選抜戦に対する考え
入学式を間近に控え、私たちは新入寮生の歓迎会に備えて準備を始めます。
ホールや食堂に装飾を施したり、新入寮生が入ることになる卒業された先輩方の部屋を、先輩方は完璧に綺麗に清掃されていらしたのですが、今一度整えたりしました。
女子寮内はどこもかしこも寮生の弾むような会話と、豪華、というほどではありませんが、質素からはかけ離れた装いに満たされています。
「この前は歓迎される側だったから、それはそれで楽しかったけれど、新入寮生のことを考えて準備するのも楽しいね」
「そうですね。不安も多分にあるでしょう新入寮生に、楽しいと思ってもらえるような、これからの学院生活、寮生活に期待を持ってもらえるような、そんな催しにできたらいいですね」
「ルーナ、少し気張り過ぎじゃない」
「もっと楽に構えていてもいいと思うけど」
同級生にもっと肩の力を抜いてもいいと思うよと言われたのですが、私自身ではそれほど気張っているつもりではなかったので答えに窮しました。
「そうですね。私自身が楽しめなければ、他の人を楽しませることもできませんから」
私は身近で一番、何事も楽しんでいらっしゃると思われるセレン様のことを思い浮かべました。
セレン様と一緒にいると私もいつも楽しめるのは、私がセレン様のことを大好きだということもありますが、セレン様ご自身がいつも楽しそうにされているからという部分も大きいはずです。
セレン様といるときはいつもルグリオ様もいらっしゃるという部分も大きいかもしれませんが、セレン様は何をされているときも、例えばお祭りも、例えばお城を抜け出したときにも、いつもどこにいてもその状況を楽しんでいらっしゃいます。王妃様、アルメリア様に窘められていた時でさえ楽しそうにされていました。
「そうそう。前回は負けちゃった、といってもじゃんけんだけれど、選抜戦も楽しかったでしょう。私たちが見ていても楽しかったのは、きっと実際に戦っていたルーナが楽しめていたからだと思うんだよね」
「もちろん勝てたらそれは嬉しいけれど、ルーナの闘っているようすを見ているのも私たちの励みになったんだよ」
「そうですか」
私はただ自分のことだけで精一杯で、他人にどう思われているのかなんてそのときには考える余裕もありませんでしたけれど、確かに私自身は楽しめていました。
「では、私も今回は皆さんの闘われている姿から励みをいただきます」
そう言って私は準備に戻ったのですが、周りの方たちはなぜか固まっていらっしゃるご様子でした。
「どうかされましたか?」
その場にいる先輩や同級生は、何といったものかというような顔をされています。
「えっと、今の言い方だと、今回はルーナは選抜戦に出るつもりはないように聞こえたのだけれど」
顔を見合されて、代表して寮長のイングリッド先輩が進み出て来られました。
「はい。私は辞退させていただきます」
気がつくと、辺りは奇妙な沈黙に支配されていました。
「一応聞くけれど、1年生の末の試験で一番成績がよかったのってルーナよね」
イングリッド寮長が確認されるようにアーシャや2年生に尋ねられます。
「はい、イングリッド寮長。魔法や一般科目に関しては筆記も実技もルーナが断トツです」
「ルーナに勝ることができたのは運動科目の実技だけです」
「総合で見れば追随するような生徒は今のところいません」
面白そうな雰囲気を感じ取られたのか、いつの間にやら周りに集まって来られた先輩方は、イングリッド寮長と私や同級生を見比べられていて、楽しそうな表情を浮かべられています。
「ルーナ。ルーナは前回の選抜戦、楽しかったんだよね?」
「はい。私は途中で気を失ってしまったのですけれど、校章の防衛をやらせていただいて、とても楽しかったです」
「じゃあ、何で今回は辞退するの?」
「今おっしゃられたように、私は前回参加させていただきましたから。別に情けをかけるとか、そういった気持ちでは一切ありません。私が一番の成績をとったことも、誇ってはいませんがそれなりに責任も感じてはいます」
「だったらなおのこと出てもいいんじゃないの?」
「人数に上限がなく、何人でも参加できるような競技であったならばそうでしょう。ですが、今年もすることは変わらないのですよね」
先輩が頷かれるのを確認して、私は先を続けます。
「学院では未知のことを体験できる場所ですし、その経験が私たちの成長に繋がっていくものなのだと思っています。なので私が今回も選抜戦に参加してしまった場合、他の方の機会を奪ってしまうことになります。確かに勝ち負けだけが重要な要素であるならば、成績の上位者から選ぶだけで良いのだと思います。先輩方の決定に異を唱えるつもりはありませんし、どうしてもとおっしゃられるのならば参加することもやぶさかではありませんし、やると決まったのなら精一杯務めさせていただきます。ですが、私自身はそう思っていると一応伝えておきたかったのです」
「ルーナ。本当に出ないつもりなの?」
夜、お風呂に入ってから部屋のベッドに座って髪を梳かしながらアーシャに尋ねられました。
「アーシャは出たくないのですか?」
「いや、もちろん私も参加してみたいとは思うけれど。前回終わった時には、ルーナも楽しみにしていたみたいだったから」
「確かに楽しみです。ですがそれはアーシャも思っていることですし、他の皆さんもそうだと思うのです。実力を試したり競技が楽しみたいのなら、演習場をお借りしたり、もしくは私たちの入学式のときのように先生に立ち会っていただいて模擬戦でも何でも、私に出来ることならばお付き合い致します。ですが、やはり選抜戦でしか体験できないような何かがあると思うのです」
「ふーん。そんなこと考えてたんだ。私だったら選手に選ばれたら舞い上がっちゃうと思うけどな。それに、ルーナが出るってことが皆のやる気にもつながるんじゃないかな。目標なんて大それたものではないけれど、やっぱり皆、私もそうだけど、憧れている部分もあるから。そういった人の参考というかなんというか、わかんないけどそういう部分もあると思うの」
「そうなんですか」
その気持ちはわからないこともありません。私もルグリオ様やセレン様のようにといつも思っていますから。
「まあ、でも私はルーナが決めたことならとやかく言うつもりはないよ」
でも先輩方にはその気持ちを伝えておいた方がいいと思うよと言われたので、私は今日はもう遅いですし失礼になると思ったので、翌朝向かうことにしました。