約1年間の(勝手で迷惑な)騒動の終結……?
収穫祭を終えると、ある意味燃え尽きたかのように気の抜けた状態になる生徒が少なからずいるようなのですが、アイネ寮長やアリア先輩、5年生の先輩方は一層忙しそうに活動されています。普段は滅多に出されない外出許可証なども持ち歩かれているようで、学院の門の前には連日たくさんの馬車が泊まっています。
「あんたたちが学年末の試験を受けたすぐ後には5年生には卒業式があるからね。身辺整理とか、卒業後の仕事や婚約のことなんかもあるかもしれないし、色々と忙しいんだろうさ」
毎年のことさ、とトゥルエル様はおっしゃられました。最近は気候もめっきり寒くなってきていて、マフラーや手袋をつけている生徒も散見されます。
「先輩たちが卒業されるってことは、新入生も入ってくるから私たちも先輩になるんだね」
なんだか信じられないな、と隣で朝食を摂っているアーシャも感慨深そうにつぶやいています。
「まだ先の話でしょ」
「ついこの前入学したばかりなのに」
メルやシズクも感じ方に違いはあれど、どことなく物思いにふけっている感じがします。
「まだ1年生も終えていない私たちが感傷に浸るのはいくら何でも早すぎますよ」
「それはわかってるけどさあ」
「この時期と季節が悪いのよ」
「こう寒いとやる気も出ないし、眠くもなる」
こんな気分でずっといるとは思いませんが、これでは新入生に示しがつきません。今からでも気を引き締めていかなければ。
「しっかりしてください。学年末の試験には実技も、クラス替えの試験も兼ねているんですからね」
学年末の試験では知識を試すような筆記の試験だけではなく、演習場を使って行うような実技の試験も入っています。当然ですが、クラスが分けられている以上、授業の内容も差が出てくるので、自分次第とはいえモチベーションにも違いが現れ、結果、能力もより開くことが多いとされています。
あまり離れすぎていてもやる気はなくなるものですが、ある程度は近しい、もしくはより高みにいる人と競い合った方が伸びも違ってくると思うのです。
「メル、あんまりそのような態度が続くと、サラに言いつけますよ」
「うっ、ルーナが脅迫してくる。ルーナはそんなことしないと思っていたのに」
「私だってしたくはありません。ですが、ルグリオ様がおっしゃられていたように、この世の理不尽に対抗するには力が必要なはずです。魔法や一般的な知識はあの時のような理不尽をひっくり返す力になるはずです。それはきっとメルのためになりますから」
メルが口ごもったので私はもうひと押しします。
「メルだって、レシルやカイ、それにまだ学院に通っていないメアリスやルノやニコルのことを大切に思っているでしょう。サラだってきっと私たちの成長を喜んでくれます。皆を守る力、とまではいかないかもしれませんが、助けることは出来るはずです」
ほとんど受け売りですけれど、やる気を出させることはできたようです。
「仕方ないわね」
「一番のルーナが一番頑張っているんだもん。私たちも頑張らなきゃね」
「試験が終われば春季休暇だし」
皆がやる気を出したので、私も負けないようにペンを握り直しました。
朝、なんだかいつもより寒さを感じた私は目が覚めるとカーテンを開いて外を確認しました。
広がっていたのは一面の銀世界。真っ白な新雪が寮の前の道と立ち並ぶ木々をお化粧のように白く染め上げています。踏み荒らされていない地面はまるで真新しい絨毯のようにも見えます。空からも途切れることなくしんしんと降り続いています。
「アーシャ。起きてください。外がすごく綺麗ですよ」
「・・・ルーナ。うぅ、寒い。こんなに寒いのに朝から良く元気だね」
「確かに寒いですね」
私は魔法で空気を温めると、室内に温かい空気を循環させます。だんだんと暖かくなってきたのか、アーシャもベッドから降りて私の隣から窓の外を眺めます。
「本当に綺麗。冬に雪の積もった森の木なんて見る機会はなかったけど、こんな風になっているのかな」
「この景色を見てしまうと、着替えるのが億劫になりますね」
部屋の中は暖かいはずなのに、なぜか身体が縮こまってきているような気がします。
「さっさと着替えちゃおう」
「そうですね」
私たちはソックスではなく厚めのタイツの上から制服を着ると、コートを持って朝食へと向かいました。
「おはようさん。今日から試験だろう。寒いけど、頑張ってきな」
食堂やホールは魔法が掛けられているのか少し暖かく感じられました。トゥルエル様は一番乗りした私たちが朝食を終えて出かけるときに温かいお弁当を渡してくださいました。
「ありがとうございます。アーシャ、冷めないように私が仕舞っておきましょうか」
「ありがとう、ルーナ」
アーシャから受け取った分のお弁当と自分の分のお弁当を収納すると、いってまいりますとトゥルエル様に告げて1年生最後の行事とも言える学年末試験へと向かいました。
「前回までの試験では後れを取ってしまったが、って聞き給えルーナ・リヴァーニャ」
私が教室の席に着くと、例のごとくマーキュリウス様に声をかけられました。
「マーキュリウス様。前回の試験のときに私にはもう関わらないでくださいと申し上げたはずですが」
「そのような」
「それとも、あなたの国では約束というのは簡単に破ってしまえるものなのでしょうか」
いい加減、鬱陶しいと思い始めていた私は少々言い方が攻撃的になってしまいました。
「貴様、言わせておけば。僕は「アルケイオン王国のブリジット公爵家長男マーキュリウス・ブリジット様ですよね」
人の名前や顔は割とすぐに覚えられます。特に印象深ければなおさらです。良い意味でも、悪い意味でも。前回の試験のときにもいらしたので、嫌でも覚えてしまいました。
「なんだ、わかっているじゃないか。だったらいい加減僕のところへ迎えられてもいいんじゃないかな」
「なぜでしょう。公爵家がご自慢のようですが、あなた自身はどれほどのものなのですか。あなたの家柄にしても、あなたのご両親、ご先祖様から受け継ぐものでしょう。私が言えたことではありませんが、今はまだ、あなたはただのエクストリア学院の一学生でしかなく、貴族の義務を果たすでもなく、ただご両親や領民の皆様の血税で養われている立場であり、何の貢献をされているわけではありませんよね。それなのに、家柄ばかりを鼻にかけて、嫌がる女の子に付きまとう。せめて、ご自分の義務を果たされるようになってからにしてください。もちろん、それでも私があなたに対して好意やその他の感情を抱くことはありえませんけれど」
「じゃあ、君自身は一体何だっていうんだ」
「私の本名をご存じなのに本当に勉強不足なんですね。こういうことはあまり言いたくはなかったのですが、これ以上貴重な時間を潰されるわけにも参りませんし、まかり間違ってルグリオ様にご迷惑をおかけするわけにも参りません。なので自己紹介させていただきます」
教室中の視線が集まるのを感じましたが、若干名を除いて知られていることなので気にはしません。
「改めまして。私はルーナ・リヴァーニャ。アースヘルム王国第二王女を務めさせていただいております。現在はこの国、コーストリナ王国の第一王子、ルグリオ・レジュール様と婚約させていただいております。婚約のことは各国に通達されているはずなのですが、ご存じなかったのでしょうか。もちろん、この学院にいる限りは、一学生のただのルーナ・リヴァーニャですけれど」
ぽかんとしている様子のマーキュリウス様を待つはずもなく、リリス先生がいらっしゃいました。
「はい。席に着いてください。試験を始めますよ。これが終わればお休みですから、気を引き締めてください」