宣伝のマスコット的なものですか
コーストリナへ来てから二度目の収穫祭前日、私はいつもより早くまだ日も十分に上がらないうちに目が覚めたのですが、そのときにはなんとアーシャがすでに起きていました。
「あ、おはよう、ルーナ」
「おはようございます、アーシャ」
ベッドから出ると挨拶をされたので、反射的に挨拶を返してからアーシャの方へ体を向けて、目を丸くして言葉を失いました。
「どうしたのルーナ。あ、もしかしてこの格好のこと」
「え、ええ」
アーシャの頭には彼女の髪の毛と同じ金色の毛で彩られた猫耳がつけられていて、制服のスカートの上、腰の後ろ辺りからは同じ色の尻尾が可愛らしくシュルシュルと左右に揺れています。
「せっかくのお祭りなんだから楽しまなきゃ損でしょう。だから、クラスの皆で作ったんだよ」
そうでしたか。私は内心でほっと一息つきました。
「その話、同じクラスの私は聞いていないのですが」
「いや、ルーナが可愛い恰好で客引きすればお客さんがたくさんくるだろうとは言ったよ」
確かに聞いたような気もしますけれど。
「そもそも、私たちは自分でお店を出すわけではないですよね」
「うん。だから街中に出るでしょう。宣伝してきてくれって先輩方やトゥルエルさんに頼まれちゃって」
アーシャの指先を見ると、たくさんの看板や広告が部屋の隅に山と積まれていました。
「それで、せっかく宣伝するなら目立った方がいいでしょう。まあ、ルーナなら歩くだけで視線を集めるとは思うんだけど、見てる人も楽しい方がいいかなと思って用意したの。それに、ルーナは収納の魔法とかって便利な魔法が使えるでしょう。私たちだけであの量を全部運ぶのは大変なんだよね」
「私たち、ということは他のお店を出したりしない寮生にも頼まれているということですよね」
「多分ね」
それがどうしたの、とアーシャは可愛らしく首を傾げます。
「皆さん、アーシャと同じような格好をされているのですか」
「そうなんじゃない」
「でしたら、私は制服の方がかえって目立つような気もするのですけれど」
そんな意見を出されるとは思っていなかったのか、アーシャはうっと言葉を詰まらせます。
「あっ、えっと、ルーナは目立ちたいの」
「目立った方がいいと言ったのはアーシャではなかったですか」
「で、でも、きっと可愛い恰好のほうが皆も楽しいと思うの」
「ルグリオ様はどんな私でも可愛いと言ってくださいました」
「それはごちそうさま、じゃなくて」
「いいから朝食へ行きましょう。間に合わなくなってしまいます」
私は制服に着替えると、がっくりと肩を落としたようなアーシャと一緒に朝食へ向かいました。私たちは一番乗りだったようで、トゥルエル様には普通に挨拶をされただけでしたが、後からやってきたメルやクラスメイトはアーシャと同じようにすこし残念そうな表情を浮かべられました。そして予想通り、皆さん思い思いの恰好をされていたので、制服の私は逆に目立っていました。
いつもよりかなり早めの朝食を終えて、一旦部屋に戻り、看板や広告を仕舞ってからアーシャにメル、シズクと一緒に寮を出ました。
「しっかり楽しんでくるんだよ」
トゥルエル様に送り出された私たちは、馬車に乗り込んで開催の宣言がされる中央広場へと向かいました。
馬車に乗っての1泊も、いつもとは違う環境の中で、いつもと同じ友達と一緒に過ごすのが楽しくて、私たちは皆、すっかり興奮していました。
私たちは前回の、学院に入る前の収穫祭の思い出を語ったり、今回は何をして回るのつもりなのかといった思いをそれぞれ話したり、もちろん遊んだりしながら進んだので、眠れたのは夜も大分遅くなって寒さを感じるようになってからでした。
睡眠時間は本当に短いものでしたが、翌日の朝にはちゃんと目覚めることが出来ました。
と言うのも、街の中はやはり最高に盛り上がっていて、そこら中から香ばしい匂いが漂い、太鼓やラッパの音楽が身体に響いてきたからです。
騒ぎの中心に近づくにつれて人がどんどん増えていくので、途中からは徒歩で進みました。馬車から降りるときにはやはり注目されてしまったのですが、気にせずに目的地へと急ぎました。
「なんとか間に合ったみたいね」
「そうですね」
私たちがようやく中央広場へと辿り着いたのは、前回と同じサザルバール氏が壇上で挨拶をされて台の上から降りられるところで、国王様、ヴァスティン様が姿を見せられました。周りの方の歓声も一際大きいものへと変わります。前回と同じならば、近くにアルメリア様とルグリオ様もいらっしゃるはずなのですが。セレン様はわかりません。夏期休暇にお出かけになられて以降、当然ですが私はお会いする機会がなかったものですから。
「それでは、収穫祭を開催する」
大歓声の中で収穫祭が開催されました。前回は途中でペルジュの手先だったのか、操り人形だったのか、それともニルヴィアナ姫に頼まれたのかはわかりかねますが、誘拐犯の方々に遭遇してしまったので途中までしかお祭りに参加できなかったのですが、今回はそのようなこともなさそうです。
「ルーナ」
国王様の宣言が終わり、周りの人が動き出したタイミングで声をかけられました。
「ルグリオ様」
ルグリオ様は私たちの恰好に少し驚かれていたようですが、眩しいものを見られるように目を細められると、柔らかい笑顔を向けてくださいました。
「ルーナ、それにみんなもおはよう」
「おはようございます、ルグリオ様」
私たちの声に反応して、周りにいた人たちがこちらを振り返ります。ルグリオ様は笑顔で手を振られると、私たちの方へとお顔を向けてくださいました。
「ルグリオ様はいつもルーナのところへいらっしゃられますよね」
「このように人が多い中でどうして見つけられるのですか」
「それはね「それが愛の力よ」
ルグリオ様の後ろから声が聞こえてきたので、私はルグリオ様の横から窺いました。
「姉様、今日はここに戻ってくると思っていたよ」
「それは、私がお祭り好きだって言いたいのかしら」
「事実じゃない」
「まあ、否定はしないわ」
セレン様は私たちにもお顔を向けられました。
「久しぶり、と言った方がいいのかしら。それとも初めましてのほうがいいかしら」
セレン様は格好良く微笑まれました。
「セレン・レジュールよ。今日は一緒に楽しみましょうね」
「はい」
皆は嬉しそうに笑顔を作ると、元気よく返事をしていました。
私もルグリオ様とセレン様に久しぶりに、といっても実際はそれほど期間が開いているわけではないのですが、お会いしたのでとても嬉しくなりました。
「それで、その恰好はどうしたの?」
ルグリオ様とセレン様のおかげなのかそれとも私たちのためなのかどうかはわかりませんが、来るときとは違い、人だかりが左右に分れるようにして私たちの進路が開けるので、なんだか申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになりながら私たちは楽に道を進むことが出来ました。
「学院でも先輩方がお店を出されていたり、模擬戦を行われたりしているのですが、その客引きのために目立った方がいいと言われてしまって」
「その割にはルーナは制服のようだけど。まあ、確かにこの中では目立ってはいるわね」
私が看板や広告を取り出すと、ルグリオ様とセレン様がそれを受け取ってくださいました。
「せっかくだから、僕たちも配るのを手伝うよ。一緒に回りながら学院の方にも行ってみようか」
「よろしいのですか」
アーシャとシズクが期待に満ちた目を向けています。
「もちろんよ。じゃあ、行きましょう」
私たちは途中の出店を見てまわりながら、広告を配り、看板を掲げながら馬車へと向かいました。途中で、前回と同じようにセレン様はいつのまにやらたくさんの食べ物や景品をお持ちになられていて、私たちにもくださいました。