消すためだった。


 《雷撃》はまっすぐやつに伸びる。やつはそれを避けるため、《転移》の魔法を唱え、場所を数メートル移動した。


 その間、クロエは命令通り、客や店員の避難誘導を始めた。


 先ほどぶん殴ってもいいですか? と腹を立てていた店主も助けてやるあたり、クロエは心優しい少女であった。


 一方、俺はそれを横目にフェルディナンドと対峙していた。

 顔を見るなり攻撃してきた男に尋ねる。


「いきなり攻撃魔法をぶちかましてくるとはやるじゃないか。うちの師匠でもここまで頭のねじは緩んでいないぜ」


 フェルディナンドは陰気な笑みを浮かべるとこう返答した。


「貴様を殺せば貴様が持ってきた商品が無料で手に入る上、謝礼まで貰えるからな。殺さない、という選択肢はない」


「謝礼? ということは俺がお前の正体を知っていて、お前を捕まえにきたことも承知というわけか」


「その通り。俺はそれを逆用し、お前を始末して、取引相手とともにこの国から逃げる算段よ」


「なるほど。分かりやすい構図だ。ならば取引相手を教えてくれないか。どうせ逃げるならば教えてもいいだろう」


「俺がそこまでお人好よしだとでも?」


「今からお人好しになっておけば、地獄に落ちるにしても比較的浅い階層で済むかもしれないぞ」


「地獄に落ちる心配などしておらぬ。俺は不老不死を達成するからな」


「壮大な夢を持っているようだ。ならばこれ以上話し合っても無駄か」


 俺がそう言うと男は、《火柱》の呪文を放った。


 すさまじい火柱が立ち上がる。火柱は店の天井まで届き、二階を突き破りそうな勢いであった。


 やはり想像通り、男はかなりの実力を秘めた魔術師のようであった。 

これは本気を出さなければ負けるかもしれない。

 そう思った俺は右手に魔力を込めた。

 俺の右手が魔力をまとい、青白く光る。


 間断なく続く敵の攻撃魔法をくぐり抜けながら、フェルディナンドの懐に潜り込む。


「接近戦か、小賢しい」


「賢くてなにが悪いんだ」


 そう返すとフェルディナンドも杖に魔力をまとわせた。


「魔術師ならば魔術師らしく、魔法で勝負しろ」


「あいにくと俺は現実主義者なんだよ。筋肉隆々の騎士ならば距離をとる。ひょろがりの魔術師ならば接近戦を挑む。賢いだろう」


「それを小賢しいというのだ」


 フェルディナンドはそう言うと杖を横薙ぎに払った。

杖からは一筋の魔力がほとばしり容赦なくそれが俺を襲う。


「っく、痛ってー」


 受けとめた右腕からはぼたり、と一筋の血が流れていた。とっさに魔力で防御しなければ俺の腕は今ごろ床を転がっていただろう。


 フェルディナンドの魔力はそれほどまでに重く、鋭かった。


「あー、くそう。一張羅が台無しだ。あとでクロエに小言を言われるぞ」


「安心しろ、あの機械人形はお前の死後、俺のものとなる。記憶はすべて消し、新たな感情を埋め込む」


「そして自分好みの女に仕立てるのか。陰気な魔術師が考えそうなことだ」


「黙れ、それ以上俺を侮辱すれば命はないぞ」


「侮辱しなくても殺す気だろうが」


 そう言うと男は《氷槍》の魔法を放ってきた。

 鋭利に先端を尖がらせている。それで俺を串刺しにする気のようだ。

 とっさにそれを避けようとしたが、それはできなかった。


 このままそれを避けると、後ろにいた人間に当たってしまいそうだったからである。


 見れば逃げ遅れていたこの店の給仕が腰を抜かしていた。

 もしも俺が避ければ氷の槍はその女に当たり、串刺しになるだろう。

 そう思った俺は避けるのを諦め、攻撃を受けることにした。


 見も知らない女を助けるため、鋭い槍の一撃を受けるなど、お人好しなことこの上ない。


 師匠がこの光景を見れば憤慨するだろう。


「お前には一人の父親としての責任がないのか」


 ――と。


 しかし、ここで女を見殺しにすれば、たぶん、俺は娘の顔をまともに見えなくなる。


 あのまっすぐな瞳を凝視できなくなる。

 それだけは避けたかった。

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