次に会うときは2年生
今はまだ冬も中ほどを過ぎたところなのですが、今日はそんな季節を感じさせない神様の気まぐれに祝福されているような気候です。
今日はエクストリア学院の卒業式です。5年生の先輩方は卒業され、男子寮女子寮どちらの寮長も交代もされて次期5年生となられる現4年生の先輩に引き継ぎがなされます。
「いざ私たちの番になってみると、あんまり実感が湧かないもんだな」
「先輩方も同じ気持ちだったのでしょうか」
アイネ先輩やアリア先輩をはじめとした5年生の先輩方は、制服の胸に卒業生の証であるピンクと白の花のコサージュをつけられて、後輩生徒に囲まれながら女子寮を見上げていらっしゃいます。
5年間も過ごされた学び舎、苦楽を共にされたであろう同輩の方々への想いは今の私では想像するのも難しいことです。
「アイネも卒業か。入ってきたときはまだこんなに小さくて可愛げがあったのにねえ」
トゥルエル様は人差し指と親指の間に小さな隙間をあけられて、片眼をつぶられます。
「いや、そんなに小さくはなかったし、今でもあたしにはあるだろう、可愛げ」
「ないね」「ない」「全くない」
トゥルエル様とアイネ先輩以外の5年生の先輩方は見事に唱和されました。
「ひでえ。今日はあたしの晴れ舞台だっていうのに。イングリッド、こいつらひどいんだよ」
同級生に味方はいらっしゃらないと思われたらしく、アイネ先輩はイングリッド先輩に絡まれました。
「あなただけの舞台じゃないでしょう。最後まで後輩に絡むんじゃないの」
「アリア先輩。私なら大丈夫です」
春からの新寮長を拝命されたイングリッド先輩は、別れを惜しまれて涙を流されている先輩方の輪から抜け出されると、頭を下げられました。
「先輩方、本日はご卒業おめでとうございます。先輩方から受けたご指導は、私たちがここに残るものとして必ず次の世代へと伝えていきます。未熟なこの身ではありますが、皆と協力して精一杯務めさせていただきます」
「心配はしてないわ」
「しっかりね」
卒業生の先輩方は笑顔でエールを送られています。イングリッド先輩は近くの4年生の先輩方に肩を叩かれたりされながら、最後には揃って頭を下げられていました。
「そろそろ時間だな」
「じゃあ、また後でね」
卒業生の先輩方は揃って卒業式が行われる会場へと向かわれました。
「じゃあ、私たちも送り出しの準備をしようか」
「はい」
新寮長の掛け声で、私たち在校生は戻られた卒業生の先輩方のために、花束や花吹雪、リボンを用意して、卒業生が通られる道の両側に立ちました。
卒業式が終わるまでにはかなりの時間がかかるのですが、心配しなくても大丈夫そうな雰囲気が漂っています。
「始まったみたいだね」
私たちの入学式にも使用された会場が卒業式にも使われていて、場所がかなり離れているにも関わらず、拍手の音や進行の先生が読まれる式次第が私たちのいる場所まで届いてきます。
私は忙しくお会いしていませんが、おそらくルグリオ様、セレン様もいらしていることでしょう。
「1年間なんてあっという間だった気がするよ」
「そうですね」
隣に立っているメルと、歓迎会やお花摘みから始まった1年間を思い出して語り合いました。
「ルーナと私たちは違うクラスになっちゃったけど、どうだったって聞くまでもないよね」
「そうですね。色々あったようで、終わってみれば一瞬のような1年間でした」
「それだけ充実してたってことだよね」
「春休み明けからは私たちにも後輩が出来るというのがまだ信じられません」
「本当。メアリスたちが入ってくるにはまだまだだけど」
「そうですね」
先輩方が寮での最後の朝食を摂られて出ていかれてから、お昼を過ぎるころになると一際大きな歓声と拍手が聞こえてきました。
「終わったみたいね。皆、用意はいいかしら」
「はい」
イングリッド新寮長の掛け声で、私たちは花吹雪や花束を持ち花のアーチを掲げました。
「ご卒業おめでとうございます」
「おめでとうございます」
花のアーチと花吹雪を潜られる先輩方に花束を手渡し、お祝いの言葉をおかけします。先輩方は、手を振られたり、握られたりしながら、ゆっくりと私たちの前を通り過ぎていかれます。
私は1年間、選抜戦にも出していただきましたし、学院生活でも様々な場面で助言をいただいたり、助けられたリしました。
去来する思いは、私よりも長い時を一緒に過ごされた先輩方よりは小さいものかもしれませんが、それでも精一杯、出来る限り、自分の想いを乗せて拍手を送りました。
5年生の先輩方が学院を去られると、私たち在校生のこの学年での本当に最後の行事も終了しました。
「ルーナも今日帰るのでしょう」
在校生の日程の終了はすでに通達されているので、私はアーシャと寮に戻って片づけと掃除をします。
「ええ。そのつもりです」
おそらく、挨拶を済ませられてルグリオ様とセレン様が迎えに来てくださると思うので、私とメルとレシルとカイは一緒に帰るつもりです。
「じゃあ、次に会うのは2年生の春になるね」
「そうですね。何事もなく、無事に会えることを願っています」
「不吉なこと言わないでよ」
「そうですね。すみません。別に遊びに来てくださっても構わないと思いますよ」
「冗談」
私たちはどちらともなく笑い合うと雑談を交わしながら、ルグリオ様とセレン様がいらっしゃるのを待ちました。
「ルーナ」
しばらく待つと、メルが呼びに来てくれました。
「メル、今参ります」
私はアーシャの両手を握ると別れの挨拶をします。
「それではまた、アーシャ。2年生の春に会えるのを楽しみにしています」
「私も。じゃあ、またね」
アーシャとの別れの挨拶を済ませると、といってもアーシャも馬車の乗り場には行くので一緒に寮を出るのですが、部屋を出て、トゥルエル様にお世話になった挨拶にいきます。
「トゥルエル様。一年間お世話になりました。2年生からもよろしくお願いします」
「ルーナもメルもアーシャも元気で戻ってくるんだよ」
トゥルエル様は寮の外まで見送りに出てくださいました。
「ルーナ」
寮の外ではルグリオ様とセレン様、レシルとカイが迎えてくださいました。
「お待たせしました」
私とメルは揃って挨拶に頭を下げました。
「メルもそれに皆も元気そうで何よりだよ」
ルグリオ様とセレン様は、例によって、例のごとく、寮の外で学院生に囲まれていました。
「じゃあ、またね、ルーナ、メル」
「2年生になったらまた会いましょう」
「そのときにはまた話を聞かせてね」
「ええ、ではまた。ごきげんよう」
「じゃあね」
私とメルはその場にいた同級生と先輩方、つまりほとんどすべての寮生に別れを告げて、ルグリオ様とセレン様のもとへと向かいました。