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千年賢者、娘を授かる

 賢者には三つの夢がある。



 ひとつ、不老不死の身体を手に入れること。

 ふたつ、賢者の石を生成すること。

 みっつ、ゼロから生命を創造すること。



 俺はその三つの夢をすべて叶えるため、千年もの長い間、研究に明け暮れていた。


 まず千年も生きていること自体、なかば不老不死を叶えているような気もするのだが、まだ完璧ではない。


 たしかにその容姿は若々しかったが、それは不老であって不死ではない。


 その生命力と回復力も尋常ではなかったが、首を切り落とされればさすがに死ぬだろう。ただ、腕を切り落とされたくらいでは死なない自信があった。



「まあ、不老不死の方ももっと研究しないとな」

 


 助手であるメイドに語りかける。


 銀色の髪を持った少女は、


「あるじ様ならばきっと達成できますわ」


 と微笑んだ。


 ちなみに彼女は二番目の夢、『賢者の石』生成の副産物である。


 銀色の髪を持った少女、彼女はメイド服に身を包んでいた。どこからどう見てもただの可憐な少女だったが、彼女もまた歳を取らない。


 人間そっくりに作られているが、ただの人形だ。

 その心臓に賢者の石もどきをはめ込んだ機械仕掛けの人形だった。


 完璧な賢者の石ならば永遠に動き続ける機械となれるのだが、残念ながら彼女の心臓は定期的にメンテナンスがいる。賢者の石もどきを交換しないと彼女は活動できない。


「こちらも中途半端だな」


「ですが、不老を達成した賢者も、賢者の石もどきを生成できる賢者も、この世界では少のうございます」


 彼女は誇らしげに俺の功績を称揚する。


「この世界最長齢の賢者様は齢3000歳。カイト様は上から数えた方が早いくらいの長寿を保たれています」


「長生きも最近飽きてきたけどな。ええと、俺って今、1000歳ちょうどだっけ?」


「1000と26歳でございますわ」


「そうか。俺もついに1000代の大台を超えたか。アラサー賢者になってしまったな。アラウンドサウザンド賢者だ」


「ご自身の歳も数えていないのですか?」 


「人間、それくらい生きるとさすがに飽きてくる。歳を数えるのも億劫(おっくう)だ。まあ、研究をやり遂げるまで死ぬ気はないけどさ」


「ご立派な覚悟でございます」


 そう言い切ると銀髪の少女はこう切り出してきた。


「ところであるじ様、大変申し出にくいことがあるのですが?」


「なんだ? 賢者の石もどきならばこの前替えてやったばかりだろう」


「違います。実は実験用に飼っていた。二つ名つきワイバーンが脱走したようでして」


「なんだ。そんなことか」


「そんなことかって……」


「まだ遠くに行っていないのだろう。それに、今、三つ目の野望を叶えるため、ワイバーンの素材を調達しようとしていたところだ。丁度いい」


 そう言うとローブをまとい、実験棟へ向かった。


「あるじ様、杖は持っていかなくていいのですか?」


「クロエは俺がワイバーンごときに苦戦すると思っているのか?」


「それもそうですね」


 機械仕掛けの少女はにこりと微笑みながら言った。





 実験棟におもむくと、そこはワイバーンによって滅茶苦茶に荒らされていた。

 檻は破壊され、書類が散乱している。

 どうやら長期間、檻に軟禁され、ストレスが貯まっていたようだ。


「まったく、しつけのなっていないワイバーンだな」


「芸をするワイバーンというのがいたらそれはそれで見てみたいものですが」


「だな」


 そう言い切ると、ワイバーンと戦闘を始めた。

 


 数分後――。



 メイド服の少女は懐に入れていた懐中時計を取り出し、ぽつりとつぶやく。


「1分と4秒でございます」


 それを聞いた俺は溜息を漏らす。


「そんなに時間が掛かったのか。全盛期ならば30秒フラットでいけたんだけどな」


 そう言うと、加速の魔法でワイバーンののど輪を掴み、首をぽきりと折った。

 ぐたりとうなだれるワイバーン。


「千年間、研究ばかりしてたからな。腕がなまったのかもしれない。まあ、どうでもいいが」


 俺の野望は、賢者の3大悲願をすべて達成することにある。自身の実力が衰えようがそんなことはどうでもよかった。


「さて、それじゃあ、賢者の3大悲願最大の難関に挑むかな。丁度、素材も手に入れたことだし」


 絶命したばかりのワイバーンを見つめる。


「新たな生命を作り出すのに、ワイバーンの素材が必要なのですか?」


「分からない。フラスコの中の小人――。つまり、人造生命体(ホムンクルス)を作り出そうとした賢者は星の数ほどいるが、誰も成功したことがない」


「あるじ様がその偉業に一番乗りというわけですね」


「だといいけどな。ともかく、とある文献によれば、ホムンクルスを作るには、二つ名を持つほど強力なワイバーンの肝がいるらしい。俺はそれを試そうと思う」


 そう言うと、懐から短剣を取り出し、ワイバーンの腹に短剣を突き刺そうとする。

 肝を取り出し、フラスコの中に入れようと思ったのだ。

 しかし、そこで誤算が発生する。

 てっきり死んだと思ったワイバーンが、短剣を腹に突き刺した瞬間暴れたのだ。


 頸骨(けいこつ)を折り、戦闘力を奪ったかと思ったが、さすがは二つ名つきワイバーン。そのしぶとさはなかなかのものだった。


 クロエはその姿を見て「あらあら、まあまあ」と慌てるが、俺は冷静沈着にワイバーンを仕留めた。短剣を突き刺す箇所を腹ではなく、心臓に代えたのだ。


 心臓に突き刺さる短剣。しかし、それでもワイバーンは最後の抵抗をした。

 口から火球を吐き出すと、それをクロエめがけて解き放った。

 


 やばい!



 とは思わなかった。クロエは機械仕掛けのメイドだ。その戦闘力は並の戦士ならば片手で片づけられるほどだ。やばかったのは、クロエの後ろにある薬品の類いだった。


 秘薬に霊薬、爆薬にミスリルの粉末などもある。

 それらに火を付ければ、この実験棟など軽く消し飛ぶだろう。

 そう思った俺は、《加速》の魔法で彼女の肩を掴むと、そのまま《防壁》の魔法を張った。

 防壁の魔法が展開された瞬間、実験施設に轟音が鳴り響く。


 爆風が室内を満たし、貴重な薬品や書物が散乱。頑丈に設計した実験棟の壁や天井の一部も崩れ去っていた。


 一応、クロエの方を見つめ、


「怪我はないか?」


 そう尋ねたが、彼女は、「あるじ様のおかげで傷ひとつありませんわ」と微笑んだ。


 人形のような無機質な微笑みだったが、怪我がなくてよかった。

 そう思っていると、クロエは俺の手から離れ、瓦礫(がれき)に向かった。

 そして瓦礫の中から何か物体を取り出す。

 それをこちらに持ってきて、彼女は言う。


「あるじ様、あるじ様、大変でございます」


「実験施設が吹き飛び、貴重なマンゴドラやエリクサー。稀覯本(きこうぼん)の類いが燃えさかるより大変なことがこの世にあるのか?」


 そう皮肉を言ったが、彼女は意に返さなかった。


「ありますよ、あるじ様。あるじ様はどうやら大賢者を名乗ることができるようになったようです。賢者の悲願である魔術の真理に到達した模様です」


 クロエはそう言うと、腕の中に抱かれた物体を見せつける。

 そこには盛んに手を振る小さな生命がいた。


 彼、いや、彼女は生まれたばかりの生命を誇示するかのように、


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 と泣き叫んでいた。


 クロエは俺にその子を抱かすとこう言った。


「あるじ様。あるじ様はフラスコの中の小人、ホムンクルスを作り上げることに成功した世界初の賢者となったようです」


 クロエはそこで一呼吸間を置くとこう付け加えた。


「それと同時にこの赤子の父親になったのです。パパになったからには名前を付けてあげてくださいね」


 そう邪気なく言い張るクロエは、散乱した部屋の中から赤子の産着となるような布きれを探し始めた。

 その姿を他人事のように眺めていると、赤子が俺の親指を舐めた。

 どうやら乳だと思い込んでいるようだ。

 その必死な様はなんだかとても可愛らしかった。

 俺の胸郭(きょうかく)になんだか不思議な感覚がそそぎ込まれる。


 それが母性本能、あるいは保護者意識と判明するのは後日のことになるのだが、今、正直に抱いている感想をくちにするとこうなるだろう。



「やばい、うちの娘かわいい」



 こうして賢者は父親になった。

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