早朝マラソン朝日を浴びて
3年生からの実習に備えるということと、純粋に体力が足りないことを自覚していた私は、2年生になってから毎朝、学院内を走ることにしました。
ルグリオ様やセレン様はお城にいらっしゃる間に魔法や武術の訓練もされていらっしゃいましたけれど、私には、魔法はともかく、武術の方はまだ体ができていないうちから始めるのは危険だと言われて止められていたので、私はまだ教えていただいていません。
なので、体をつくるという意味も含めて早朝の走り込みならば一人でも始められると考えていたのですが、初日からアーシャに発見されてしまいました。
アーシャは普段自分から早起きすることは少ないので、眠そうに目を擦っています。
「ルーナ、なんで運動着に着替えているの?」
「アーシャ、おはようございます」
「おはよう」
私が事情を説明すると、アーシャもベッドから抜け出して運動着に着替え始めました。
「付き合っていただかなくても大丈夫ですけれど」
「ううん。私がルーナに付き合いたいなって思ったの」
それに私も体力をつけたかったしと言われましたが、半分ぐらいは本音なのでしょうが、もう半分は私の体力のことを考えてくれたのだと思いました。
「ありがとうございます」
顔を洗ってトゥルエル様に挨拶をしてから玄関を出ます。
玄関を出たところで、何事か考え込んでいたアーシャが思い出したように手を打つと、腕を組んで、私から少しだけ顔を反らしました。
「えーっと確か、そうだ、別にルーナのために付き合うんじゃなくて自分の体力をつけるためなんだから勘違いしないでよねっ」
しばしの沈黙が訪れます。
「……準備運動はしっかりとしなければなりませんね。怪我をしてはいけませんから」
「ち、違うの! 何かこういうのが流行りなんだって聞いたんだってば!」
私がアーシャから視線を外してこれから進むべき道を見据えていると、アーシャが慌てた様子で両手を振っています。どこのどなたに聞いたのでしょうか。
「朝食前にシャワーを浴びる時間が無くなって、浄化だけで済ませることになりますよ」
「話を聞いて」
アーシャのことは気にせずに準備運動を続けました。アーシャも顔は真っ赤になっていましたが、いつまでもそうして立っているわけにもいかないようで、しばらくすると諦めた様子で準備運動を再開していました。
「私も忘れることにしますから、アーシャももう気にしないでください」
「うん」
「やっぱり朝はまだ冷えますね」
「上着を着て来て正解だったね」
冬は越えたとはいえ、まだ春も始まったばかりで陽も長くなり始めたばかりです。早朝の気候は未だ寒さが感じられます。
運動科目の授業のときと同じように、立ち直った様子のアーシャと一緒に準備運動を済ませると、どのくらいの速さがいいのかわかりませんでしたから、初めということもあり、私たちは大分ゆっくりとした速さで走り始めました。
流れていく景色と鳥のさえずりを聞きながら、朝もやの中をアーシャと二人で走っていきます。お花摘みに向かった方向へと木々の回廊を抜けていきます。
最初は早朝ということもあり寒さを感じていたのですけれど、走り始めるとだんだんと身体も温まってきて、丁度良いと感じるようになりました。額からも汗が垂れてきて、目に入りそうになったりしました。
あまり進み過ぎて、この辺りに生息している生き物たちの縄張りに入り込み過ぎてしまうと危険なので、程々のところで折り返して、元来た道を戻ります。
ゆっくりとした速さとはいっても、あまり運動をしない私にとっては結構大変なことで、走り終えて戻ってくる頃には大分息も上がっていて、運動着もじんわりと汗を吸っていました。身体も熱を持っているようです。
「私、には、大分、大変、でしたけれど、アーシャには、物足り、なかったのでは、ないですか」
「うーん、どうだろう。そりゃルーナよりは体力はあるけれど、私も丁度いい感じだったかな」
「そう、ですか。すごいですね」
「ルーナの体力が平均を下回り過ぎているんだよ」
私が寮の前で膝に手をついて息を整えていると、アーシャがコップに水を入れて持って来てくれました。
「ありがとうございます」
「急に止まると危ないから、少し歩いていた方がいいよ」
「そうなんですか」
私はコップの水を飲み干すと、アーシャと一緒にしばらく歩いて、それから部屋に戻って着替えを持ってくると、汗を流すために一緒にお風呂へ向かいました。
私たちは大分早かったようで、私とアーシャが汗を流し終えてお風呂から出ると、これから走り込み行かれるような恰好をされたイングリッド寮長とロゼッタ先輩と鉢合わせをしました。
「おはようございます、イングリッド寮長、ロゼッタ先輩」
「おはよう。二人とも早いね」
早朝から顔を合わせるとは思われていなかったようで、少し驚かれたような表情をされました。
「体力がないことは分かっていましたから、少しでも体力をつけていこうと思いまして」
「そう。じゃあ頑張ろうね」
「はい。ありがとうございます」
イングリッド寮長とロゼッタ先輩はいつものことらしく、揃って外へと向かわれました。
その日の朝食は、いつも美味しいのですけれど、より美味しく感じられました。
「アーシャ。明日も走りにいきましょう」
「本当に? 大丈夫なの?」
かなりしんどそうにしていた私に言われて心配してくれているようで、遠まわしに明日はやめておいた方がいいのではと訴えられたような気もしましたが、続けなければ意味がないと思うので主張は撤回しませんでした。
「こういうことは継続しなければ意味がないでしょう」
「ルーナが大丈夫ならいいんだけれど。寝る前にしっかりマッサージとかしておいた方がいいよ。筋肉痛になると大変だから」
「わかりました」
私は多少なりとも回復した体力で教室まで辿り着くと、授業中に眠ってしまわないように気合を入れて頬を叩きました。