侵入者との遭遇
2年生になると、入学前のように自分に合った属性の魔法しか使えないという生徒も、習熟度に差はあれど、ほとんど見られなくなり、授業の内容もそれに合わせてより高度なものを扱うようになります。
基本的には1年生で習ったことの復習や応用、1年生の時の授業をより高度にした授業なのですけれど、もちろんその他にも3年生以降に実施される現地実習の前段階として、主に魔獣や魔物に対する知識を深める魔法生物学のような、2年生になってから初めて扱われるようになる授業もあります。
たとえば、治癒の魔法以外にも傷や怪我などを治すための薬を作ることができる植物や鉱石の種類、そしてその薬の生成方法、私たちが遭遇したワイルドボアやシルヴァニアウルフだけではなく、ゴブリンやトロール、オークやオーガなどと呼ばれる魔物のことについても教わります。
授業の種類が増え、難度が増すということは、それに伴って学ばなければならないことや、出される課題の量も増えるということになります。1日の授業が終わり、生徒が戻ってきた後の寮内は、1年生の時以上に賑わいを見せています。
「えーっと、確かロミゲルンの葉っぱとウシュテの実をすり潰して、キーシトール液に入れて混ぜるんだっけ?」
「もう何が何だか分からなくなりそう」
クラスメイトは皆、図書室から持ってきた図鑑をめくりながらノートに書きだしたり、先生から許可をいただいて、実際に少量の薬を生成したりしています。
私も再戦に備えてワイルドボアやシルヴァニアウルフのことや、これから先めぐり合うであろう生物に対する見識を深めるために、一緒に図鑑や書物をめくります。
「ルーナはよくそんなにたくさん読めるね」
寮のホールでは邪魔になると思って部屋に持って帰り、自分の周りに図鑑や書物をぐるりと並べて課題をこなしていると、アーシャに呆れたように声をかけられます。
「ご迷惑でしたか?」
少し広げ過ぎてしまって、アーシャのスペースまで奪ってしまっていたのでしょうか。
「そうじゃなくてさ。普通はそんなにたくさん一度には読めないものなんだよ。普通は一冊、多くても数冊が限度ってところじゃないかな」
「そうなんですか」
ルグリオ様やセレン様、それにアルメリア様も調べものをされるときには何冊もの本を広げていらっしゃいましたから、このようにするものだと思っていたのですけれど。その方が効率もいいですし。
「そうだね。ルーナの周りにいる人たちの普通と、私たちの普通を比べてはいけなかったね」
アーシャは疲れたような顔をして、深いため息をついていました。
そんな風にしてアーシャやメル、他の寮生の方達にも呆れられながらも課題をこなし、そろそろ学内選抜戦及び雨季も近づこうというある日、学院の敷地内に何者かが侵入したという知らせが出されました。
誘拐事件以降、どこもそれまで以上に警戒態勢を強化する中で、何者かが警備の方や先生方にも気取られずに学院内に侵入したというのは割と大事であり、生徒の間にも動揺が広がりました。
「これはもしかしてまた学院の閉鎖もあり得るのでしょうか?」
「そもそも警備の方の見つからずに人が侵入することができるのでしょうか?」
「そんなに上手く入り込めるのなら、侵入者を感知する魔法もどうにかできたのでは?」
残すところは帰りのHRだけとなっていた私たちの間にも不安と混乱が押し寄せています。
「ルーナ、どう思う?」
隣りの席のアーシャも気になっている様子でした。
「そうですね……。他の方もおっしゃられているように、誰にも感知されずにというのが気になるところではありますが、おそらくは学生寮裏の森の中に迷い込んだのではないでしょうか? 敷地の外にも山は広がっていますし」
学院の敷地に気付かれずに入ることは不可能なはずですが、人でなければ迷い込んできてしまうこともあるのではないでしょうか。私たちがお花摘みに出掛けた場所も境界線には近かったようですし。
「私たちがここで気にしていても仕方ありません。私たちに対処できる案件ならば行動を起こすことも全くの無駄とはならないかもしれませんが、すでに警備の方やお手すきの先生方が動かれている以上、私たちは普段通りにいることの方が重要なのではないでしょうか。焦っても仕方ありませんから」
私たちに出来ることは限られていますし、大人の方に任せて下手に動かない方が得策だと考えていました。
帰りのHRを済ませた私は、他のクラブでの活動をされるクラスメイトと別れると、アーシャと一緒に寮へと戻りました。
「ルーナっ!」
もうすぐ寮に到着するところで、一緒に歩いていたアーシャが鋭い悲鳴のような声を上げたので、咄嗟に私とアーシャを包み込むような形で物体と魔法、どちらにも対応できるように2種類の障壁を形成します。もちろん、私の今の技量ではそんなに長い間保つことはできないのですけれど、そもそも障壁を形成することが正解なのかわかりませんでしたが、今回は正解だったようで、とりあえず何者かの魔法を跳ね返すことは出来ました。
「どなたですか?」
一応、対話ができる前提として話しかけます。もちろん、相手がこちらに対して悪意や害意を持っている可能性もないわけではありませんが、無駄に攻撃してしまうと惨事を引き起こしかねませんし、こちらに害意を持っていなかった場合に、警戒させ、害意を引き出させてしまう恐れもあります。
私とアーシャが見つめる先にはどなたの姿も確認することは出来ません。しかし、隠れているだけでそこにいるということはほぼ確実と思われます。
私は障壁を解除した後、問いかけを繰り返します。
「私たちにあなたを害する意思はありません。どうか姿を見せてはくださらないでしょうか?」
しばらくの沈黙の後、暗がりからも私たちよりも年齢が上だであろう女性のものと思われる声が聞こえます。
「あなたたち人間が、私に対して害意がないとどうして証明できるのですか? 全く信用できません」
「人間……」
アーシャのつぶやきと同じことを考えます。つまり、この相手は人間ではないということ。なるほど、それならば対人検知の魔法にも引っかからなかったというのは頷けます。
「そうですね。あなたが人間に対してどのような感情を持ち、どのような知識をお持ちなのかはわかりませんが、あえて言わせていただきます。私の名前はルーナ・リヴァーニャ。アースヘルム王国第二王女を名乗らせていただいております。今はまだこの名前にかけてしか誓うことは出来ませんが、あなたが私たちに害をなさないというのであれば、こちらも手を出すことは決して致しません」
学生としてではなく、アースヘルムの王族としての立場の方が良いとは思ったのですが、それで納得してもらえるほど甘くはありませんでした。
「その名前が何の証明になるというのですか? そしてそれが本当だと証明する方法は?」
証明の証明をしていては、イタチごっこでいつまでたってもこの状態から抜け出せません。
どうしたら信じていただけるものかと考えていたら、茂みの奥で倒れるような音が聞こえてきました。
私とアーシャは顔を見合わせて頷きあうと、様子を見に茂みの奥へと進んでいきました。
「失礼致します」
そこでは、何も身に纏っていないウェーブのかかった艶めく金髪で、額から立派な一本の白い角を生やした私たちよりも少しばかり年上だと思われる少女が気を失っている様子で倒れていました。