むしろ足りない
「姉様、一度お城に戻って母様に顔を合わせておいた方がいいよ。父様も心配していたし」
「お母様に捕まったら、明日以降の収穫祭が楽しめないじゃない」
「それなら僕も母様に言っておくから。とりあえず、一度は顔を見せるべきだよ」
その日の収穫祭から戻られたセレン様は、学院に残られて翌日の準備を始められようとしていたのですが、ルグリオ様が真剣に頼まれていたので、最終的には今日のところは一旦お城に戻ることを決められたようでした。
「じゃあ、明日は朝からお邪魔させてもらいに来るわね。きっと人手も足りなくなると思うから」
「それでは失礼いたしました。今日のところはお暇させていただきます」
セレン様とルグリオ様はそう言い残されると寮を出ていかれようとしたので、私たちは入り口までお見送りに出ました。
「じゃあ、ルーナ。おやすみ。また明日になったら会いに来るから」
「はい。おやすみなさい、ルグリオ様」
周りには当然同級生や先輩方がいらしたのですが、ルグリオ様はまったく気にしていない様子で私のおでこに、ちょんと優しい口づけをおとされました。周りからは黄色い歓声があがっていたので、私は少しだけ恥ずかしかったのですが、少し赤くなっているであろう熱を持った自分の頬を意識しつつもお休みの挨拶を告げてルグリオ様、セレン様とお別れしました。
「ルーナ、少し寂しい」
「ええ。でもまた明日になればお会いできますし、今日はまだこれからやることもありますから」
隣にいたメルに尋ねられて少々の本音を口にした後、私はアーシャや他のクラスメイトや同級生に囲まれながら夕食へと向かいました。
夕食を終えると、私たちは食堂の片づけを手伝ってから翌日のために商品を仕込み始めました。
ルグリオ様、セレン様と一緒に配った広告は全て捌けたため、貰った方が全員いらっしゃるとは限りませんが、それでも来られた場合に備えて準備しました。
女子寮の食堂及び厨房は生徒で溢れ返っていました。
「こんなに仕込んで大丈夫なのでしょうか」
元々明日のためにと作り置きされていた分を含めると結構な量になります。少なく見積もっても、この学院に在学する生徒、及び教師の方の分は十分に賄えるであろう量です。
「広告を受け取ってくださった方が全員いらっしゃるとは限らないのではないですか」
「まあ、確かに全員は来てくださらないかもしれないわね」
アリア先輩は生地を混ぜながら、私の方を向かれました。
「でも、私はむしろ足りなくなるのではないかと思っているの」
「どうしてですか」
ルーナにはまだ自覚がないのかしら、とアリア先輩は子供に言い聞かせるように教えてくださいました。
「ルーナは普段近くにいすぎて気づかないのかもしれないけれど、セレン様もルグリオ様も、こういっては失礼にあたるかもしれないけれど、私たち学院生を含めてこの国の人にはとても人気がおありよ。もちろん、ルーナ、あなたも。そのセレン様とルグリオ様が直接宣伝されたのよ。たしかに学院は多少街の中心からは離れているかもしれないわ。でもそんなことは大した障害にならずに、きっとあなたが今考えているより相当多くの方がいらっしゃるはずよ」
それにね、とアリア先輩は続けられました。
「皆の様子を見てくれるかしら」
私は首を回して周囲の様子を確認します。
「皆楽しそうにしているでしょう。普段はそれほど接点があるわけでもない、ただ寮が一緒だという先輩と後輩まで」
たしかに、お祭りなんだから楽しまなくてはとセレン様もおっしゃられていました。現在の女子寮では、寮生の皆がお菓子作りを楽しんでいるようです。
「こういう機会はそれほど多くないし、皆が楽しめているのならそれでお祭りは成功と言えると思うの。だから、ルーナも難しいことを考えようとしないで今を楽しみなさい。そっちのほうが絶対お得だから」
「そうですね。ありがとうございます、アリア先輩」
「いーえ」
私はアリア先輩にお礼を告げると、自分の作業に戻りました。
「ルーナ、何話してたの」
一緒に型を抜いていたメルに話しかけられました。
「メルはこうしてみんなで準備するのは楽しいですか」
「うん。ルーナは楽しくないの」
「いいえ。私も楽しいですよ」
そうですね。私も楽しいと感じています。そして楽しいと感じることがお祭りの意義だというのなら、確かに今私はお祭りを満喫しています。
「明日は沢山お客さんがきてくださるといいですね」
「そうだね。ルーナがあの格好で客引きすればもっと沢山来るかもね」
私たちはクスリと笑い合いながら、お菓子作りを楽しみました。
翌朝、やはり早くに目が覚めたのでアーシャと一緒に食堂へ行くと、もう先輩方の中には起きてきている方がいらっしゃって、パイやタルトを作られていました。
「クッキーなんかもそうだけど、パイやタルトも出来立てがおいしいに決まっているからね」
「乗せるものを替えれば朝食にもなってお得だし」
「あなたたちも一緒にやるでしょう」
私たちは頷くと、一緒に混ぜて貰って生地の上にフルーツやクリームを載せました。先輩方の方がやはり上手に成形されていたのですけれど、親切丁寧に教えてくださったので、私たちも楽しんで作ることが出来ました。