ずるいんです
私たちがバカンスから戻ってきて数日が過ぎました。
あれからすぐにまたセレン様はどこかへ出かけられてしまったのですが、ハルミューレ様は特に落ち込まれているご様子でもありませんでした。
「こちらで待たれていればよろしいのに」
「いえ。私もセレン様を追いかけるのが楽しいのですよ。それはもちろん、私を選んでくださればこんなに嬉しいことはありませんが、やはり自由に楽しまれているセレン様が一番魅力的だと思っておりますので」
ハルミューレ様は綺麗な笑顔で遠くを見られていたので、ルグリオ様も私もつられて同じ方向を見つめました。
ハルミューレ様がセレン様を追いかけてコーストリナから去られたので、お城の辺りは静かになって少しだけ寂しさも感じました。
「ルーナ。すまないのだけれど、僕は今日ちょっと用事があって出かけなくてはならないんだ。夕食までには戻るから、今日一日だけ、僕に暇をくれないだろうか」
ルグリオ様は何か秘密になさっていることがおありのようでしたけれど、秘密になさるということは私は知らない方がいいことなのだろうと思ったので、私は、はい、と頷きました。
「わかりました、ルグリオ様。では、今日は私はルグリオ様のお帰りをお待ちしております」
「ありがとう。愛しているよ、ルーナ」
そうおっしゃられて、ルグリオ様はお部屋から出ていかれました。一人残された私はアルメリア様のお暇を伺いにいきました。
「どうしたのかしらルーナ」
アルメリア様はお部屋にいらっしゃられて、ご休憩なされているご様子でした。
「ルグリオ様が出かけてしまわれてお城にいらっしゃらないので、今のうちにアルメリア様に、その、花嫁修業を」
学院を卒業したらすぐに結婚式が待っているので、学院に通っている間に料理や掃除、洗濯といったお、奥さんに必要なことを学んでおきたいのです、と説明するとアルメリア様は柔らかな笑顔をお見せくださいました。
「ええ、もちろん構わないわ。・・・・・・セレンがいたら聞かせてあげたかったのに」
アルメリア様が歩いていかれたので、私は後ろについていきました。
「今日はプディングでも作ってみましょうか、それともマドレーヌを焼いてみるのがいいかしら。別に料理じゃなくても構わないわよ。簡単にできるものならお裁縫でもいいし、お化粧は・・・・・・まだ少し暑いし、今日じゃなくてもいいかしらね」
アルメリア様は考え込まれている様子ではなく、どちらかと言えば私の反応を窺っていらっしゃるご様子でした。
「そうね。やっぱりお料理が一番かしら。食は基本だもの」
そうだわ、とアルメリア様は何事か思いつかれたようで、外へ向かわれました。
「私もやりたいですわ」
「よろしいのでしょうか、アルメリア様」
「もちろんよ。料理や食事は大勢の方が楽しいもの」
アルメリア様と私は孤児院へ向かうと、メルとメアリス、それからサラにも声をかけました。
「私も花嫁修業に興味がありますわ」
「私は別に」
「あら、メルだって興味はあるでしょう」
「それはそうだけど」
「一緒にやりましょう、メル」
なんとなく渋っていたメルも、とても乗り気のメアリスに誘われてやっぱり嬉しそうに頷きました。ルノとニコルはお昼寝をしているようで、サラは渋っていたのですけれど、レシルとカイに説得されたらしく一緒に厨房へ向かいました。
「もちろん構いません、アルメリア様」
以前セレン様のときは渋られていたようだった料理人の方も、よく利用されているらしいアルメリア様には二つ返事で厨房をゆずられていました。
「じゃあ、まずは手を綺麗にしましょうね」
私たちは浄化の魔法を使ってから作業に入りました。
アルメリア様のおつくりになられたマドレーヌや、サラの作ったケーキなどはとても上手においしく出来ていました。ルグリオ様やセレン様のお母様でいらっしゃるアルメリア様や、孤児院にいた時におそらく料理も作っていたであろうサラとは比べるのも悪いとは思うのですけれど。
「まあ、まだまだこれからよ。最初から上手くできる人なんていないんだから」
「はい。よろしくお願いします」
私たちは自分たちで作った失敗作を食べては、変な顔をして笑い合ったりしながらみんなで一緒に楽しくお菓子作りをしました。
夕食の後にルグリオ様が部屋を訪ねていらっしゃいました。
「ルーナ。僕だけど、今大丈夫かな」
「大丈夫です」
失礼するよとことわられてから、ルグリオ様は部屋の中へと入っていらっしゃいました。
「今日は一緒にいられなくてごめん。実はこれを探しにいっていたんだ」
ルグリオ様は私の左腕を取られると、紫色の水晶のついた腕輪をつけてくださいました。
「今年の誕生日には一緒にいられるかわからないから、一足先に渡しておくよ」
私は腕輪に見とれていたのですが、ルグリオ様をお待たせしてはいけないと思って笑顔を浮かべました。
「ありがとうございます、ルグリオ様」
そして、私はルグリオ様にお誕生日のプレゼントを渡しそびれていたのを思い出して、すこししゅんとなってしまいました。そのときは学院にいたので準備ができなかったという自己嫌悪に陥るような訳ばかりが頭の中に浮かびます。
「すみません、ルグリオ様。私は」
私が謝罪しかけたところで、ルグリオ様の指が唇に当てられて、私の言葉を遮られました。
「いいんだよ、ルーナ。もちろん、ルーナから贈り物を貰えたなら最高に嬉しいけれど、こうしてルーナに触れられているだけで僕はとても嬉しいんだよ」
「でも」
「どうしてもというのなら、今貰うよ」
そうおっしゃられると、ルグリオ様に抱きしめられてキスをされました。
「うぅ」
きっと、今私の顔は林檎よりも真っ赤になっていることでしょう。口からは意図せずうめき声が漏れます。
「こんなに可愛いルーナが見られるなら、今度もこれでいいかな」
「ずるいですね」
「ルーナの前だけでだよ」
そういうところがずるいんです。
私は顔を反らしました。きっと頬も少し膨らんでいたことでしょう。そんなわたしの様子をご覧になられて、ルグリオ様はこれ以上嬉しいことはないというように笑顔を浮かべておられました。